影の呟き

影さんの小説を主に飾るブログです。

『零影小説合作』第五話〝真意と少女〟


 熱で寝込む少女っていいですよね。なんかそそるものがあります。

 五回裏です。どうぞ。



□◽︎□◽︎




  生前、こんなことを考えていた。


  森とはどんな場所であり、どんな生き物たちが住む楽園なのだろう。


  戦の最中で見るのは、森が焼け野原になり居場所を失い途方にくれる生き物たち。


  悲痛だった、見るに堪えないその光景に幾度となく心を痛め、涙を流した。


  だが、今のこの状況。


  神の天罰か、はたまた何かの縁あってか。

  逆に自分が居場所を失った鳥になってしまった、悲壮感や絶望感はないが、何故か間接的なものがあり新鮮で良かった気もした。


  謎が、謎を呼ぶ国と国との火花の飛ばし合いや黒幕。


 「少し考えすぎだな…森にでも行ってこのモヤモヤをすっきりさせよう」


  しかし、アーサーの前世での記憶はとどまぬことを知らず、徒歩をしている最中にも蘇った。


  暗殺されていなければ、十一年前に戻ることができるのなら、どれだけ素晴らしく僥倖なことやら。

  戦の目的は膨大な資源や広大な大地、民。


  そして、強力な王国との貿易や関わりを保つ為の港。


  だが、ここでまた脳裏に閃光が走ったかと思うと、とんでもないことを生前の自分は考えていることが分かる。


  先程の目的もあるが、本当の真意というものは自分の中にあった。


  それはなるべく公にせず、自らの独断で成し遂げようとしたことである。


  アルカニスの姫巫女の力だ。

  神という空想の人物をまるっきり存在すると信じこんでいた前世の自分は、宗教の力で国を守ろうとした。


  その為には神聖な存在が必要となる、そこで隣国に不思議な力をもつ姫がいると聞き、密接な関係を築き上げるため、レトアニア王国と戦っているという情報を手に入れ支援をした。


  その結果、長規模な戦いになる。


  その大袈裟な目的を達成するため奮闘したが、殺された。


  結局、神という存在に媚びをうり、足の脛を齧った結果だ。


「あぁ!  もう!  やめだ!  やめだ!  こんなことを考えていては、気分転換にもならないし探検しにきた理由もない!」


  そういって自分を怒鳴り叱りつけると、大声を出しながら、森に向かって走り出した。


  何故か、声を出すと無駄な体力は消耗するが悪いことや気分を吹っ飛ばせるような気力が沸いてでてくるような気がするからだ。


「あれ?  おーい!  アーサーじゃねーか!」


「お前、バルハとアールか」


「なんだ、アーサーか。ここで何をしている」


  こっちが質問したいのだが逆に質問されて少し狼狽えるが、体制を立て直して得意げな顔をして言う。


「私は散歩だ!  この優雅な自然を久しぶりに堪能する為にな」


「久しぶり…?  まぁ、いいや。俺らはさ抜けられない聖剣グレイブルーセイバー??  とかいう剣を見つけてさ!」


  グレイブルーセイバー。


  生前で勉強した覚えがある。


  初代リトアニア王国の大王ジャネーブ一世がさした唯一の聖剣であり、それを抜いた者には永遠の栄光と、名声が約束されるという伝説上の剣だ。

 ──────そんなお伽話のような剣が実在するとはなぁ…


「しかも!  その剣な、初代の王様が抜いて以来誰も抜いたことが無いんだって!」


「へー、それで?」


「お前やってみろよ!  俺らがいた高台にささってるからよ!」


  そんなことを健気な笑顔で言うと、手を掴まれ連れられるがまま、その剣の前に立たされた。


  なんの威厳もオーラも感じられない。


  伝説によれば、魔力か何かで抜けたとかなんとか言っていたが、まあ結局は伝説空想上の物語だ、と何故か納得すると剣の持ち手に手を伸ばした。


「ふぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ!!!!!」


  抜けない。


 ─────アーサーとかいう物語に出てきそうな立派な名前しときながら抜けれないのか


  そんな愚痴を心でポツンと零す。


「じゃ、私は森に行くから」


  剣は諦め本来の目的の場所に行こうとするが。


  何故かバルハに止められた。


「あの森は迷いの森って言われてる!  今の時間帯に入れば一生戻れなくなるぞー!!」


  その言葉を聞き、背筋が凍りついた。


  腹を壊したかのように、見事に血相を蒼ざめると、震えた声で言い返した。


「ふ、ふん。それくらい知っていたさ!  ではな!  私はもうクレム先生のところに戻るからな!」


  そういうと、足をネジのように信じられない速度で回転させてその場から立ち去っていった。


  そして、また村の広場に戻ると、息を荒げながら慢心していた自分を一喝して落ち着いた。


  座っていると、無駄に聴力が良いのか村人たちの話し声や噂話しが、風のように耳に入ってくる。


「ザムンクレムの連中、やっぱり苦戦しているみたいだぞ」

「まあ、そりゃ都市国家だからなぁ。いつでも兵や総力戦、それに様々な都市に優秀な人材なんか余るほどいるからねぇ。それに複数都市国家、ましてや支配したアルカニスの領土も有効活用すれば、ザムンクレムも苦しめられるわな」

  予想通り、苦戦していることが分かるとホッと安堵したかのように下を俯く。


  元々、民や都市は王が統括して纏めるものだ。


  私が死んでから突発的すぎることだったので、余計に焦ったのか王の選択を精々間違えたのだろう。


  それか、わざと王をまだ幼い子供にさせ、ずる賢い大臣に操られているか、だ。


  それに、四天王という強力な神器を持った存在がその王国に顕現していたとしても、戦略や、人材に長けたリトアニア王国に負けるのは目に見えているだろう。

  ましてや逆に勝負を挑まれれば、一瞬で壊滅されることは間違いなしだ。


  そのうち、攻めても無駄ということに気づき、内政に力を入れて数年間は戦争はないだろう。


「さて、明日も訓練だ、全てを知る為には強くなるしかない…戻るか」


  そう呟くと、元王は先程ダッシュしすぎてパンクした足を庇いながら師の元へ戻っていった。





 小屋に戻る頃には空も真っ黄色に染まっていた。

 一方アーサーの脚は疲れ切って鉛のように重くなっていた。


 本当に体力がない。これから体力は徹底的に付けて行くべきだ。


「ん、クレム先生まだ帰っていないのか」


 小屋は無人だった。

 アーサーは水を飲み喉を潤す。


 アーサーはふと飲用水を見る。

 綺麗な水だ。この付近には川でも流れているのだろうか。

 これは先ほど渡った道を見て分かったことだが、今は春だ。

 春に咲く花が咲いていた。


 夏もすぐに来るだろう。

 ジーク達に聞けば川の一つも見つかるかもしれない。夏はそこで鍛錬出来たらと考える。


 ——魚が食べたい。


 それがアーサーの本音だった。

 アーサー、いやかのザムンクレム元王は魚が大好きなのだ。

 川さえあれば。

 明日にでも探そう。


 魚の味を思い出したせいか腹の虫が鳴く。

 その音を聞き、アーサーは苦笑する。


 今のは少し子どもっぽかったな、と。


 そういえば、とクレムの荷物の方へ視線をやる。

 そこには一式の鉄の鎧があった。

 重装騎士がするような重々しくも威圧があるタイプではない。寧ろ胴や間接部を守る軽いタイプだ。

 クレムの身のこなしはいつも軽やかだ。しかしその気になれば、走る馬車と並ぶくらいの速度を出せそうな気配がある。

 あの騎士は敏捷なタイプの武人なのだ。


 と、そこでバンとドアが乱暴に開かれる。

 すわ敵襲か、とアーサーは条件反射で椅子を蹴り小屋の入り口から距離を取る。

 だがその行動は杞憂に終わる。


「なんだクレムか」


 そこには血相を変えて何かを背負ったクレムが立っていた。

 否、それは誤りであった。

 クレムはそそくさと己の寝床に近付き、背負っているものをそこに下ろす。


「アーサー! 水と布を頼む!」


 一瞬戸惑ってしまったが、どうやら緊急事態らしい。アーサーは急ぎコップ一杯の水と、台所にあった湿った布を焦るクレムへと渡す。


「クレム先生、」


「女の子だ。道端で女の子が倒れていたんだ」


 何が起こったかを聞こうとしたところ、言い終わる前に解答が帰ってきた。

 道端で女の子。

 いきなり過ぎる展開だ。アーサーの頭はあまり追いついていない。


 アーサーが呆然としている間に、濡らした布を女子の額へ置くクレムは状況を確認するためか、アーサーに状況を伝えるためか言う。


「この女の子。村から出て一時間のところで倒れていたんだ。触れば分かるだろうが、高熱で倒れたと思われる」


 状況を説明され、アーサーはクレムのベッドで横たわる少女を見やる。

 夜の空を思わせる暗い青色の髪をした少女だ。

 苦痛で顔を顰めたその顔は特別可愛いという程ではないが、整っている。だが頬は紅潮し、口からは荒い息を吐いている。


 アーサーは体温を測る為、少女の首へと手を伸ばす。

 烈火の如く熱い。クレムの言う通り高熱だ。

 アーサーの手を熱い手が包む。

 見ると少女が薄く目を開いてこちらを見ていた。

 未だに息は荒い。だがそれでもこちらを見やる少女の目線には、助けを求めるようなものを感じた。


「助けよう」


 自然と口から出たのは慈悲の一声。

 アーサーは自分の手を覆う熱い少女の手を両手で握り、クレムへ目線をやる。


「そうだな。お粥と晩飯をつくる。アーサーは彼女の世話をしていてくれ」


「分かった」


 再び少女の方を見る。

 薄く開いてた目はまた閉じられている。

 だがその表情は幾らか安心している者の目であった。

 気のせいか、握る手から握り返される感触を受ける。


 よく分からないが今は少女を助けなければならない。

 どうしてか分からないが、アーサーはそんな事ばっかり考えていた。



■◾︎■◾︎


 少女の正体は?!

 気になる続きはhttp://kuhaku062.hatenablog.com/にて!

『零影小説合作』第四話〝進撃と鍛錬〟

 ※改訂版です。

 誤字や私(影星)とゼロ君による呼称の違い、あとは不自然と思われる表現を一部直しました。



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  眩しい太陽の光が目を刺激する。

  小鳥たちが交互に飛びあい、家畜の鶏が合図のように鳴り響く。


  朝だ。


 人生に何回も経験しているというのになんだが、今回だけ特別に清々しい。


 だが、体が妙に身軽くおぼつかない。


 そうだった。


 自分は小さな平民の少年になっていたんだ。


 すっかりと頭から抜けていたので、身体を操作することが困難になり、足が他律したかのようにフラフラとその場を歩き回る。


 無意識のうちに小屋から出ると外では鳥の卵を焼くクレムに出会う。


「おーう! おはよう! いい朝だな」


「誰だ、お前」


 まだ寝ぼけているのか、記憶が戻らないのか、まるで理解に乏しい状態のアーサーであった。


 この世の終わりのような顔を浮かべながら驚愕したクレム先生は、またもやムカデのように爬行するとアーサーの目の前まで行く。


「起きろォォォォ!!!」


 やがてクレム先生は勢いよく頬をビンタすると、アーサーの潤みの無くなっていた瞳に煌めきが戻る。


 どうやら意識が完全に覚醒したらしい。

 覚醒のついでか、痛覚も蘇る。


「いっでええええ!! 何をする!!」


 いかにも少年が上げそうな、というか少年が上げる荒々しい声に、クレム先生は安堵の表情を浮かべる。


「お前が寝ぼけてたから起こしてやったのだよ。感謝するべし」


 まだ完全に開ききっていない目でなんとか視界を広げようとするアーサー。


 石造りの民家が点在する村のため、太陽の光が石から反射して、自然の何もかもが自分に対して目覚めろと言っているようで、半心アーサーはイライラしていた。


 ハッハッハ〜とクレム先生が軽く笑う。


 憎たらしいが、ここでモヤモヤしている訳にはいかない。


 精神を一旦落ち着かせると、これまであったことをまるで電脳のように解析、整理しだした。


  二つの王国、四天王、暗殺、前世の記憶。


 そしてアスタロト

 昨夜に見たものは紛れもない事実であり、現実であることは身体が覚えていた。


 実際に戦い、その強さを身に染みて感じた彼にとっては恐怖感、そして困惑。

 この二つの原点は有り余るほどに感情や心を蝕み続けていた。

 ことの顛末はこの身体になってからだ。


 この体になる前の、この体の持ち主であった普通の少年は一体何者であり、何をした?


 疑問が疑問を呼ぶうちに。


「おーい!  考えごとよりまずは飯食ってすっきりするぞー」


 そんな励ましのような催促のような声が、今までの考えていたことがまるで一本の道に並べられた灯篭が、一瞬にして消えるかの如く薄い火のようにスッと消滅してしまった。


「あ、あぁ……」


 ——全く、この男のせいで台無しだ。


 そんなことを思うと、少年はまた一つ、大切なものを手に入れた実感が湧いた。




「ぐっ、はッ……」


「おいおーい、本当に根本的なことからやっていかないとダメなのー?  アーサー君全然体力ないじゃーん」


 草木が生い茂る中に、汗塗れの顔をぐっしゃりと無様に置いた。


 ——前言撤回……なんで私にだけこんな厳しいんだ。と思わざる得ない。


 基礎体力をつける為、走るにしても筋肉トレーニングにしても、全く良い成績を残すことができない。

 というより、無茶過ぎるのだ。やらされていることが。


「今は動乱の時代だよー。体力がなければ重い鎧担いで走ることもできないし、剣も振り回すことすらできないよー? だから体力がものをいうから、それが登龍門といっても過言ではないかもしれない」


「こ、ここからですよ……」


 息を荒げながら、アーサーはまた赤い眼光を光らせてまた山道を走り出した。


「あいつ、なんか先生と会ってから変わりましたねー」


「そうか?  全然何も変わってない感じに見えるけどねー」


 アーサーをクレム先生の所にまで連れてきた三人の子供たちは、その後を追うようにして走って行く。




「おわ、終わった……なんで私だけ山道二十周なんだ」


 こんなにまで苦しいと思った鍛錬は初めてだ。


 何かに桎梏されているようで、情けないことに正直言ってもう心が折れそうだった。


 だが、ここで衷心を露わにすれば全ての真実が知る前に老いて死ぬか、徴兵されて戦場で一人の敵倒すこともなくあの世に行くだろう。


 それは、『王』としてのプライドが許さなかった。


 自らの体と相談し、許容できる範囲で鍛えた。

 駑馬に乗るような、皆より劣っているため、気分が非常にどんよりとしている。


「おい、聞いたかザムンクレムが俺らの領土内に侵入したらしいな」

「やべぇな……こりゃ大戦争の前兆か? 絶対戦場行きたくねぇよ」


 そんな声が、家畜の整備をしていた男たちから漏れていた。


「もう、奴らが進撃を始めたのか」


 そんなことを呟くとまた鍛錬に戻ってゆくが、ここで信じられない言葉を聞いてしまう。


「しかも、奴らは悪魔と契約して強大な力を得ているらしいぜ」

「悪魔?  例えばどんな悪魔?」


「聞いた所によると、大悪魔アスタロトとかいうやつでな」



 その言葉に思わずハッとした。


 昨夜、自分を襲撃した赤髪の少女ではないか。


 ——まさか、本物の悪魔であり我が王国を裏で操る影にもなっているのか……?


 妙にそのことに怒りが込み上げた。

 歯をギシギシと鳴らし、不満をわざと表情にだした。


「絶対にゆるさねぇからな、アスタロト!」


 アーサーはそう自らを鼓舞し、気合を入れ直した。


 ——誰にもいない所で叫ぶように見えた。

 が、そこに一人の物陰があり。


  俊敏なアーサーでも気付けないその正体は自ずとまた暗闇に影を消した。





 小屋の前の平場に戻るとそこでは少年達のリーダー格……クレム先生からはジークと呼ばれていた白髪の少年が丁度クレムと模擬戦をしているところだった。


「タァ! セアァ!」

「斬る相手を見て、正確に剣を振るんだ。そして無駄な力を入れるな」


「ふむ」


 ジークが我武者羅に木剣をクレムの振り、クレム先生はそれを躱したり受けたりしているところだった。

 ジークはまだまだ未熟だが、中々見所がある。きっと良い剣士になるだろう。

 クレム先生はやはり手加減しているようだが、動きに無駄がない。動きが軽やかなのだ。


 生前では一国の王でありながら最前線で剣を振り、数十もの命を奪ったりしてきたアーサーだが、その経験で得た知識からもクレムという男の動きは、出来上がってると言っても良い程のものだった。


 ——最初の目標はクレムに勝つことからにしよう。


 アーサーはそう決める。昨日と今日、この身体を使って分かったことだが、この身体は感覚が鋭い。

 視力や聴力が特に高いと言える。

 身体はまだまだ貧弱だが、しかし鍛えれば結構良い線まで行くはずだ。

 アーサーは早くも身体に馴染み始めていた。


 ——アスタロト


 生前統べていた国を裏で操っていると思われる、何故かこのアーサーという存在を気に掛ける謎の悪魔。

 先ほど耳に入った噂が事実ならば何れ彼女と闘わなければならない。


 自問自答。

 ——私に、かの悪魔を倒せるのだろうか。

 難しい。少なくともあと十年は鍛え続けなければ足元にも及ばないだろう。

 ——彼女は何故私を監視しているのだろう。

 私がこの身体になる以前にアーサーという少年が何かした。或いは生前の私を……。


 アーサーは頭(かぶり)を振る。

 どうせ今考えてもしょうがない問題だ。

 切り替えて目の前の状況に集中しなければならない。

 なに、記憶を持ったまま子どもに戻れたと考えればかなりの幸運と思えるではないか。


「おーい、アーサー! なにそこで突っ立ってんだよー!」


 そこで昨日ジークの後ろに居た少年二人がアーサーの名を呼びながら手を挙げる。

 彼らは二人で模擬戦をしていたようだ。片方が地面で大の字になって転がっていた。


 アーサーは手で、汗で額に張り付いた金色の前髪を払いながら、彼らの元へと近づく。


「よう。クレム先生は今ジークの相手してるから、一緒にジークの闘ってるところ見てよーぜ」


「う、うむ。えーっと……」


「ん? ああ、オイラの名はバルハっつぅんだ。んでそこで寝てる奴はアール。そういえば話すの初めてだよなー!」


 彼らとは話してなかったらしい。楽で結構だ。

 バルハは黒髪をハンカチで覆い、後ろで縛った三白眼の少年だ。イタズラが好きそうな印象を受ける。


 それに対してアールは身体が大きい。褐色肌とまでは行かないが、肌の色が少し濃いか。暗い茶髪の大きな少年は、体格に似合う穏やかそうな顔付きをしていた。


「にしてもよー。昨日のアーサー変だったよなー」


「ああ……昨日は少し、取り乱したな」


 バルハと二人、隣り合って座りながらジークとクレム先生の模擬戦を眺める。

 いや、後ろにアールが立っている。三人で模擬戦を眺める。


「お」


 木剣をクレムに弾かれジークが尻餅をつく。決着がついたようだ。

 ジークは悔しそうに息を整えながら、クレム先生をその蒼い瞳で睨む。

 そんなジークにクレム先生は優しく微笑みを向け、


「うん。ジーク、君はやっぱり良い剣士になるよ」


 と褒め称えた。


 当分はクレム先生よりジークがライバルになりそうである。

 生前にもそんな存在がいた。奴は今どうしているのだろうか。


「お、アーサーか。君も体力を付ければいずれジークと良いライバルになるだろうな。頑張れよ」


 クレムはアーサーのところまで行きアーサーの肩を励ますように軽く叩く。


「りょうか……いえ、分かりました! クレム先生!」


「うむ。結構。では皆、一度小屋に入って休憩とするか」


『おう!』


 少年達は先生の指示に対して声を揃えて良い返事をする。





「はあ……」


「アーサー。集中するんだ。歴史を学ぶことも、騎士には重要なことだ」


 あの後、昼飯を取ってからジーク達は帰って行った。

 勿論、アーサーの家はこの小屋であり、まだ午後の授業が残っているので居残りすることになっている。

 授業はレトアニア王国がまだ都市国家セントヴィールタニアがどのようにして、王国へと成長したかの内容だった。


 アーサーは己の金髪を乱暴に掻く。


 生前で知っているレトアニアの知識と言ったら、統べていたザムンクレム王国の同盟を結んでいた国、アルカニス王国と長年競り合ってきた成長途上の国だ。


 もともとレトアニアは複数都市国家による戦争で勝ち抜き、それらを統べたことで知られる。

 都市国家群一帯は自然に溢れており、資源が豊富だった。それらを手にしたのだから彼らは警戒すべき強国として各国に認識されている。

 実際私も彼らをアルカニスに吸収させその上でアルカニスを吸収し、ザムンクレムを一つの大国へと成長させる計画があった。

 そう。あの時殺されて居なければ——


「これこれ。アーサー。ちゃんと授業に集中しないかね。夕飯抜きにするぞ」


 ただ張り切っているだけと思ってた時期もアーサーにはあった。やはりクレムという男はスパルタだった。


 冗談はさておき、アーサーは授業を聞く振りをする。

 しかし、レトアニア王国の平民に転生した今、アーサーはどちらの味方をすべきかで悩んでいた。

 生前愛したザムンクレムか。今住むレトアニアか、である。


 レトアニアとザムンクレムは近い内に周辺国をも巻き込む戦争を起こすだろう。

 そうなった場合、今のアーサーは何が出来るのだろうか。

 ザムンクレムを操っているという悪魔達を排除し、救いたい。しかしレトアニアはアーサーの住む国だ。


 ——私はどちらの味方をすることになるのだろうか。


 今のアーサーにはその答えを導き出すことはできなかった。


「授業を終了する。休憩してよし。僕はこれから夕飯を調達してくる。呉々もこの村から出ることは無いように。いいね」


「はい」


 考え続けるだけで授業を終えてしまった。

 クレム先生はそそくさと出て行ってしまった。

 さて、休憩するのもいいが、暇である。どうしたものか。


「少し、そこら辺を探検するか」



■◾︎■◾︎


 次回、第五話〝真意と少女〟

『零影小説合作』第三話〝不明と優しさ〟

 ※改訂版です。

 誤字や私(影星)とゼロ君による呼称の違い、あとは不自然と思われる表現を一部直しました。



□◽︎□◽︎




 ——お前は生まれるべきではなかった。


 頭の中で一筋の声が反響する。 


 それは無慈悲であり、人ならざる者の声でもある。


 〝それ〟は血泥にまみれ、もがき苦しむ兵士の姿をしている。


 王の姿をしている。


 姫の姿をしている。


 大臣の姿をしている。


 平民の姿をしている。


 誰もがその顔に憎しみと怨念を貼り付けていた。


『くるな! 来るなああッ!!』


 そしてそれは、見捨てたもの『全て』の形をしている——


「うああああ!!」


 狼の唸り声のような叫び声を高々と上げると、自分はベッドで横になっていた。

 呼吸を乱しながらも、状況を整理する為、思考をフル回転させる。


 純真で潔白な手などもう自分にはないのだ。そのことは理解していたはずだ。


「悪夢に魘されていては、元王の私が泣くぞ……」


 そんな冗談を口にし気持ちを紛らわす。意識してはいけない。これはただの、そう、ただの夢だ。


「どうしたんだい!? アーサー君!」


 そこに血相を変えて飛び込んできたのはクレム先生だった。


「クレム先生ではないか……ではないですか。どうしたのです?」


 構柄な態度をなんとか自分を慰めながら慎むと、クレム先生へと目線を向ける。

 心底心配したことが窺え、申し訳なくなる。彼を安心させなければ。


 だがこの体の元持ち主は笑ったことがないのか。それか悪夢の後のせいか、歪な薄笑いを浮かべるもクレム先生は引いてしまう。


「すまない。……少し外の風を涼んできます」


 小さなベッドから降りて、小屋から出て行った。


 口が裂けても言えない事情があるのか、ないのか。

 まだよく分からないアーサーを前に、クレム先生は動揺していた様子だった。


「弱いな、この身体は。あれほど精力的で精悍な身体と精神の持ち主だった筈なのに、今ではヒョロヒョロで無様な平民になってしまった」


 そう言いながら、春の夜の満月を何もないところを見つめる猫のように、無表情で岩のようにジッとして見つめる。

 涼しい風が肌を刺す。肌寒いと思ったが、どうやら汗をかいていたようだ。


 この世界は騎士と王が支配する世界。


 掃滅されたアルカニス、ザムンクレムの『四天王』。


 そして、生前の自分を殺めた人物、謎の人外の声。


 それを思い出すだけで、頭蓋を釘で打たれるような気分だ。


 まだおぼつかないこの身体も、背中に鉛を背負っているようで、重かった。


 だが、今はまだ子どもだ。


 心は前世と同じで決して弱くないが、体は弱々しく、まともに戦えやしないだろう。


 なんとか、あの師を利用して強くならねばならない。


 しかし、そんなことを易々と言っている暇はなさそうだ。


 ——唯ならぬ、強い気配を感じる。


「そこにいるのは誰だ」


 アーサーは子どもとは思えないような低い声を出す。


「あら〜? バレちゃいましたぁ〜?」


 そういって、向かいの建物の石材の階段から降りてきたのは、まだ自分と同じぐらいの歳であろう、赤髪の女だった。


 彼女から壮麗なオーラと壮烈な双眸がこちらに凄絶な圧力をかけるかのようにして襲ったが、それに決して屈しなかった。


「ふん、威厳だけはいいようだな」


 瞬時に察したこの強圧的な圧力に、流石のアーサーも冷や汗が、一筋顎を伝って流れ落ちた。


 ——動いたら負ける。


 戦う容易が端然な彼女に、剣もなく、体術ができる程の筋力や逃げる為の体力でさえ半端だ。


 そんな実力で挑むなど自殺行為に等しい。

 だが、逃げても仕掛けても殺される。

 睨み合いが続くだけだ。


 だが、結局どちらに置いても殺されるのなら、こちらから一か八かの博打を仕掛けるのもよいだろう。


「貴方、中々抽象的な考えをするわねぇ」


 口を開いて何を言い放つと思えば、まるで心を見透かしているような発言をしだした。


「何を言っている。私は何も言ってはいないぞ」


「何をやっても結局は私に殺されてるのは見え見えなんでしょ〜? 貴方は賢そうだからそんな思考をすると思ったのよ〜」


 面白くないやつだ。

 そんなことを思いながらひたすらに睨みつけ、構えを崩すことはなかった。


 心地良かった夜風でさえアーサーの神経を逆撫でし、余計に緊張を煽る。


 草木をユラユラと揺れサワサワという音が、五月蠅く聴覚を刺激していた。


 ——今だ!


 息を吸い、酸素を足腰の筋肉へ送ることで、脚は一つのバネと化す。

 天を衝くような速さの中、赤髪の少女に向けてまだ何も知らない無垢な拳を突き出す。


 だが彼女は動かない。


 否、そこにはもういなかった。


 篆刻を刻むような渾身のストレートが回避されたのを、遅れて理解する。


「はぁ〜い」


「っ!?」


 この岩と岩に挟まれた狭い空間でどうやって裏まであの距離で移動したのか。


 まるで人ではない。人より上位の存在——まさに天使か悪魔かを思わせる動きだった。


 そして赤い影はとても跳躍で生じたとは思えない音さえ置き去りにし——


「……っ!」


 気付けば、アーサーの首元には、鋭い爪が添えられていた。

 今にもアーサーの首と胴体が離れそうな状態にいることを、今度は遅れて世界が、空間が理解し、ヒュウと音を立て風が舞う。


「私の目的は飽くまで貴方の偵察。貴方が元気でやっているのか見に来ただけよ」


「は? 私たちは、何処かで会ったことがあると言うのか?」


 その言葉を聞いた彼女は、頭上に点線を浮かべた後、鬼神を思わせるような殺気立つ顔をしてこちらを睨んだ。


「忘れたの!? 私よ! わ! た!  し! 本当に憶えてないの!?」


「知らない」


 本当に知らない素振りを見せるアーサーを見て顔を俯かせ、呆れる彼女は言った。


「ふん。いいわ、もう一度名乗ってあげる。そうじゃないと私の気が済まないわ」


 そんな自意識が強い赤髪の少女は、満月の光を掲げながら壮麗な表情で名乗った。


「私の名前はアスタロト。よく覚えておきなさい」


 そう言い残し、瞬きをした次の瞬間には彼女の姿は消えていた。


 アスタロト、大昔の伝承から伝わる魔術や悪魔学の文献では一番優れていると言われる悪魔の名前だ。

 大書物ゴエティアにおいては四十の軍団を率いる大公爵とされ、冥界皇帝ルシファー、君主ベルゼビュートに並ぶ冥界の支配者の一人として語られることで有名な悪魔だ。


 だがそれは空想のものであり、実際にはこの世界に存在しない。


 しかし、今の光景を見る限り信じるしかなかった。


「一体……この世界で何が起きているというのだ……」


 そんなアーサーを薄ら笑うかのように、また一筋の風が流れる。





「アーサー!」


 クレム先生がアーサーの名を呼ぶ。大凡、赤髪の少女……アスタロトとの交戦で生じた音で慌てて出てきたのだろう。

 だがその顔にはすっかり疲労が窺えた。


 アーサーは迷惑を掛けると心の内で謝罪してクレム先生の方へ向かう。


「もう君という奴は。少し目を離しただけで何をしでかすのだか。これ以上僕を困らせないでくれ」


「すまなかった……いや、すみませんでした」


「うむ。君まだ飯を食っていないだろう。取り敢えず中に入ってくれ」


 そういえばこの身体になってからまだ何も食べていないというのを思い出し、一気に空腹感が溢れ出る。


 アーサーとクレム先生はランプに照らされた小屋の中に入る。入ってすぐに焼けた肉の香ばしい匂いが彼らの鼻をくすぐった。


「さあ、君が外に居る間に料理を作っておいたんだ。その椅子にかけなさい」


 なんだろう。このクレムの対応に母性的な何かを感じるのは何なんだろうか。アーサーはそんなどうでもいいような疑問を抱きながら木材の椅子に腰をかけ、テーブルの上の料理を見る。


「兎の肉を焼いたものだ。肉を食って体力を付けないとな。さっきみたいにぶっ倒れてしまう」


 兎肉。生前の食生活を考えるとまさに雲泥の差だ。

 王様時代に食べた牛肉のステーキを思い出し、倍にまで空腹感を膨らませながら木材で出来たフォークでこんがり焼けた兎肉にありつこうとしたところ、


「これ。食事の前後にする祈りを忘れるな」


 とクレム先生に手を叩かれる。

 叩かれた手を擦りながら考える。

 そういえばレトアニア王国は宗教色が濃い国なのだった。

 宗教なんかもっぱら興味はないが、うちの先生は色々厳しい。というか小煩い。

 ここは黙って祈るふりでもすれば良いか。


「——我らが唯一神、レトアニア神の名にかけて。アーメン……」


「あ、アーメン」


 さて。食事前の祈りを終えたところで、と今度こそ兎肉にありつく。

 フォークで刺し、口へ運ぶ。生前に食べた絶品と比べるのも酷かもしれないが、そこまで美味しくなかった。




 食事後の祈りを済ませ、食後の余韻に浸っていたアーサーにクレム先生が話し掛ける。


「そういえば昼、お前は騎士になりたいと言っていたが。平民が騎士になるのは難しいと知ってのことかい?」


 これに関しては生前統べていたザムンクレムでも同様のことだったことだ。騎士とは本来貴族達がなるものである。青い血を持たない一平民が騎士になろうとするのは茨の道を裸足で歩くようなものだ。


「ああ。分かってる。いや、分かってます。その為に騎士の中の騎士という雰囲気を纏う、クレム先生に師事を申し出たんじゃないんですか」


 これは半分嘘だ。そこそこ出来る騎士だとは思ったが。


「おお? そうかーハッハ〜。よく分かったね? 君、なかなか見る目あるよハッハッハ」


 クレム先生はアーサーに褒められ鼻を高々と言った感じだった。

 アーサーはこのクレム先生との関係は大事にしていきたいと考える。


 今はよく分からないが、このクレムという男はどこかただならない雰囲気を持っている。

 何故こんな小さい村に、と疑問を抱かないでもないが、アーサーの生前頼りになったの勘がそう言っているのだ。


「では、もう今日は寝なさい。これから早寝早起きがここのルールだ」


 クレム先生にそう言われ、アーサーは先程まで寝ていたというベッドで横になる。

 気分の悪い寝起きで気付かなかったが、このベッドは微妙に硬い。背中が痛くなる、という程ではないがやはり生前と比べると硬いと思わざる得ない。


 いかんな。

 今は若き国王では無く平民の子どもだ。倒れる寸前に聞いた内容で推測するに、自分は孤児だ。

 国王と平民。身分的に天と地の差だ。なんでも生前と比べるのは止そう。

 なに、平民という生活に慣れれば良いのだ。


 アーサーはそう自分に言い聞かせ、目を閉じる。

 心身共に疲れが溜まっていたのか、少年の幼い身体はベッドに沈んでいった。





「色々おかしい少年だった」


 この日出会った金髪の少年を思い浮かべる。

 クレムはアーサーが眠ったところを確認し、爛々と光りを放つ満月の下で夜の涼しい風を身体で感じていた。


 突然国の状勢やら己はなんなのかを聞き出したアーサーの表情を思い出す。

 アレは本当の混乱している者がする表情だ。


 国の状勢はともかく、己のことについて聞き出してきたのは不自然だ。

 あんな顔をしていたのだ。本当に自分が何なのか分からなかったのだろう。


 記憶喪失という言葉が脳裏に浮かぶ。


「可哀想に」


 取り敢えず、明日にでも村の少年達にアーサーのことについて聞き出そう。彼が一人前になるまでは、僕が親代わりになるのだ。

 クリムは一人、そう決心する。



■◾︎■◾︎


 次回、第四話〝進撃と鍛錬〟

『零影小説合作』第二話〝真実と金髪の少年〟

 ※改訂版です。

 誤字や私(影星)とゼロ君による呼称の違い、あとは不自然と思われる表現を一部直しました。


□◽︎□◽︎





 少年達に連れられるがまま連れてこられたのは、一つの村だった。


 さほど大きな村ではない。


 だが、何かの侵入を阻むかのように周りには山々が連なっており、草木が障壁のような形で囲んでいる。


 小道は一本だけであり、非常に見つけにくい場所に存在した。


「おーい! アーサーなにやってるんだよー! こっちだぜー!」


 まるで自然の砦のような村に見惚れているうちに、子ども達は先に進んでしまったようだ。


 白髪の少年がこちらを一顧しながら村へ入っていった。


 少し躊躇いはあったが、無駄な思考は避け、岩石のように顔を固め、唇を噛み締め、如何にも意識を前向きにした。


 中に入ってゆくと、そこまで奇怪な場所ではなかった。


 農民は畑を耕し、女子どもは家畜の世話をしている。


 だんだんとその光景をみるうちに剣を鞘に戻すかのように表情が緩んでゆく。


「おーい! ここだ、ここ!」


 先程の白髪の少年がこちらに手を振っている。


 そこは周りの石造りの建物と変わらない、ただの小屋だった。

 石と石の割れ目からは草が芽をだしている。


 だがまるで、こちらを睨みつけるようにして監視しているようにも見える。


 この身体について、何か手がかりが見つかるかもしれないと期待してきたが、そんな都合が良いものなどなかった。


「あの子ども達と変わらない平民如きが、一体なにを知っているというのだ……」


 そんな今更のような愚痴を小雨のようにポツポツと呟くと、木材で出来たドアを開けた。


 ギギギと不愉快な音が耳の中で反響する。


 そして目の前に現れたのは…


「やぁ、アーサー。待ってたよ」


 いかにも貴族然の口調でこちらを出迎えたのは、豪勢さをアピールしたいのか、足を組んで如何にも高そうなワインを喉に注ぐ明るい茶髪の男性だ。

 どうせ安価な酒だろうが。


「これが、先生?」


「あぁ。ほら前に言っただろ? 剣技や作法を教えてくれる騎士様がこの村に来てるって! お前も前から来たいって言ってじゃん!」


 こんな昼間から酒にありつく騎士様が、か。

 いよいよアーサーの中の期待は完全に決壊した。


 だが、奴は大人だ。


 この国のこと、そして今の私の姿や現状について何か知っているかも知れない。


「すまぬ、先生とやら。おかしなことを聞くがここは何処の国の何処の村だ? そして私のことをどこまで知ってる?」


 そう、思いつくだけの疑問の一部を吐露した結果、小屋の中の空気は凍土と化した。


 子ども達は無言でお互いの顔を見合わせ、目の前の先生とやらは開いた口が塞がらず、ワインをボトボトと床に垂らしていた。汚い。


「君! 君本当に大丈夫かい!? 変な所に頭ぶつけたとかおかしな物食ったとか!」


 急に先生が机にガラスのコップをおくと、ムカデのように爬行してアーサーの肩をがっしりと掴んで、血相変えて逆に質問飛ばしてきた。


「お、落ち着け! 私は大丈夫だ! それよりも!  本当に今の現状を知りたいんだ!」


「ああー! アーサーがっ! アーサーがおかしくなったよおおああ!!」


 先生が焦燥を露骨にした瞬間、子ども達も便乗して焦りだした。もう凍土も糞もない。


 それに乗じてか否か、アーサーまで混乱し始める。


「お前ら静かに質問に答えろおお!!」


 アーサーの一喝により、小屋の混沌とした空気が去って行った。或いは一周回ったのかもしれない。滅茶苦茶である。


「こほん、で、君は今のこの国の状況を知りたいということで、良いんだね? 教えてあげるよ」


 平静を取り戻した先生は、そう言った。取り敢えず国の情勢だけでも知ることが出来ることに満足するとしよう。

 真っ先に混乱した心配性の先生は語り始めた。


「この国は首都セントヴィールタニアを中心に急激に成長を遂げた国、レトアニア王国だよ」


 レトアニア王国。


 このアーサーという少年の身体になる前——生前の時の、自国の東の二つ隣にある小国だった。


「隣国アルカニス王国と長年戦争をしてきたんだ。

 兵力や資源はレトアニアが優勢だった。けど、アルカニスはそのまた隣にある彼らの同盟国、ザムンクレム王国からの支援のお蔭かせいか、戦争は泥沼と化したんだ。

 だが、とある事件が起こり、アルカニスは我が王国との戦争に負け、滅びた」



「とある事件? それは一体なんだ?」


 前世の自分が生きてきた中で、部下の争いや民の反乱など、とても事件が起こるようなことは一切なくしっかりと安定した国であり、唯一安寧という言葉が相応しいと言っても過言ではなかった。


 そこで起きた事件など聞き逃せれる筈がない。


「……事件とはザムンクレム国王の暗殺、だよ。

 つまりアルカニスへの支援を積極的に行うことを堂々と宣言してた王様が暗殺されたのさ。針鼠みたいにズブズブー! とね。」


 その瞬間、頭の中は空白になった。


 絶望、その感情が一気に身体を蝕んだ。


 そう、それは恐らく生前の自分のことだ。


 このアーサーという少年の体になる前の自らのことだった。


 雷に打たれたかのように目を大きくあけると、ペタンとその場に座り込んでしまった。


「お、おい……アーサー大丈夫か?」


 三人の子供が心配して、肩を叩く。

 真鍮が喉を突き刺すように、今にも全てが壊れそうな感覚を覚えた。


 だが、悪い予感はどんどんアーサーを追い詰め、自我を崩壊させるかのような悲痛とも言える想像ばかりが浮上する。


「な、なら! その! ザムンクレムのアルカニスの王や民はどうなった!」

「王は滅多刺しで公開処刑

 民たちは連行して奴隷にするやら兵士にしたりやら。もうやりたい放題さ。

 その支配した国の広大な大地を手に入れてからは、この国は急激に貿易が盛んになって他の大国と仲良くなった。

 天下を今にでも我がものにできるくらい成長してるよ」


 なんということだ。


 自分の中に後悔と申し訳なさしか浮かばない。


 もしも、自分が死んでいなかったら、どれだけの命が助かっていたのだろうか。

 だが何故死んだのかも、誰に殺されたのかも分からない。


 だがやはり一番気になるのは。


「そうだ! その王が暗殺されてからどれだけ経ったんだ! 今のザムンクレムはどうなんだ!?」

「あ、アーサー、落ち着いて……。

 暗殺の情報がこちらに届いたのはまだ二週間くらい前だけど、実際はもっと経ってるんじゃないかな。


 それとザムンクレムの情勢だけど、まだ安定している。西の強力な国々と同盟やら貿易やら続けててね。

 その二つの国が中心としてできた東軍や西軍がぶつかり合う、なんてことは今はまだ起きない筈だけど、そんな不穏な雰囲気が真ん中でじりじりと流れてるのは明確だねぇ。

 それにザムンクレム王国には『四天王』がいるからね」

「し……四天王?」


 先程から沢山の情報が耳に入ってくるが、最後『四天王』というのは初耳であった。


「なんかね四神器っていうのに認められた四人の騎士たちが中心にしてできたものらしいよ。どこにそんな余力を隠し持ってくる居たんだろうね。

 『四天王』は王にかなり忠実だとか。これ以上は子どもに話せる内容じゃない、かな?」


 先生という人物はそこまでしか話さなかった。何か思惑があって話さなかったのか、得意げに微笑している。この男は只者ではない。何かを知っている気がする。

 アーサーの勘である。


 ならば、その他の情報は自分が集める方が手っ取り早い。


 だが、まだこの少年の体では兵士になるのは難しい。ならば、


「ならば、先生とやら。私に、騎士の全てを教えてはくれまいか」


「あ、ああ。元々そのつもりで呼んだからね。でも大丈夫かい? いきなり難しい話をしたかと思えば、今度は騎士になりたいだなんて自分で言い出して」


 思惑が交錯したかのようにその先生は驚愕していたが。


「おぅけえーい! 全然いいよ! だけど、ちょっとアーサーだけにはキツイ訓練つけるよ。君は才能がありそうだからね。そしてこれから僕のことはクレム先生、と呼んでくれ」


 前世の王国での記憶の剣の扱いやその場の状況での思考、行動、曖昧だが、感覚はなんとか残っているようだ。

 それを見抜き、才能と思い込んだんだろう。


 それを理解すると、クレムという新たな師、そして三人の少年と共に外に出た。





 それから行われたのは怒涛の鍛錬だった。

 新たな師——クレム先生は、「まず君がどれだけ身体を動かせるかを知りたい」と言い出し、色々なことをさせられた。

 生前の身体ならば朝飯前の内容ではあったが、だがこの身体には少し、いやかなり辛いものだった。

 クレム先生は弟子への教授には容赦がなかった……というより、張り切っていたというのが正確なのだろう。


 外に出てから行ったのは主に基礎鍛錬だ。

 剣を握る前にこの身体は体力が無さすぎる。というか、剣を持ち上げるだけでも一苦労でとても振ることはできない。

 なのでまずは身体を鍛えることから始めるのが今後の方針だそうだ。今回は腕立て伏せ五十と村の外を五周程走らされた。


 だが、騎士とはただ剣を上手く振り、敵を殺すだけではない。騎士として必要とされるのは武力だけではないのだ。

 そもを言うと、騎士とは敵を討つのが仕事の戦士ではない。国に忠実を誓い、民を護るのが騎士としての義務であり、使命である。

 民を護るのが義務な故にある程度博識で無ければならないのだ。


 つまりどういうことかというと、鍛錬と並行して教養を身に付ければならない。という話になり午前は鍛錬を、午後は勉学に励むことになった。


「そういえばアーサー君」


 そして真っ黄色の太陽が、山と山の間に沈み、そこから発される強い光からアーサーは目を手で塞ぐことで守る。

 今日の鍛錬を終えたアーサーは小屋の前にある石の上で息を整えていたところ、ふとクレム先生は金髪の少年の名を呼んだ。

 この場に残っているのはアーサーとクレムだけだ。

 他の少年達は今日の鍛錬の分は終えているということで、クレム先生の語る今後の方針を語った後に去って行った。


「なんだろうか。クレム先生」


「まずはその横柄な態度から改めよう」


 師クレムはそう、アーサーの金色の頭に手を起きながら優しく、咎めるように言った。


 騎士を目指す、というからには騎士叙勲も受けるのだろう。この国の王ともいつか顔を会わせることになるだろうし、アーサーの口調は直すべきなのだ。

 師クレムはそれを見越して指摘しているのだろう。或いはただの餓鬼に偉そうな態度を取られるのが気に入らないのかもしれない。

 アーサーが胸の内でこの村を出たら改めるかと密かに決めた。


「いや、そんなことより。君はこのまま僕とこの小屋で過ごすのかい? 君にはご家族は居ないのか?」


 ここにきてまたもや問題が発生した。いや、浮上したと言うべきか。

 問題とはアーサーという少年の家庭事情だ。


 アーサー、というよりその中身である若き王は混乱した。このアーサーという少年の家族は居るのだろうか。

 居る場合は一度帰って、クレム先生という師の元で指導を受けるという旨の話をしなければ、今後また何か問題が起きかねない。


 それに家族という存在は今後この新しい人生を謳歌するに当たって、かなり重要な存在だ。対応次第では足場になるし、逆に障害になることもあるだろう。


 アーサーの首筋に一筋の汗が走る。


「あ、いや、なんか悪いことを思い出させたみたいだ。謝ろう。すまない」


 クレム先生はアーサーの顔を見て勘違いしたのか、そう早々とまくしたてた。返答は誤魔化せたらしい。

 が、問題は解決していない。家族という存在の有無が重要だ。

 この後ででも確認しなければいけない——


(確かに、この村には金髪の髪をした者はいない……。貴族の隠し子とかだろうか……。これは調べなければならない)


 クレム先生はそう小声で呟いた。

 本人は聞こえていないと思ったのだろう。実際常人には聞こえない声量であった。


 だが、アーサーは聞いてしまった。途端、アーサーの目の奥で火花が散った。酷い頭痛が彼を襲う。


「ぐっ、うっ……うぁぁ……!」


「アーサー君!」


 アーサーは米噛みを矢が通る錯覚を覚えた。


 ——お前は生まれるべきではなかった。 


 脳の奥で理解不能な言葉が反響する。苦しい。悲しい。そして残酷なナニカが。


「あ゛っ……!あ゛ぁっ」


 そうして、アーサーは気を失ったのだった。



■◾︎■◾︎


 次回、第三話〝不明と優しさ〟

『零影小説合作』第一話〝転生と始動〟

 ゼロ君こと空白のゼロ氏と私、影星(カゲホシ)による、行き当たりばったりな共同小説物語です。


 空白のゼロ氏が前半を書き、後半を私が書くことで一話出来上がります。

 前記通り、完全行き当たりばったりです。お互い設定の擦り合わせすらしてません。

 設定を描写にぶっこんでは相方に書かせる。謂わば、合戦のようなものです。

 馬鹿なことしてるなー、と暖かい目で見守っててください。


 ☆の印から空白のゼロ氏、★の印から私の分です。

 流れとしては、


 ゼロ氏が前半書く⇨私が後半書く⇨取り敢えず一話完成⇨私が改訂を行う


 という感じです。

 因みにタイトルは毎回『○○と□□』という感じになってますが、『○○』の部分はゼロ氏が、『□□』の部分は私が毎回決めております。


 ではどうぞ。


 ※改訂版です。

 誤字や私(影星)とゼロ君による呼称の違い、あとは不自然と思われる表現を一部直しました。


 あらすじはある程度内容が進んでからゼロ君と相談で作ります。[2015/10/☆]


 


□◽︎□◽︎



 ——殺された。


 視界が混濁としている。

 体には無数の槍と矢が無慈悲に自らの体を貫いている。

 壁と床に広がるのは満遍のない血。

 紅い絨毯が、より濃い色になり生々しさを具現している。

 車軸を流すかのように止まらない血潮。

  

 内臓を心臓を、全ての器官を貫かれ、無様にも身からはみだしている。

 苦痛を与えながら死なせる為にわざと脳天には攻撃しなかったらしい。

 だが、このような体にされてはもう助かる余地はない。

  

 漆黒の闇に閉ざされながら、一人朽ち果てて行く。

 この少年は悲しい人間だ。

 十八年も生きられず殺された。


「あ……も、もう……じにだぐ、ねぇ」


 吐血しながらか喋ったせいか否か、明確に言葉が発せられない。

 死にたくないという積もった万感に桎梏されながら、まだ潤みを無くさぬ目を閉じようとした、その時であった。


「おにい……さま……?」


 目の前に眩しい一筋の光が自らを照らしたかと思うと、三人の幼女らしき人物が立っていた。

 だが、もうできない。

 誰何することも、他力本願することも。

 何もかも諦めるしかない。

 来世では良い人生を歩めると、そう信じるしかない。

 そして、『王』は目を閉じた。







「っ……!?」


 長い苦痛から解放されたかと思うと、気付けば木に寄りかかっていた。


「ここ、は?」


 辺りを見渡すと広大な野が広がっている。

 草木が敷き詰められるかのように生えており、見たこともない自然が広がっていた。

 清々しい風が金色の髪を揺らし、外の尊さを間接的に感じられる。


「それよりも、ここは何処だ? 都市ヘズムブルクでもなければザムンクレム王国でもない」


 しかし、ここで脳裏に稲妻が走った。

 何故、前世の記憶がある? そもそも自分は死んだのか? だとしてこの体は一体誰のものなのか、自分は元々何者だったのか。

 押し寄せる疑問の波に押し潰されそうになる。

 殺される寸前を思い出そうとすると、何故か激しい頭痛に襲われた。


 助けを求めようと立ち上がるが、立ち眩みもしていないのに、妙なことに体のバランスがとれない。

 直感的に、前世より背が低い男の体を持ったことを悟る。

 

「くそっ、色々と錯乱している……なんとか態勢を立て直さなければ」


 混乱する頭を抱えながら、素早く状況を整理して思考をできるだけ回転しやすくしようとした。


「おーい! アーサー! 何してんだよーそんなところでー!」


 すると、幼い子どもの声が聞こえ、思考を妨げる。

 視界に入ってきたのは三人の子どもだ。細い木の棒を肩に掛け、ボロボロの汚れた服を着ている。どうやら平民のようだ。


「……平民!?」


 すると彼は自らの姿をチェックし始めた。

 あの子ども達と同じような格好をしている。

 信じられない。信じられるはずもない。

 別にそれでも良いのだが、一体何が起こっている?


 自分は『王』という高い地位にいたはずなのに、気付けば平民の子どもに成り下がっていた。





 ——転生。

 目の前の三人の子ども達と自分の現在の姿。死んだ時の喪失感。

 子ども達にアーサーと呼ばれた彼は、唐突過ぎる展開に混乱は本格化していた。


 アーサーは自分の幼くなった身体を再び確かめる様に見る。

 意識を失う寸前は数十にも上る槍や矢が自分の身体に刺さり、宛ら針鼠の様な状態になっていた。端的に言うと、死んでいた。

 だが、今は怪我は愚か、傷の一つもない。強いて言うなら少し小汚いか。


「おい、アーサー。返事くらいしろよなー」


 少し責めるような口調でこちらにそう言い放ったのは、これまた少し汚れた白髪の少年だ。ニヒルと口の端を持ち上げてこちらを見つめるその少年からは、まだ遊び盛りのやんちゃな子どもの印象を受ける。

 二人の前に立っていることから、彼らのリーダー的な立ち位置なのだろう。


 アーサーは再び考える。

 目の前の子ども達からは敵意を感じない。寧ろ友好的だ。

 先ほど周りを見渡した時に、ここら一帯はひとまず安全ということが分かった。でなければ、目の前の少年がこちらに駆けてくる時点で、何かが起こっていたはずだ。


 今の自分は『アーサーという少年』らしい。ここは『アーサーという少年』になりきって適当に相手をし、一人になったところでまた状況を再確認するのが最善。その後は状況次第で決めるとするか。

 アーサーはそんな思考を約一秒で済ませ、


「あ、ああ。すまぬ。少し昼寝をしておった。今日は天気がすこぶる良いからな」


 と、早口に返した。

 先程一人声を発した時もそうだがやはり声が高い。この身体はまだ声変わりをしていないようだ。


 そんなことを考えながら声を掛けてきた少年達に視線をやる。その幼い顔はどれもきょとんとしていた。

 アーサーはその様子を見て顔をしかめる。返答を誤ったか、と。


「お前、そんな喋り方だっけ……?」


 確かに、アーサーの喋り方は子どものそれではなかった。実際はアーサーの中身が〝元若き王〟であるが故の口調なのだが、それを目の前の子ども達に言っても意味がなさそうである。

 だが、今更口調を変えても怪しまれるだけなので、このまま押し通すしかない。取り敢えず適当に相手しなければ。

 

「あ、ああ。最近読んだ本でこういう喋り方をする奴が居てな。かっこいいと思った故に真似ているのだ」


「はあ? そんなことよりよー、先生がお前を探してたぞ」


 突然話題が替わったと思ったら、新たな登場人物の入場であった。

 先生。学校の教員だろうか。このアーサーという少年は学校とやらに通っているのだろうか。


 それは恐らく違うだろう。そもそも平民にとっての学校とは、そこそこ裕福な家庭に生まれた子どもが行くものだ。

 しかしこのアーサーという少年の身形(みなり)を見る限り、それは無いだろう。

 つまり彼らが指す〝先生〟とは学校の教員ではない、別の存在と考えられる。


 他に考えられるのは師か。

 しかし、このアーサーという少年の身体からして武闘の師というのは考えにくい。痩せ気味なのだ、この身体は。肉を付ければマシになるのだろうが、今の時点では数分走っただけで倒れるだろう。

 やはり彼らの言う先生という存在はどういう立場の者か、分からない。


 一つ分かることと言えば、少年達の言う先生という存在はアーサーにとって敵ではないということだろうか。

 もし、その先生とやらが害を与える存在だとしたら、少年達の表情はもっと違っていただろう。

 

 ——この少年達、筋肉が少し付いているな。どうも引っ掛かる。


「そうか。少し身体が疲れていてな。連れて行ってもらえぬか?」


「ん? あー、いいぜ! なあ?」


 リーダー的少年は取り巻きの少年達に同意を求め、アーサーに肩を貸す。

 先程は立つことも儘ならない状態だったが、数分彼らと話したのが休息になったのか、なんとか立つことができた。


「行くぜ」


 リーダー的少年のその一言で、その野原から出て行き、道を進んでいく。



■◾︎■◾︎



 次回、第二話〝真実と金髪の少年〟

『鬼魔王』第三話

王都からの使者の三人が揃うようです。
◼︎◻︎◼︎◻︎◼︎◻︎◼︎◻︎◼︎◻︎◼︎◻︎◼︎◻︎◼︎◻︎◼︎◻︎◼︎◻︎ 


『鬼の魔王は平和好き』
第三話『告別』


「おーっとちょい待ち、何も言うな。誰か当ててやろう」

 俺は今ネルサのおっさんの家の前で立っている。
 ドアをノックしたのだが反応がこれだ。
 いつまで経っても遊び心を忘れない面白いおっさんだ。そういうところが仲間を惹きつけるのだろう。
 このおっさんなんで嫁さんと別れたんだろう。

「おーん、リオールか?」
「ご名答」
「ハッ! なんだ今日も朝飯か? とにかく入れよ」

 ドアを開け中に入る。
 自宅とそう変わらない木造の家。部屋が一つあるシンプルな家だ。
 香ばしい芋の匂いがする。俺の大好物の芋スープだろうか。

「そこで座ってろ。すぐに朝飯出してやる」
「ありがとうございます」

 席に座る。
 ネルサのおっさんにも随分と世話になった。
 ハインケルの両親が戻ってこなくなってから、面倒みてくれたのはネルサのおっさんだし、俺達に料理から掃除のし方まで教えてくれたのもネルサのおっさんだ。俺達が病気になれば、俺達を担いで医者のところに運んでくれるし。
 こんなおっさんになっても子どもみたいな遊び心を忘れない。楽しいおっさんだった。
 本当になんでこのおっさんバツイチなんだろうなあ……

「おら、朝飯だ。アラパイ芋のスープは野菜豊富で栄養がドカーンだ。朝は腹を温めるに限る」

 テーブルの上に香ばしい匂いをした芋のスープと黒パンが置かれる。
 地味に俺はこのスープが好きだ。
 因みに、ネルサのおっさんは料理を出す時、よくメニューの説明をする。何故、と聞いても「へっ、こういうのは形式があるんだよ」と笑って言ってくる。
 いつもの「それっぽいこと」ってヤツなのだろう。
 本当に精神が若いおっさんだ。

「ん、やっぱり美味しいですねえ。俺にはこの味出せませんよ」
「ハッ、何年も作ってるからな。お前にこの味を再現されたら、俺でも泣くぜ」

 そうして俺とおっさんは笑みを交わす。
 例のこと、言っちゃうかな。

「おっさん、」
「王都に行くんだろ?」

 言おうとしていたことを先に言われたので、「えっ?」と間抜けた声が出た。

「わーかってらァ。昨晩、なんか高そうな服を着た、おっぱいがでけぇ姉ちゃんに追い掛けられてたお前を、目撃した奴が居てなあ」
「そう、なんですか」

 目撃者なんて居たんだ……

「俺の情報筋によると、王都の奴らしいからな。市場で噂になってたぞ?」
「あ、そうなんですか。というか行商人ですよねその情報筋って」
「へっ、かっこつけさせろや」

 さすがおっさんだ。もう知られているとは。
 少し緊張したのが無駄だったようだ。

「はい。その噂は事実で今日のお昼に出かけることになりました」
「そう、か。んじゃああの家はどうすんだよ?」

 あの家とは、ハインケル達の家のことなんだろう。

「おっさん辺りが面倒見てくれると嬉しいんですがね。ハインケルが帰ってきたらハインケルに譲ってあげてください」
「へっ、いつもいつも面倒なこと押し付けやがって。あァかったよ。畏まりだ」

 本当に毎回お世話になってます……。
 使命を終えたらなんか恩返ししてやりたいな。新しい嫁さん紹介するとか。
 ああ、あとアレも言わなきゃな。

「あと、呉々も、十八歳、成人になるまでハインケルを町の外に出さない様に。ハインケルに何かあったら、母様や父様に顔向け出来ないので」
「ハッ、たりめぇだ。あいつらは俺のダチでもあるからな」

 確かに。
 俺が子どもの頃から仲が良かった。
 父さんと一緒に仕事行ったり、一緒に酒飲んだり。
 母さんに料理を教えたのもネルサのおっさんだったらしいしな。

「本当に。お世話になりました。勇者の使命を果たした後、恩返しでもしますよ」
「ハッ。足りめェだ。だからって新しい嫁を紹介するとかやめろよ?」

 「たけえ家とかでいいぞ」と付け足すネルサのおっさん。
 何あげるかその内考えておかないとな。新しい嫁さんいらないみたいだし。

「ああ、そうだ、リオールや」
「……? なんでしょう?」

 おっさんは頭をかいて何を言おうか迷ってる様子だ。
 なんだ?

「早く、この世界を平和にしやがれよ。俺が生きてるうちに」
「ハハッ。またらしくないこと言い出しますね。チャチャっとやってきてパパッと平和にしてきますよ」
「おう……おう!」

 おっさんは手を前に出してきた。
 俺はその手をしっかりと握り握手する。
 暫しの別れだ。

「では、行ってきます」
「おう。達者でな」

 俺はおっさんに見送られながら、道を歩いた。


"""


「さて」

 俺は現在、『パラライの森』の中を歩いている。
 生い茂る木の臭い。程良く柔らかい地面。陰に隠れてこちらを見る動物。影に潜み餌になりそうな俺の力量を見極め、諦める魔物。

 時間的にまだ二時間くらい余っている。
 他にやることもないし、そのまま荷物纏めて使者組と合流しても良いんだが、俺はふと会いたいと思った奴と会う為に森へ来ていた。

「止まれ」

 凛とした女性の声が耳を擽る。
 一瞬、どこから声を掛けられたか分からなかった。
 肩に白く美しい女性の手が乗せられていた。
 それを見て俺は瞬時に悟った。俺に気配を気付かれず、俺の背中をとった者。恐らく──

「私は国王様からの命令でお前を見張っていた者だ」
「随分と気配を消すのが上手いんですね。三人目の使者さん──いや、密偵さんの方があってるかな?」

 俺は体ごと後ろに振り向いた。
 そこには先の使者達とは違った、動きやすそうな森林迷彩色の服を着た、細く綺麗な女性が姿勢良く立っていた。
 俺の目と殆ど同じ高さにある瞳は血にように赤い。

 使者──密偵さんはその形のいい唇を動かし、凛とした美しい声を発する。

「逃げ出そうというなら、気絶させて連れ戻すが。お前の様子からしてお目当ては私のようだな」
「ええ。ちょっと、聞きたいことがありましてね」
「なんだ」

 密偵さんは眉を顰め、右足でトントンと鳴らし始める。
 この人、なんか不機嫌だな。物凄く綺麗だからその姿も様になっているが。

「陛下の命令で俺……『勇者』を回収する様貴方がたは命令された様ですが、」
「ああ、そうだけども? それがなにか」
「陛下の目的はなんでしょう」

 密偵さんの眉間の皺が更に深まる。不機嫌オーラが凄い。
 心なしか密偵さんの周りが暗くなって、より一層威圧感が増している。

「それは、私から言うことではない。あの魔乳おん──ジャム・ヘレンテイルから聞け」

 ちょっ、今魔乳女って言おうとしませんでした?
 密偵さんはスリムでまた違った魅力があると思うんだが。気にしてるのかな?

「そうですか。俺の名前はリオール・アルデバ──」
「知っている。私は、レイダだ。レイダと呼べ」
「レイダさんですね。王都まで、宜しくお願いします」

 俺は頭をさげる。
 ハインケルの母さんに言われたのだ。挨拶は大事だ、と。
 トゥタさんと合流したら改めて挨拶してこないとな。

 と、返事が来ないので様子を伺おうと、前を向いた。

「って」

 レイダさんは美しい黒髪の尻尾を左右に揺らしながら歩いていた。無愛想な密偵さんだ。
 と、気付けば姿を消している。凄いな、音もしなかったぞ。

 俺はその後、ここらで生える薬草などを摘んで、荷物を取りに家へ戻り、昼飯に美味しくないグリウルの肉を頬張った。

 俺が持って行く荷物は以下の通りだ。

 ・木刀三本。これは修練用だ。
 ・片刃鉄剣五本。戦闘用。
 ・着替え四着。
 ・さっき積んだ薬草の類。これは非常用。
 ・保存食。最低二週間は持つ。
 ・煙玉二個。一応。
 ・最後に、『勇器』アルデ=バルデ。これはいざという時の武器だ。これを使えばトゥタさんにも勝てる自信はある。

 『勇器』は腕輪の形状にして左手首に、鉄剣一本は左の腰に刺し、残りは安いリュックに詰める。
 確認が終わったところで重いリュックを背負い、家を出る。

 すると、外には密偵──レイダさんが居た。

「行くぞ」

 先を行くレイダさんの後ろに続き、俺達は使者達が待つ西門に向かう。

 天辺に登った太陽が照らす。今日は暑いな。


"""


「来たようだな」
「遅いですね」

 向かってくる俺に気付いた二人の使者はそう呟いた。

「時間通りだと思いますが」
「約束時間前に来てスムーズに行くのが常識です。これだから田舎者は……」

 使者ちゃん──ジャムたんが腕を組み、その夢の塊を揺らす。
 なるほど。魔乳とはよく言ったものである。
 あとなんか後ろのレイダさんが不機嫌そうに足を鳴らしている。

「あの。改めて挨拶がしたいなと。一応皆さんの名前は知っておりますが、礼儀ということで」
「分かってるじゃないですか」

 最低限の礼儀だからね。田舎者田舎者言われるのも、まあ間違ってないけど嫌なんだよ。馬鹿にされるの。

「俺は、リオール・アルデバランです。神託で選ばれ、その、『勇者』をやっております」
「私はレイダだ。レイダ・クリソストモ。クリソストモ子爵家の次女だ」

 そうか。やっぱり貴族関係の方達だったか。まあ当たり前か。

「もうっ!私が先に言うつもりだったのに!」
「ふんっ」
「……俺は、トゥタ・レベアルソン。レベアルソン伯爵家の次期当主だ」

 おお。流石トゥタさんだ。

「もお! トゥタだんまで! 結局私が最後になったじゃないですか!」
「ハハ……まあまあ」

 ジャムたんの扱いが意外と面白いなあ。

「私は、ジャム・ヘレンテイルよ。ヘレンテイル侯爵家の長女よ。一応、この任務の責任者をやっているわ」
「そうなんですか。宜しくお願いします」
「ふんっ」

 強調された大きな御胸が揺れる。

「チッ」

 露骨にレイダさんが舌打ちをした。不機嫌な密偵さんだ。

「では出発するぞ」

 トゥタさんが早口にそう告げ、歩み出したので、それに続き街を出る。

「私が今回の責任者なのに! 置いてかないでください!」

 弄られてるなあ。ジャムたん。
 躓いて、その御胸俺の背中に押し付ける、なんてハプニングも無く俺達は街道を歩いた。王都に向かって。


"""


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弄られて涙目のジャムたんであったー。

『鬼魔王』第二話

ヒロイン枠は使者ちゃんなのかもしれない。
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『鬼の魔王は平和好き』
第二話『非常』


 現在、俺は森を全力疾走していた。昼に行った『パラライの森』の中をだ。
 自己鍛錬は涼しい朝の森で行う。朝方だと程良く涼しいからだ。
 夜でも良いんだが、魔物や動物が活発化してめんどくさい。

 涼しい向い風が俺の汗を冷やす。
 いや違うな。俺の汗は風で冷える前から冷えてる。冷や汗というヤツだ。
 というか今は深夜だ。涼しいには違いないが、少し肌寒いか。
 魔物と動物の気配を避けながら走っていたので、現在俺が森のどこら辺に居るのか見当たりがつかない。

「お待ちください!! 私から逃げ切れるとお思いなのですか!?」
「逃げ切ってみせます!」

 もう一時間程、王都からの使者に追いかけられてる。
 あの後、俺は一度使者ちゃん御一行を部屋に入れて、そのまま部屋を出て逃げた。
 そしたら使者ちゃんが凄い勢いで走ってきたので、俺も全力疾走で森へと逃げたのだ。

 使者ちゃんは誤差程度だけども俺より足が遅い。だが、この俺の本気の走り込みについてきて、しかもまだ息切れしてないとこを見るにどうやら体力に自信があるタイプらしいことが分かる。
 いやそれは良い。俺もまだ一時間程走れる。

 注目すべきは何と言っても使者ちゃんの御胸だ。
 なんなんだあれ。尋常じゃない揺れ方してる。柔らかそうだなあ……
 そんな肌触り良さそうな黒髪の尻尾とそのでっかい御胸を揺らす美女に追いかけられてるが、割と笑えない領域の話になっている。
 ネルサのおっさんの談ではあるが、俺は超人並に強いと聞く。勇者になる前はそうじゃなかったが。
 問題はそんな『勇者』レベルの俺に追いついてきてるのだ。
 何者なんだよあの使者ちゃん。

「私はッ! 私は王都で最も持久走に優れてるんですからね!! 何れ『勇者』である貴方でさえも息切れして私に追い付かれるんです!」
「知ったこっちゃないです!」

 よく分からんが持久の超人らしい。そういう能力なのかもしれん。
 ならここは全身全霊全力全開で加速して撒くしかないのかもしれない。それで撒く自信がある。だが今は出来ない。
 何故なら全身全霊全力全開で走る時は一直線じゃないと最速が出ない。
 こんな木の多い森で一直線に走ったらどうなるかくらい、陽を見るより明らかと言えよう。
 それ以外にも全身全霊全力全開で走れない理由はある。
 昨日雨が降ったせいか、まだ土がぬかるんでいるんだ。
 そんな状態で全身全霊全力全開で走ったら、足が持って行かれ転んでしまう。それくらいのこと魔物でも分かると言えよう。

 要するに森を抜けるまで現状保持するか。それか脚を止めて諦めて王都に向かおうか。
 考えて見れば王都に行ったところで何か問題はあるんだろうか。
 そうだな。まずは一旦止まって話を聞こう。なに、お互い人間だ。話し合ってお互いの主張を認め合おう。もしかしたらこの使者ちゃんと仲良くなるかも知れない。そうしてどんどん仲良くなるのだ。食事に誘ったり、一緒にお茶したり、一緒に食事したり、一緒に昼寝したり。そうして関係を築き……
 と、違う違う。使者ちゃんは王都からの使者と言っていた。関係を築くのは不可能だ。うん。
 とにかく、話して理由がダメだった場合は木刀で気絶させて逃げよう。うんそうしよう。今決めた。

 そう考え、脚を止める。
 いきなり俺が止まって戸惑ったのか、勢いを殺し切れず、勢い余って使者ちゃんは俺の背中にぶつかってきた。

「!!!!!!!」

 あ。これは。やばい。

 背中には使者ちゃんの豊満な胸が強く押し付けられた。一瞬だ。
 大きい。柔らかい。やばい。
 幸せな気分だ。やばい。
 この気分にあえて名前を付けるとしたら、それは『至高』。やばい。
 ほんの一秒にも満たない、ほんの一瞬、ほんの刹那。そんな短い時間の現象で人はここまで幸せな気分になれるのか。マジやばい。背中にこう、むにゅっとした感触を受けただけで、何が起こったか。どんな奇跡が起こったか。それを瞬間的に感じ、理解した。そう 、どんな達人だろうとここまでの反射神経を発揮することは無いだろう。俺が『勇者』だからそれを可能にした?馬鹿馬鹿しい。これは本能が成した『奇跡』だ。男の性とも言える本能を刺激し、起きた奇跡。そう、そんな奇跡が起こった上で迎えるのが『至高』であり──

「んゥ?」

 気付けば背中に何かを乗せられ、地面とキスをしていた。
 多分背中に足を乗せられてる。立てない。

「王都に行く気になったみたいで何よりです。出発は明日の朝にします。ではお休みください」

 そして背中から力が流れてくるのを感じ、最後に使者ちゃんの絶対領域を目に収めようとして俺は意識を手放した。


"""


 起床。
 ベッドから寝起き特有の重い体を起こし、窓から外を眺める。
 早朝の様だ。
 くすんだ青色の西の空には他の色は存在していない。東の空には朝を告げる光が顔を出し始めている。
 今日はいい天気になるんだろう。そんな日には腹一杯食って、木の陰で寝るのが幸せなのだ。
 朝食は昨日近所の人に貰った芋でスープ作って、グリウル狩りでもしてネルサのおっさんにお昼をご馳走にしてもらうかな。そうしよう。

「うおっ!」

 朝食の用意をしようと思ったら、テーブルの上で黒く動きやすそうな服をした、白髪の偉丈夫が瞑想をしていた。
 誰だ。どっかで見たことあるような気がする。
 とりあえず顔面を蹴ってみようか。全力で。
 無断で侵入した奴が悪い。泥棒を許せる程裕福でもないのでね。

「はァッ!!」

 偉丈夫の顔面を思いっきり蹴る。
 強い衝撃を偉丈夫の顔面にぶつけ、鈍い打撃音と共に後方へとぶっ──飛ばない。

「!?」

 俺の蹴りは偉丈夫の額に当たったところで止まっていた。
 全力で蹴ったはずなのに。どんだけ丈夫なんだ。
 そして何故か金縛りにあったかの様に動けない。なんだこれ。なんだこれ。

「起きたか『勇者』」

 黒い偉丈夫は低い声で早口にそう呟いた。
 その瞬間、俺の体を縛っていた金縛りが解けた。
 脚を下げる。

「支度しろ。王都へと向かう」
「行きません。王都に行くつもりは、ないのでっ!」

 俺はそう口にしながら右の拳で偉丈夫の鳩尾に渾身の正拳突きをお見舞いする。
 が、片手で俺の拳をおもむろに掴んで止められた。一切の衝撃も無かったかの様に。
 またか。

「そうか。ならば力尽くだ」

 黒い偉丈夫は掴んだ拳を自分の後ろへ時計回りにぶん投げた。
 勿論俺の拳をぶん投げることは腕を通じて俺の体全体がぶっ飛ぶことになる。迫る壁に受け身を取り、すぐに立ち上がる。

 そして視線を慌てて偉丈夫に向けた時には、偉丈夫の俺の顔とそう変わらない大きさの拳が迫ってきていた。速い。
 左腕でなんとか受け流す。
 偉丈夫の拳に込めた勢いが時計回りに流れる。
 偉丈夫はその勢いを利用し、左の回し蹴りを放ってきた。威力がヤバそうだが、対処が限られる。
 咄嗟に両腕で受けるも勢いを殺しきれずにぶっ飛ぶ。
 身体が金縛りに掛かったのか動かない。しまった! 奴の術か!
 俺は回し蹴りを受けた姿勢のまま、受け身も取れずに角の壁へと吸い込まれる。
 背中に強い衝撃を受けると共に金縛りが解ける。

「かはッ!」

 すぐに床へと手を乗せ体勢を直し、立とうとする。
 だが、

「続きは王都でだ」

 顔を鷲掴みされ、例の金縛りの術を掛けられた。
 金縛りから抜け出す方法に心当たりがあるが、ここでは俺の家──ハインケル達が住んでた家が壊れてしまう。
 もどかしさに心の中で舌打ちをし、視線だけ偉丈夫に向け、睨む。

「俺の名前はトゥタ。トゥタ・レベアルソン。王の命令により王都から来た使者の一人だ」

 黒い偉丈夫は俺に向かって低い声で早口にそう呟いた。

 使者ちゃんとこの使者さんでしたか……

 俺はそうして少し苦しい二度寝に沈むのであった。


"""

「勇者。起きろ」

 声を掛けられ、意識を覚醒させられる。
 子どもの頃から他人に起こされるというのは嫌いだった。何故なら身体を休ませるという「行動」を邪魔されるということだからである。
 俺は誰かに自分の「行動」を邪魔させられるのが嫌いだ。

「ああ、そういえば二度寝してたんでしたか」
「そうだ。王都に帰る為に食料を揃える。お前は自分の荷物を支度しておけ」

 そう言って偉丈夫──トゥタはその肩からから俺を降ろした。
 周りを見る。
 朝だというのに集まる人の群れ、生肉や生魚の生々しい臭い。
 どうやら家からそう離れてないところにある「アラパイ」の露天市場に来ていた様だ。
 そしていつの間にか金縛りは解けていて動ける状態になっている。つまり、今の俺は自由だ。逃げ出すことも出来る。それを承知の上でのことなのか。
 そんな俺の思考を察したのか、トゥタは言う。

「王都からの使者は俺と昨晩お前を追いかけ回したジャム、そしてあともう一人居る。最後の一人がお前を常に見張っている。だからお前が逃げようが問題ない」

 偉丈夫は相変わらずの低い声で早口にそう言った。
 使者ちゃんジャムって名前なんだな。ついでに誕生日や好きな男性のタイプとか好物と嫌いな物とか教えてくれないかな。
 それはいいとして俺を見張っている奴が居るって言ったか。
 昨晩ジャムちゃんが俺の家に出向いた時点から俺を見張っているっていうなら、かなりの隠密性と言える。
 自分で言うのもアレだが、こう見えても俺は気配に敏感だ。常時俺を見張っているのに俺がその気配を感知出来ていないとは。
 そういう能力だったとしても、かなりできるということが分かる。何故なら隠密性が高いということは、奇襲を成功させる可能性が高いということだからだ。
 いや、ブラフという可能性もある。あると言ってもその可能性は低いと思う。
 俺が国王だったら勇者を回収させる人員は先の二人と万が一勇者が逃げた時のために高い隠密性と高い追跡力を持つ者を送るだろう。
 ならば素直に命令を聞けばいいか。

「支度を終えたら西の門に来い。昼までに来ない様ならこちらから出向く」

 つまり昼までは自由行動か。案外優しいな。
 俺は家に向かった。

 それにしてもトゥタは露天市場で何をやっていたんだろうか。食糧調達だろうか。
 ここから王都へは確か五日間だ。馬車なら二日半だと聞く。
 三人分……いや、四人分の食糧か。
 ならば俺を担ぎながらじゃなくてもいいはずだ。
 本当に何をしていた、何をしようとしてたのだろうかね。

 そうこう考えている内に家に付いた。
 俺に物心がつく頃にはこの家でハインケルの両親と産まれて間も無いハインケルと一緒に暮らしていた。
 ハインケルの両親曰く、俺の実の両親はもう「居ない」らしい。
 そしてハインケルの両親は俺の実の母の妹、要するに俺の叔母の家族だ。
 そんな家族が住んでいたこの家も、今日で主を無くす。
 管理はネルサのおっさんがなんとかしてくれるだろう。

 俺は家に入った。

「んゥーっ、今日からここともお別れですか」

 なんだかんだで王都に行くことになってしまったが、どうせ四ヶ月後にはこの町を出なければならない。今か、後かという程度の差だ。
 四ヶ月後までこの町に居なきゃいけない理由はない。時期になるまで王都で修行でもすればいいのだ。
 ……そういえばあの魔族嫌いの国王に呼ばれて王都に行くことになったんだっけか。
  すぐに戦争へ駆り出されることもあるかもしれないということか……
 王都までの道中だけでもトゥタに相手してもらうか。
 ネルサのおっさんも言っていた。「坊主は確かに強いと思うが、経験は積んでおくべきだ」と。
 先のトゥタとのちょっとした戦闘で分かった。俺には経験が少ないと。
 トゥタが俺より強かったら国王がとっくに戦闘へ駆り出しているだろう。勇者である俺より強いのだから。国王はそういう奴だったはず。
 俺とトゥタの差は経験だ。四ヶ月後までに経験を積まないとな。

「そういえば朝食まだでしたね」

 窓の外を見ると東の空には黄色い太陽が輝いている。
 一、二時間程二度寝していたってところか。
 腹が減った。空腹だ。
 折角だしネルサのおっさんのとこで食うかな。王都を出ることになったことも言わなければいけないし。

 俺は纏めた荷物をベッドの上に乗せて、外へ出た。
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どうでもいいけど、相手が知り合いでも他人でもラッキースケベな異性と身体的な接触があったりするとなんか気まずいですよね。
俺の場合は「よっっっっっっしゃ!」という感情と「うわあ……申し訳ないです……」という感情とで複雑な気分になります。
謝ったら謝ったでなんか気まずいですしね。