影の呟き

影さんの小説を主に飾るブログです。

『零影小説合作』第十二話〝理想の道程〟

 お久しぶりです。影さんです。
 三日間フィリピンの首都、マニラにて通訳案内士として派遣されてました。

 KADOKAWAとはてなの新しい小説投稿サイトに向けて、ちょっとした物語を書こうと思ってます。
 新しい小説投稿サイトで「白紙マニュアル」という名前を見かけたら、それは恐らく私なのでどうか温かい目で見守ってください。

 そして、更新再開です。

□◽︎□◽︎



「……」

「……」

 アーサーとエノはお互いそっぽを向いて頬を赤に染めらせ、一向に会話をしようとはしない。

 今は宿屋から一旦離れ、街に出た。

 明日の出発の為に様々な物を調達しなければならない。

 さほど大きな街ではないが、首都を練り歩く商人や旅人はかならずと言ってよいほどに立ち寄る場所であり、賑わいを見せている。

 その人々が折り重なる群衆の中で、一際大きな熱が二人の間を支配していた。

 理由は、朝の目覚めの頃にあった。

 朝、いつもの様に起床した。

 やはり、二年間過ごしてきたあのクレム先生の家のベッドが恋しいのか、アーサーはあまり良い睡眠はできなかった。

 瞼にかなりの重量がある鉛を乗せているかのように、ゆっくりと混濁する視界を広げる。

 そして目の前に現れたのは、ピンク色の水々しい唇、そして可愛いらしい寝息を立て、こちらを拐かすように伸びた睫毛。

 二人向き合う状態で、エノがアーサーの隣に横たわっていた。

 ベッドから落ちたのか、それとも夜中に他律するようにアーサーの所まで来たのか。

 寝起きの為に回らない思考だったが、エノも丁度同時に目を覚まし、お互いに見つめ合い彼我を確認した。

 現状を把握すると、火花を立てるかのように思考が猛スピードで回転し、混乱する。

「エ、エノ! お前! おお、お前こんな所で何を!」

「きゃあああああああああああ!!!」

 それと同時に、前後を忘れたエノのビンタがアーサーの顔面を強襲した。

 冷静さを失うほどに柔らかく、自らを癒してくれた手が、凶器に変わる瞬間であった。

 その後も一切と会話することなく、転々と時間が経ち今の状況に至る。

 流石にそろそろ喋らないとまずいと察したアーサーは、意を決してエノに話しかける。

「エ、エノよ」

「ど、どうしたの?」

 二人とも動揺しており、若干震え声だ。

 先ほどのことがまだ思春期の子供に起こりうる訳だ。

 必然的にこうなるのが当たり前であろう。

「そ、そろそろ顔を合わせないか、他人の振りをしていては少し……あれだ」

「そ、そうだね。そろそろちゃんと前向いて歩かなきゃ」

 寡黙が入り浸っていた二人の空間に、ようやく落ち着きと平常心が戻った。

 だが、まだ若干激しい鼓動は続いているので完全に、とはいかないようだ。

 歩みを進めているうちに、アーサーはだんだんと周囲から色めがねで見られるような感覚になる。

 金髪の少年など余程に希少なものなのか、人身売買をする商人などが、獲物を狙う狼のような炯眼でこちらを見てくる。

 ——愚かな者たちだ。

 心で静かに呟いてひたすら前進していると、街の中央で一際大きな集団が取り囲むようにして、群がっていた。
 事柄は何となくだが察することができる。

 どうせ、くだらない男たちのもめ事だろう。

 だが、今この街で一番に目立っていると思える自分達が、そんなことに突っ掛かろうとすれば余計に目立つのは明確だ。

「エノ、離れるなよ。こういうのは大体何かの厄介ごとだ」

「う、うん。分かった」

 ——ここは直ぐ様に無視して立ち去るのが端的だ。

 そう思ってその場を通り過ぎようと、集団の外側をトボトボと早歩きで進む。

 すると、丁度小さな人々の裂け目から火付け役の姿が確認できた。

 人がひしめきあっていってよく分からないが、ゴツい顔をした二人の大男に、まだアーサーよりか2歳ほど年下の黒髪の女の子が絡まれている。

「おい、嬢ちゃん? お前この俺に歯向かってそのピンピンした体でお家まで帰れると思ってるのか?」

「そうだぜぇ? 俺らがちょーっと騎士をバカにしたぐらいでぇ、そこまで憤激しなくたっていいだろぉ?」

「うるさい! お前らは騎士をバカにした! それは私の父を屈辱したと言っても変わらない! 今直ぐさっきの言葉を訂正して!」

 凄絶な威圧を放つ二人の男を目の前にしても、一歩も退かず、凛乎として立ち続け、訂正を求め続ける幼い彼女は、まるで本物の騎士のようだ。

「そんな怒んなよ〜、今のうちなら許してやるぜぇ?」

「うるさい! お前らみたいな不細工なお人形みたいな顔してるやつなんか大嫌いだ!」

 等々、少女は激越した感情に身を任せて罵倒してしまい、大男の怒りをかってしまう。

「言ってくれるじゃねぇか! このクソガキィィ!!」

 頭にきたその一人が、等々拳を振り上げた。

 振り上げる瞬間に見えた、強圧的な印象を与える筋肉。

 そして、太陽さえも遮るほどの巨体。

 あれをまだ、あんな小さな子に振り下ろせば大怪我は免れないだろう。

 骨折、いやそれどころでは到底すまされない。

 だが、小さき騎士は岩のように固まり動かなかった。

 不屈であり孤高だが、やはり子供であった彼女には辛すぎるものがある。

 やはり耐えきることができなかったのか、彼女に恐怖と後悔が一気に襲いかかった。

 表情を歪めて、目を瞑った瞬間、風を纏うようとにして大男の拳が振り下ろされた。

「俺らに逆らわなければ! 痛い目みずに済んだのになぁ!!」

 バァン! と激しく強い衝撃波と音が鳴り響いた。

 あまりの強さからか、煙が巻き上げられ周囲の人々の視界を容赦なく遮断した。

 これはただでは済まないだろう。

 そう思い、集まっていた人々が帰り支度を始めたりその場を後にしようとする。

 二人の男も爽快感溢れる笑顔を、くっきりと露わにした。

 だが、一筋の声が、周りの人々をまた振り返りさせ、笑顔を浮かべていた男も目を皿にした。

「騎士の十戒……社会的、経済的弱者への敬意と慈愛を持ち、彼らと共に生き、彼らを手助けし、擁護する……」

 そこには拳を受け止め、座り込んでしまった小さな少女を助けるアーサーの姿があった。

「なんだァ!? テメェは!」

 そう言って、すぐ様に拳をアーサーから離す。

 帰ろうとした人々が、また広場に集約し始めた。

「そうだな、私はまだ騎士にはなっていない騎士だ」

「はぁ? お前何言ってんだ?」

 流石の大男達も首を傾げた。

 外見はただの子供だが、貴族のような金髪そして見るからに鍛え上げられた筋肉。

 どう見てもただものとは言えない。

「ほぉ? 金髪の坊主か。何処の貴族だぁ? それにしてはボロっちい服なんか着こなしてるようだが」

 一人の大男がアーサーの外見を罵り始めた。

 しかし、一切それには屈せずただ睨みつけた。

 見る限り双璧で対等な実力を持つ二人。

 周りも異様な雰囲気を漂わせている。

「というか、まだテメェみたいな子どもが騎士を名乗るとはなぁ」

 それを言った大男は苦笑する。

「人を殺して正義ぶって、神様とかいう空想の存在を崇めて、王様に扇仰いでる連中の何処がいいんだ……」

 そう言いかけた大男の胸に、強力なアッパーパンチが唐突に捻じ込まれた。

 まるで難攻不落の防壁が、大砲によって破壊されたかの様な凄まじい音が反響した。

 風圧を今にも引き起こしそうな強さに、周りの人間も、もう一人の大男も驚愕を隠しきれなかった。

 白目を向き、凄絶な威力のせいで涎や舌を出し、腐乱するように大男はガクッと崩れ落ちてゆく。

「て、テメェぇぇ!!」

 そう言ってもう一人も不乱に拳を固め、アーサーに向かって行く。

 そして、ただ夢中に殴り続けた。

 何度も、何度も振っているのに一度も当たる感触がない。

 アーサーは拳がどのタイミングで動くか、どんな動きをしてくるのかを見切っていた。

 いや、大体武術の何も知らないでただ力任せに殴打を繰り返す輩の攻撃など、見切るなど造作もない、そして動きは全て一定だ。

 所詮、素人はこんなものかとアーサーは興ざめした顔で、目を細めひたすらに拳を突き出す大男に視線を向ける。

「どうも、騎士道精神が人一倍強い私は放漫なのだ。許せ」

 そう言うと、アーサーは右頬に擦れる距離で拳を受け流すと、男の手首を片手で握り、態勢を崩し地面に叩きつけるように投げた。

「ぐあっ!!」

 あまりにも強い衝撃だったのか、男は背中に手をつけながら悶絶し、しばらく行動ができないように身体に鎖をかけた。

「あ、ありがとう。お兄さん」

 その言葉に、アーサーは心は解かれるようにして、その少女の頬に手を当てた。

「小さき勇者よ。私は君のような誠実があり、どんなに強大な相手でも屈しない勇気に感服した。騎士になるのならば、その心構えを捨てなければ立派な騎士になれるであろう」

 そして、頬から手を離すと少女の頭を二、三回撫でてこの場から直ぐさま立ち去るようにと命じた。

 少女は無言で頷くと、いかにも子どもらしい早い足取りでその場を後にした。

「さて、厄介なことになったものだ」

 ここで、一つのミスをアーサーはおかした。

 非常に目立つ行為をしてしまったことだ。

 そう、明日まで無事に入られる保証はなくなってしまった。




「はあ……アーサーって、時々何しだすのか分からないから困るよね」

「ああ、すまなかったよ」

 先ほどの騒ぎから逃げるように去った二人は、現在走って十分程のところにある食堂で昼飯を食べ終え、食後の余韻に浸っているところであった。
 因みにたこ殴りにされ、股間を香ばしい臭いで汚した悪漢共は放置されていた。その内騒ぎを見ていた誰かが衛兵に突き出してくれるとアーサーは考える。

 それにしても、とアーサーは顎に指を当てる。
 先ほどの悪党二人の反応からして、やはり金髪は貴族と思われるようである。
 アーサーという少年の身体になって二年は経つが、アーサーの中である〝元若き王〟は未だに身体の元の持ち主の正体を知らずに居る。
 金髪の少年が騒ぎを起こしたら更に目立つと思われる。先の騒ぎでも側から見れば幼い正義感を振り翳す、愚かな貴族の子供だっただろう。
 そんな子どもにやられた悪人二人は可哀想だとも言えた。同情はできないし、自業自得とも言えたが。
 やられた二人の悪者は兎も角、これから目立つ行動は謹んだ方が良いとも言える。

「アーサーの金髪は綺麗だから目立つもんね」

 アーサーは自分の髪に触れるエノの言葉を頷いて同意する。
 余り目立つことはできない。特に隠れて行動する理由があるわけでもないが、逆に目立っても行動が取りづらいのである。

「さて、他に買い残したものはあったか?」

「うーん。あ、そういえば髪留めが欲しいんだった」

「帰り道で買おう」

 今日は明日の出発に向けて買物をするという目的があった。決して目立つ為でも、エノと二人の時間を過ごす為でもない。少なくとも後者は嫌でも過ごすことになる。
 旅路で必要となる費用はクレム先生から貰っていた。
 なんとあのなんちゃって貴族は金貨数十枚を隠し持っていた。膨大な臍繰り金である。
 貰った路用は金貨五枚。中級平民の一般家庭の約半年分だと習った量だ。
 御蔭様で一番最初に行った店からは露骨に嫌な顔をされた。

「これお代です」

「毎度」

 アーサーは女将に銅貨二枚を出してから、エノを連れ食堂を出る。
 因みに、銅貨二十枚で銀貨一枚分であり、銀貨二十枚で金貨一枚分だ。

 日は天辺に来ており、暑い光が建物を照らす。影はしかし陽が最も高い部分にあるが故に、染める範囲が少ない。
 通りを歩く人の数は少ないのは昼飯時だからであることが窺える。

「そういえばさっきの黒髪の女の子、なんだったんだろうね」

 日光に目を細めていたアーサーにエノは疑問を飛ばす。
 黒髪の少女……先ほどの勇ましい少女のことだ。
 彼女の言動から、彼女はどういった立場の者かを予想するのはそう難しくはない。

「騎士の父親を持っている少女……下級貴族の娘か、辺境領の貴族の娘か」

 口にしてアーサーは一つ気付く。
 黒髪なのだ。貴族において黒髪とは強い意味を持つ。
 強い意味、と言っても悪い方の意味である。
 本来、貴族にはアーサーの様な金髪やクレム先生の様な茶髪が多く、黒髪は平民に多い。黒髪とは貴族においてタブー視されている。
 恐らく妾の子であるのだろう。
 ならば辺境領の男爵以上の爵位を持つ家であるということも考えられる。

「まあ、我が強そうな女子だったが、明日にはここを出る。もう会うことは無いだろう」

「元気だったらいいね」

「そうだな」

 そんな会話で黒髪の少女を意識の外へ追い出し、街の外側まで向かう。
 進むアーサーの背中には大きな鞄が入っており、一歩進む度にガチャガチャと音を鳴らしていた。
 口からは剣の柄と思われるものが顔を出している。

「一度帰って、訓練するか。試し斬りなどもしたいしな」

「そうだね……って、髪留めは?」

「ああ、忘れていた」

 そんな呑気な会話をして歩く二人は、彼らを密かに見守る視線には気付いていなかった。


 一度宿屋に戻った後、街の郊外にあるかなりの範囲が黄色く乾いた砂で覆われている広場に二人は来ていた。

 ここに来た目的は主に訓練と買った武器の試し斬りだ。

 鍛錬ではなく、訓練である。
 身体はもう出来上がっていると、一年前クレム先生に太鼓判を捺したのだ。後はこの肉体を保持しながら、技術を磨いていくのみである。故に訓練である。

 そして、買った武器とは主に鋼の剣と小弓である。二つともそこそこ値の張るものを複数買っておいたものだ。全部で金貨一枚と、結構したものである。

 現在、訓練を一通り終えたアーサーは使う武器の試し斬りの準備に入っていた。
 あの二年間でアーサーは元々覚えていた剣術の他に、弓術と槍術を使えるようになっていた。槍術は騎乗しながらでもできるよう、仕込まれている。
 生憎槍は首都ではないと購入できないので、槍はない。

 アーサーは己の胴体と同じ大きさの弓を構え矢を番えながら、木に巻かれた簡素なマトの中央を睨む。武器屋からただで譲り受けたものだ。

 因みにエノは宿屋までの道のりで買った髪留めで、髪を右と左で縛り出来た二つの尾を揺らしながら、アーサーの背中を満足気な顔で木にもたれて眺めていた。

 一滴の汗がアーサーの顔の輪郭をなぞり、顎に達したところで落ちる。

 その瞬間、アーサーは弦を解放し、矢を射る。
 トンという音の後に細長い物体が振動する音がし、木に命中したということを知らせる。

 矢はマトに刺さってはいたが赤色に染まった中心部ではなく、少し右側の白い部分だ。
 十中八九、マトの最も中心である黒点の部分を射ることができるアーサーは、しかしその結果に不満そうではなかった。

「ふむ、悪くないな。少し調整すれば大丈夫だろう」

 再び矢を番え、集中。そして射る。

 その一連の動作を一分間で行った結果は、

「おお、流石アーサー!」

「ふっ」

 見事に最も中心の部分である黒点に、矢は刺さっていた。
 エノはその結果を称賛し、アーサーは鼻を鳴らすことで格好つける。

 その後八回矢を放ち、その弓の精度と射程を測った。
 結果、分かったのは精度は上々、射程は七m先まで安定して射ることができるということである。つまり上質だ。値が張っただけはある。

 次に試すのは片手用の両刃剣だ。
 元々、クレム先生からは両手用の両刃剣を与えられていたが、同じ剣ばかり使えば刃毀れしたり錆びたりしてすぐに使えなくなるだけである。
 なので二本、片手剣を買ったのだ。
 斬るものは小弓の試し撃ちの過程で狩った兎だ。村で食べていた兎より数段小さく、食用ではない兎の頭には矢が刺さっており血を流していた。

 アーサーは兎を左手で持ち、右手で剣の柄を握り、姿勢を低くすることで即座に構えが取れるようにしていた。
 数秒後、左手の兎を上へ投げ素早く右手へと添え、一瞬で必殺の構えを取る。
 果たして兎は重力に従い、アーサーの目の前まで落ちる。
 それを見た瞬間、アーサーは瞬発的に腕の筋肉を動かし、研ぎ澄まれた剣筋は音さえも置き去りにしながら銀色の糸を伸ばして行く。

 やがて兎は地面に落ち、その音が止まっていたとも錯覚できる世界に色を与える。
 兎は腹の部分を真一文字に斬られ、赤い内容物を撒き散らしながら本来落ちるべき場所のまま、地に転がっていた。
 生前の技術とこの二年間を合わせて、初めて出来る芸当である。
 アーサーは振り終えた姿勢のまま、目線を二つに分かれた兎を睨んでいた。

 数秒遅れ、何が起こったのか理解が追い付いたエノは、頬を紅くし興奮した様子で手を叩き、アーサーに黄色い声を飛ばした。

「アーサー凄い、凄ーい!」

 アーサーは使わなくなった布を取り出し、刃に付着した血を拭う。
 アーサーの見解ではこの片手剣は結構上質な剣と言える。流石武器屋で一番値段が高かった代物だ。然るべき価値があった。

 その後は空が橙色で染まるまで、エノの護身用に買った短剣の斬れ味を試したりし、広場を去り夕食をとりに昼とは違う場所の食堂へと向かった。

 夕食時ということもあり、客で賑わっていた。
 客の半分以上は男であり、戦時なのに酒を片手に馬鹿騒ぎをしていた。酒屋と見間違えてしまいそうだ。

 酔った男達の賑わいに背中を向け、アーサーとエノはカウンターに座る。

 適当に肉を中心とした料理を注文し、エノも真似して同じものを注文しようとしたところをアーサーは野菜中心の料理を注文する。
 不満そうに長いストレートのツインテールを揺らすエノに、

「半分ずつで分けた方がいいだろう。だから機嫌を直してくれ」

 と、アーサーはエノの美しい青髪を撫でながら宥める。
 エノはブツブツ何かを言いながら出された水を飲み、料理を待つ。

 そんなエノの様子に苦笑しながら、水に入ったコップを右手に持ち、木製の背凭れに体重を預ける。

「おい、このあとどうするよ!」
「ハッ! 『夜を泳ぐ赤い海亀』に行こうぜ!」
「あそこか! あそこのねーちゃん、中々の上玉だったよな!」
「ブヒヒッ! ちげえねえ! ヘヘッ!」

 夕飯時だと言うのに下品な話題だ。これからここで夕食は取らないことを決める。まあ、明日にはこの街を出るのだが、と己の思考にツッコミを入れる。

 そんな騒がしい雰囲気の中、食堂の扉がバンと強い音を立てて乱暴に開かれ、食堂の中は一気に沈黙に包まれた。

「おい、金髪ゥ! どこに居やがる!! 嬲り殺しに来たぞ、オラァ!」

 何処かで見たような小悪党のような姿をした男は、仲間と思われる柄の悪い野郎共を後ろに引き連れながら低い声でそう、宣言した。

 鍋の蓋の隙間から白い湯気と共にプス、と間抜けな音がヤケに大きく感じた。


■◾︎■◾︎

『零影小説合作』第十一話〝理の糸口〟

 二章の始まりです。ゼロ君張り切り過ぎてゼロ君のパートがかなり長くなりました。
 それに比べて私のパートはかなり短くなりました。
 許してくださいなんでもしますか以下略。
 そういえばですが、二章に入りました。ということでサブタイトルが『○○の□□』という感じになります。一章では『○○と□□』でしたね。


 後日また一話から改訂版を投稿すると思いますので、よろしくお願いします。


 ではどうぞ。


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「もう、俺は」

 黒く煌めく双眸は、星が瞬く青と漆黒が混ざり合う混沌とした夜空を見つめる。

 ただ、時計の針が動く様に静かに泰然とし、白髪を優雅に揺らす。

 遠い、遠い存在のように感じる。

 宇宙の果て、もはや森羅万象に住む超越的な人物にも見えた。

 だが、何故であろうか。

 アーサーにとっては実に名残惜しいものがあった。

 しかし、なんとも騎士らしい体つきと装備であろうか。

 幾多の戦場を乗り越えた、百戦錬磨の屈強な戦士の様な威厳さだ。

 すると彼は振り返った。

 顔はよく見えないが、どれだけ浴びたのだろう、血潮がこびりついた痕がハッキリとみえる。
 血で出来た紅の涙を月の光に照らしながら、まるで捨て猫のような弱々しい声をあげた。

「すまない……」

 まるで遺言のようにそう呟いた彼は、自分と逆の方向を進んで行く。

「待ってくれ!! お前は!」

 そう言った瞬間、唐突に白い花弁のようなものが視界を、体全体を覆い尽くす感覚に陥った。

 夜空は純白に塗りたくられ、逆道を行く彼は、戸惑いも躊躇いも、全て放棄したかのようにその場を去って行く。

 だが、アーサーは手を伸ばし続けた。

 無理だと分かっていても、無駄な足掻きと知っていてもただ、ただ夢中に伸ばした。

「待ってくれ!!!」

 その一言で、アーサーの意識は覚醒した。


 小屋の天井に向かって一心不乱に、ただ無意識に手を伸ばしていた。

 まるで、剥奪された何かを取り戻そうとする、無力な者。

 そして、救世主になれなかった敗北者の様に。

「正夢……いや、まさかな」

 そう言って起き上がろうとすると、瞼から顎に向かってむず痒い感覚が襲った。

「今度はなんだ」

 溜息交じりに、頬からその道筋を辿ると冷たい感触があった。

 涙だ。

 涙など、ここに来てからアーサーは一度も流したことはなかった。

 ただ無性に、何に悲しんで流したかも分からない涙を苦笑しながら拭いた。

「こんな感情は、久しぶりだ」

 あれから、またもう二年という月日が流れた。

 アーサーの体型にはあまり特徴的な変貌は二年前と同じであまり挙げられない。

 だが、確実にあれからも修練を怠らず、切磋琢磨に鍛錬をした証がそこに備わり、いつの日か前世の王の時代のように、自信と動きが自然とこの体でも体現ができるようになっていた。

「アーサーっ! おはよー!!」

 後ろから活発強い声が聞こえたかと思うと、背中に軽い重圧がかかった。

 誰かは直ぐに分かる、エノだ。

 エノもあれから馬上訓練を続け、体は前よりか引き締まっているように見えた。

 背もさほど変わっていないように見えるが、二年前と比較すると伸びた方だ。

 しかも胸も少々膨らみが、最近増してきている。

「近い、近いから離れろ」

 背中に柔らかい感触が響き渡り、アーサーは誘惑されたかのように視界が開き冷静さを失ってゆく。

 ボッキュボンの体に、王の威厳をもってしても防ぐことはままならなかった。

 実害には影響はないが、叙情することが不可能なほどにアーサーの本能を蝕む。

「というよりエノ、何をしているのだ」

「えへへ〜、朝の挨拶〜」

 とても生意気な笑顔を浮かべて、エノは頬をまるで動物のように、アーサーの頬にくっ付けていた。

 相当気に入ってるのだろう。

 昔よりも、凛とした青髪を太陽に照らしつけてユラユラと優雅に揺らす姿は実に鮮烈だ。
 だがそれはいつものことであり、アーサーは毅然としていた。

「そういえば今日行くんでしょ? 首都に」

 そういうと突然頬を離し、エノは不安交じりの声でアーサーに質問を投げかけた。

「そうだな。まぁ、クレム先生が決めたことだ。完璧な勝利こそできなかったけど。大きな物を手に入れたから、充分だ」

 あれからもう一年の間、クレム先生は各々アーサーの成長っぷりに大きな関心を抱いていたようだった。

 剣技はジークにはそれこそ劣るが、その精確さと絶無な動き。

 それに体が大人に近づくばかりにできるようになった、前世の時代の剣捌きや飲み込みの速さなど。

 普通の少年にできない技術までも習得した。

『もう、アーサー君は王国に言ってもいい頃合いかねぇ。そろそろ本物の騎士を見て学ばないといけない時期なのかも』

 一週間前、クレム先生は何の躊躇もなく、言いのけた。

 と、いうことはアーサーはそれなりの力をつけることができ、先生にも認められるものを完成させたということだ。

 だが、アーサーは決してその言葉で慢心はしなかった。

「でもさ、アーサーも最近、なんか変な頭痛を起こすことも減ったよねー」

「そういえば、そうだな……」

 エノの言う通り、アーサーはあまり強い衝撃に駆られ、以前の様に前世の記憶が想起することはなく、落ち着いた暮らしを安泰に過ごすことができた。

 鍛錬にも勉学にもあまり無駄な思考を煽らせることなく、集中することができた。

 そのお陰で、先生にちゃんと認められたのだろう。

 だが、クレム先生はわざと関心などの態度や言葉を露骨にしないのか、こう言うばかりであった。

『それを決して拙劣させないようにすること』

 その言葉を言い続けて一年半。

 彼の見る目が唐突に変わったと言える。

『君にはやはり剣の通暁に関する知識が豊富なのかもしれないね』

 そして、クレム先生はアーサーには妙に打算的だ。

 ジーク達や他事については、中々な抽象的な考えを持つ傾向であり、身近な人や事柄があると見事なほどに斬新な発想で捉えて解決をしていた。

 一方のアーサーに対してクレム先生はまずは鍛錬の前に有益なことを考え出す。

 剣術や思考を昇華させる為の過激な訓練、そのおかげで無かった体力も自然についてきた。

 無駄に心配性な性格なのに、ここだけ尊敬ができる接点でもあった。

 ——クレム先生は一体何が目的なのだろうか。

 そんなことを思いながら布団から立ち上がると服を着替え始めた。

 いつものように平民と同じ服装だ。

 前の鍛錬で染み付いた汗が、洗ったはずなのにまだ残っている。

 エノが朝食を持ってきてくれた。

 それを食べ終わると、昨日纏めた荷物を持ち、外に出た。

 そして出迎えたのが、クレム先生といつもと景色が変わらないこの村、清々しい快晴の空だった。

「やぁ、準備はできたかい?」

「まさか、もう一週間後には出発とは。何か目的でもあるんですか?」

 王侯貴族の様な余韻を誇るクレム先生に対して、アーサーは一歩踏み出した。

 只者ではないことを承知で。

「ん? いや? 別にそんな変なことは考えてないよ? 君が、もうそれ相応の力を持っているのを認めた上での判断だ。イージーだろ?」

 何も隠す素振りを見せないクレム先生に、アーサーはホッと胸を撫で下ろし少し安堵した。

「そこで頼みがあるんだけどさ。エノちゃんも連れて行ってくれない?」

「え? ちょっと待ってください、まだ色々整ってないし、二人で行くなんて、それにエノは女の子ですよ?  私で守りきれるかどうか」

「大丈夫だよ。ちゃんと雨をしのげる家はもう作っておいた。はい地図」

 そう言われて小さな小さなボロ切れの紙を渡される。

「ってこれ、都市から完全に離れた場所じゃないですか。緑の丘の上の石造りの家? なんの物語ですか」

「いや、だってその方がロマンチックじゃない? 都市なんか丘越えれば二、三歩でつく程度だし大丈夫だよ。あまり人がこない場所に作ったし」

 気軽すぎる言葉に流石のアーサーでも骨が折れる。

 ならばと思うと、当然これから忙しくなる。

 色々と試行錯誤を重ねている途中、思わぬ発想の地雷が待ち構えていた。

 ——待て、一人の女と一つ屋根の下だと? もう危険な香りを漂わせてるではないか。

 ゴクリと唾を飲み、エノを見つめた。

 エノは不思議そうな顔をしてアーサーを見つめ返す。

 だが、空気を切り裂く勢いで左右に首を振って感情を誤魔化した。

「ここで考えている暇はないな。兎に角、新天地に向かわなければ」

 するとクレム先生も頷く。

「そうだね。でも、変な人と関わらないように、それと、君の様な金髪の子は目立つ。あまり大きな騒動を起こしたりしてはダメだよ?」

 まるで、実の親の様に注意を呼び掛ける。

 ——最後の最後までこの人は変わらんな。
 そう思って微笑を浮かべる。

 なにも変わらない、こんな日常を自分は何処かで求めていたのかもしれない。

 毎日が波乱だった前世の時代とはまるで別世界であり、一時の幸せに浸っていた。

 だが、それは終焉を迎える。

 またアーサーは踏み出すのだ。

 血と絶望がなり響き、最悪が渦巻く地獄の世界へ。

「そうだ! 君に、最後に贈り物をしよう!」

 急に何かを思いついたようにクレム先生は声を上げた。

 贈り物、というと普通に思い浮かぶのが、お守りなどの手軽いものだ。
 だが、前のように自らの自負心で成り立ったファッションセンスで適当に選んできた服、は有り得ないとは思うが、そんな有象無象なものを渡されても困るとアーサーは思った。

 しかしその心配は覆された。

「名前を授けるよ。だってアーサー君はこれまでアーサーの下の名前を名乗ったことがある?」

 言われてみればそうだ。

 転生を果たしてから、自分はアーサーという名を訳も分からず名乗ってきた。

 確かにそれだけでは少し物足りないような、何か違和感がある。

「言われてみればそうですね。名前はやはりちゃんとしたものが必要ですし」

「だろ? だから、昔の私の知人から貰った名前を君に授けよう」

 高貴そうな服を靡かせ、アーサーを強い意志が感じられる眼差しで見つめながら言った。

「アーサー・エグラベル。君はこれからそう名乗りなさい」

「アーサー・エグラベル

「この名前の意味は、偉大なる騎士や英雄、そして〝王〟という意味がある」

 そんな立派な名前を貰ってよいのか。

 第一、騎士の叙任さえしてない、しかもまだ、ただの剣先がよい子供には変わりはない。

 アーサーは少し遠慮を見せてしまう。

「ですが、そんな凄い名前、こんな私がもらってよいのですか?」

 と、遠慮のあまりどうでもいいような疑問をクレム先生に言う。

「大丈夫だ。エグラベルは昔の意味合いでっていうし、それにアーサーという名前も王様みたいな高貴なものがもつ名前だからね」

 その言葉にアーサーはゾッとした。

 まるで自分の全てを見透かされているような感覚に、冷や汗をかいた。

 だが、クレム先生は何事もなかったかのようにアーサーとエノの肩を押した。

「さぁ、行ってらっしゃい! 良い報告を待っているよ! 僕はいつまでもこの村にいるからね!」

 だが、今の場面は考え事をしている時ではない。

 アーサー達はしっかりと気持ちを切り替え、今までの感謝を伝える。

「今までお世話になりました。立派な騎士になって戻ってきます!」

「クレム先生! 今までありがとうございました!」

 そういうと、ジーク達が進んだ道のりをやっと歩みだした。

 クレム先生は二人が村を出て、その姿が消えるまで歩みを見届けた。

「偉大なる騎士、か。なってくれよアーサー・エグラベル。伝説の〝英雄王〟に」

 そんな声も聴こえたような気がした。


 その頃、アーサー達の歩みの目的地であるレトアニアの首都では奇怪な噂が広がっていた。

 街の人々はその名前を口々に出し、都市全体を覆い尽くすほどの恐怖がそこに集約している。

 勿論、この噂は王の耳まで届き王宮では急ぎ神官や貴族たちが会議を開いていた。

 一筋の火が宿ると、正装神官や貴族が姿を現す。

 会議室の黄金の修飾が、辺りを満遍なく照らし続け、集まった者たちの集中を途切れ途切れにしていた。

「南の大帝国か。何故二年もの間にあそこまで成長したのだ」

 南の大帝国。

 周辺諸国とは一切変わらなかった小国であったが、昔の王が即位して以来二年。

 つまり、アーサーがクレム先生を師とし騎士の鍛錬を始めたばかりの頃だ。

 帝国は急激な成長を見せ、今やこの世界全体を見回しても一つや二つしかない大帝国まで成長を遂げた。

 そのことの対策について、王宮では激しい議論が飛び交っていた。

「やはり放っておくことはできまい。いずれ、戦うことになる相手だ。一度ザムンクレムと手を組み共同戦線を張るのも良かろう」

「ふざけるな! 宗教を屈辱し! 今や四天王などというものを、神聖な神と同じ扱いをする異端者共と手を組むなど、それこそレトアニアの恥だ!」

「だが、今の我らレトアニアの後ろ盾である東の王国や帝国達もそろそろ痺れを切らしているだろう。現状での資源不足では太刀打ちはできまい」

 暴論が暴論を呼び、まるで本格的とは言えない。

 ある者は席を立ち、ある者は帰ってゆく。

 しっかりと纏めることもできず、ただ淡々と立つ時間に、神官たちも焦燥を隠しきれていなかった。

 ただ侵略の剣を振りかざされ、何もなく朽ちてゆくのがこの王国の運命なのか。

 唯一の神に縋るしかないこの状況。

 しかし、その殺伐とした空気の中に、それを一転させるかの様な凛々しい声が響いた。

「静粛に、ご静粛にしていただけますか」

 そこには、不気味な微笑を浮かべ鮮やかなピンク色をしたドレスを着飾る女性が、凛乎として立っていた。

 垂れ目であり口調は実に優雅である。

 そこからは大人しく、おっとりとした印象を与えられる。

「南の帝国は動くことはありません。安心してください」

「アルワール卿! し、しかし攻められないという根拠が」

 そう一人の貴族が口走る。

 するとニヤリとまた紅の唇を歪曲させ、微笑する。

「あのお方達は、まだ南の西北の地方を征服し完全に統一したばかりです。まだ民や内政などを完全に統括してきってはいないでしょう。それに、あちらも侵略したのは山々な筈ですよ。今はまだ、その甘い夢に浸らせてあげましょう」

「ですが! 万が一いち早く攻めてきたら!」

「ふふふ。まずあの王国が狙うのはザムンクレム王国からの筈です。あの方たちはザムンクレム王国にふか〜い因縁があるのですよ。とても深い因縁が」

 アルノワール、と呼ばれた女性は艶の差した赤い唇が妖しく、そして美しく歪んだのであった。




 村を出て、首都へと向かう旅の一日目の、心地よい乾いた風が流れる夜。
 アーサーとエノはいつかのビルンデークの都市の宿屋で泊まるということになった。

 ……のだが。

「そこをなんとかできないんですかね。いくら連れとはいえ、一晩女性一人と一室で過ごすのは、ちょっと。ねえ? 分かると思うんですけど」

「んなこと言われたってェ、ウチァもう一室のみだァ。ねェのはねェんだよ。仲良く一つのベッドで一夜を過ごすんだな」

 運が悪いことに、この街唯一の宿屋は既にほぼ満室となっていた。
 残っている一室は一人用なので、野営しない限りアーサーとエノはそんな密室で一緒に一晩過ごすことになるである。

 そんなことできるはずが無かった。エノと二人、一つのベッドの上で寝るなど、想像しただけで耳まで赤くなるのが、現在絶賛思春期のアーサーだった。

 前世では、女とのそんな大胆な経験が無かったアーサーにとっては、かなり高い壁であり、まだ越えてはならない壁だということも自覚していた。

 しかし、アーサーもエノも今夜は疲れている。張り切ってしまってペースを上げ過ぎたのだ。
 お蔭でアーサーのふくらはぎはパンパンである。後ろの腰掛けに座るエノは既に舟を漕いでいる。お疲れ様だ。
 ここはどうしても屋根の下で安心して眠りたい。

 ここはもう、背に腹はかえられない。なに、一年前まではエノが勝手にアーサーの寝床に入って寝ることなどよくあったではないか。
 しょうがないったらしょうがないのだ。止むを得ないのだ。

 アーサーは自分にそう言い聞かせる。
 ふー、と息を吐くことで覚悟を決め、

「ならばしょうがない。一室一晩借りよう」

「へい、毎度。部屋は二階の一番端だ。へへっ、良い夜を過ごせよ小僧」

「……。余計なことを……」

 エノをおぶって、階段に上がる。
 今思えばエノはおぶられてばっかである。
 背中の暖かい感触も慣れたものだ。
 荷物も一緒に部屋へ運ぶ。

 アーサーはエノをベッドで寝かせ、その無防備であどけない寝顔を見て、溜息を吐く。
 この一年半で彼女も女らしくなったものだ。

 青い前髪を手ですくう。彼女は髪も腰に届く程伸ばした。
 腕も脚も伸び、出るところも出ており、非常に魅力的だ。
 そんな女が自分に無防備を晒しているのだ。何故か誇らしく、そして恥ずかしくなるのが男の性というものである。

「さて、」

 アーサーはベッドから離れ、部屋の奥にあるテーブルにつき、荷物から一つのノートと、羽ペンを取り出す。
 テーブルの上にノートを置き、開く。
 内容はアーサーの日記だ。

 一年前から書くようになった。
 日記を書くことにより、物書きに慣れるようにする、というのが建前だ。が、実のところは、時々思い出す前世の記憶と共に日々の出来事や情報を書き残すことにより、忘れた時に読み直すためのものだ。

 特別、アーサーが物忘れが多いというわけではなく、単に生前の日課であった故の行動である。

 もしかしたら、ザムンクレムの王宮——残っていたらだが——にその日記が残っているかもしれない。
 見つけたら何が何でも手に入れなければならないだろう。

「……ふぁ」

 書き終わったと同時に口から出るあくびを噛み締め、野営用の寝袋を荷物より取り出し、床に横になる。

 次の街までは二日から三日くらいの距離があるため明日は準備、明後日に出発するのがいいだろう。

 アーサーは視界が暗くなるのを感じつつ、朧げに予定を考えながら眠った。


 目的地、首都セントヴィールまでの旅は始まったばかりであった。


■◾︎■◾︎

 影さんパート少なすぎィ!

『零影小説合作』第十話〝険悪と成長の日々〟

 どうやら私はフラグや伏線を描写に入れるというのが苦手なようです。
 これから鍛えていかなければ。

□◽︎□◽︎



 あれから三週間という日が流れた。

 合宿は終わり、それからも厳しい鍛錬の日々。

 それを見事に耐え抜いたジーク達の顔は、しっかりと引き締まり、一流の騎士と言っても過言ではないほどたくましくなっていた。

 太陽がギラギラと日光を照らし続ける昼間。

 クレム先生の家に一回立ち寄り、村の門の近くで送ることに決めた。

 見送り際、少年兵団にゆく三人と、アーサー、エノ、クレムの三人が向かい合う形で別れを告げる。

「クレム先生。アーサー、エノ。今までお世話になりました」

 ジークがそう発して頭を下げると、バルハとアークも同時に頭を下げた。

「ちゃんと、親御さんにも最後の挨拶はしていってよ?」

「あぁ、勿論!!」

 そう、バルハが和かな笑顔を浮かべアーサー達を見る。

「お前ら、本当にその笑顔だけは魅力的だな」

 そんなことをアーサーは冗談混じりにいう。

「私はまだ緩慢だが、お前らはもう騎士だ。私の分まで頑張ってくれよ」 

「あぁ! 当たり前だ! お前の分まで立派な騎士になって! アーサーの歯茎をガタガタ言わせてやる!」

 アーサーは微笑を浮かべる。

 今まで見てきた中で一番に清々しく、威厳あった顔が一変し、いかにも少年らしい顔だった。

「どういう表現だよ」

 そう言っているうちに、この尊い時間も遂に終わりを告げた。 

 時とは早く、残酷なものだとアーサーは悟った。

「さぁ、時間だよ。少年兵団の募集場所は分かるね?」

「はい! じゃ! 行ってくる!!」

 そう、元気よくジーク達は返事をし、背中に振り返り村の門を出て行こうとした時であった。

「ま! 待ってくれ!!!」

 アーサーの足は自然と前に出て、気づけば三人を追いかけていた。

「アーサー! どうしたんだよ!?」

「これ、これを持って行ってくれないか?」

 それは小さな小さな木刀の破片だった。

 これは、クレム先生から木刀の作り方を学び、作製したものであった。

 まだ初歩中の初歩をクリアしたばかりのものでもあり、少し剣の先端歪んでいる。

 それを折って、友情の証、というのは言い過ぎかもしれないがその様な感じのものであった。

「お前に、受け取ってほしい。辛くてもこれを見てクレム先生や私、そしてエノを思い出してほしい。バルハやアールも」

 そういうと三人に手渡しで渡した。

「ありがとうな!!」

「すまないな、アーサー」

 二人はそう言って貰った。

 だが、ジークは無言だった。

 悲しみを堪えているのか、はたまたお礼はいいたくないのか、複雑だが問い詰めるのはやめる。

「さぁ! 三人共! 行ってこい!」

『おう!!』

 猛々しい声を三人同時に上げると、また道を歩き出した。

 その歩みは別れの悲しみではなく、次に向けて前へ突き進もうという勇猛な心が直感的に伝わる。

 ーーお前は、外の世界を知りたくないのか?
 村を出て行く三人の背中を見ているとジークの言った言葉が淡々と脳裏に蘇った。

「外の世界、か」

 アーサーは、何故か今までシャンとしていたのに、意気消沈してしまう。

 ーーあいつは、なにを思って私にそう語りかけたのだろう。

 普通に考えれば、そんなこと直ぐに分かるはずだ。

 だが、今回だけは虚しいのか悲しいのか思考が安定しない。

 だが、ここでこの悲しみに暮れている時間はない。

 単純に言えば、猶予や余裕がないのだ。

 この後の二年。

 自らは、どのような険しい道を歩むのかは分からない。

 変わったのだ。

 何もかも前世の失敗まで、上手くいっていた王国の時代とは違う。

 アーサーは強い覚悟をした。

 目的を真っ当するならば、どんな蛇の道でも進み悪を正当化しようとも運命づけられた必然をも超越する覚悟を。




 翌日、ジーク達は予定通りビルンデークに着いていた。
 同行者は居ない。ジーク、バルハ、アールの三名だ。

 ジークは三人の先頭に立ってビルンデークの城門を見上げていた。
 友にしてライバルであったアーサーに渡された、『お守り』を片手で握り締めながら。

 ——アーサー。ここから俺の人生は変わる。次会った時にお互いどんな感じで顔を合わせるのか、楽しみだぜ。

 その心の呟きをした後、ジーク達はビルンデークの広場へと足を進めた。

「変わる前から楽しみにしててもしょうがないけどな!」

 そんな言葉を残して。


 時間の針を回してあのジーク達少年が村を去って約一年が経つ。

 あれからアーサーは己を強化するのに幾分か真剣になり、取り組んでいた。
 十四歳になり身体は大人になろうと、日々成長を進めていた。
 身体中の筋肉はバランス良く鍛えられ、ネックとなっていた体力もついていた 。

 アーサーが鍛えている中、エノも成長期から第二次性徴が育ち始め、数段女らしさを増し始めていた。
 クレム先生が連れてきたという馬で乗馬の訓練をしたお蔭か、身体全体は引き締まっていた。

 二人はこの一年、鍛錬と並行して教養も身につけていた。
 読み書き、暗算、基礎知識、作法、儀礼、戦闘知識、周辺国の歴史、世界情勢、レトアニア王国の地理。
 二人はそれらを身につけてきた。

「アーサー〜」

 エノも小屋に来た当初より、円滑に話すようになっていた。
 ハキハキと喋るようになったことにより、声も明確に聴き取ることができるようなった。
 彼女のソプラノの声は美しい。

「ねえー。アーサーってばー」

 エノはアーサーの腕を抱き、しつこく彼の名前を繰り返し口に出す。
 第二次性徴が発達し始めているので、腕には少し柔らかい感触があり、その温もりはアーサーの心を乱す。

 そこでアーサーは閉じていた目を開き、

「ええい、エノ。私は現在瞑想中だ。頼むから静かにしてくれ」

 エノに注意を飛ばす。
 その声も転生した日より低くなっており、男らしさがあった。

 昼下がりの草原の上で、アーサーは日課の瞑想をしていたのだ。
 胡坐をかき、目を閉じ、心を静め、無心になり、想念を集中させていた。
 今回はクレム先生との模擬戦で、どう彼を切り崩すかを考えていた。

 最近になって、クレム先生との模擬戦で彼から白星を取ることができるようになっていた。
 十戦の内一勝程度ではあるが、だが確実に成長していると言えた。

『ジークより数段下回るが、剣の才能が君にはあるようだ。それに敏捷性、危機感知も良くなっている。君は良い弟子だよ』

 とはクレム先生の言である。
 アーサーには生前の記憶が不完全ながらも残っており、その中には戦闘経験で授かった知識もあった。
 身体が着々と大人に近付いているのであれば、その分だけ前世の動きを再現することが可能になって行く。

「私と瞑想。どっちが大事なの?」

 エノは頬を膨らませ不機嫌そうに、しかし可愛らしく睨みながらそう言い放った。
 その言動のアーサーは困ったように眉毛を八の字にし、頬を指先で掻きながらエノの質問に答える。

「いや、それは確かにエノなのだが。逆に聞くが、エノの用は私の瞑想を邪魔するほどの大事なことなのか?」

 アーサーの解答と質問を返されたエノは、彼の物言いが気に入らないのか不機嫌そうに目を逸らした。

「少し遊びたいと思っただけなのにっ」

 エノはそう、小声で呟いた。
 アーサーの聴力は常人より数段優れており、エノの小声をも拾うことができる中々の地獄耳の持ち主であった。
 アーサーはエノのその呟きに苦笑し、

「なら少し、二人で怠惰に耽るとするか」

 アーサーはエノに向け提案し、返答よりも先に青い絨毯の上に金髪の頭を預ける。
 エノはその様子を数秒見つめ、彼の隣で伸びた美しい青髪を草原の大地に投げ出した。

「ジーク達、今頃どうしてるかな」

 エノは脳裏に、アーサーの友であった白髪の少年の顔を朧げに浮かべながら、尋ねる様に口走る。

「あいつらの事だ。上手くやって居るのだろう。音沙汰無いのは元気にやっている印さ」

 アーサーはそう、エノの蒼い瞳を見つめながら言った。
 あれからジーク達に関する噂などは一切聞かない。ここが辺境の村であるから、どこか大きな街にでも行けば或いは彼らに関する情報を聞くことも可能だろうが、アーサーは現時点では街に行くことは許されていない。

 理由としてはクレム先生曰く「君の金髪は目立つ。今だから言うが金髪は貴族に多いんだ」とのことである。
 つまり高貴な存在に見られて拉致される危険性もあるのだ。
 現在のアーサーならば、其処いらの人間程度なら物の数ではないのだが、どちらにせよ街で戦闘行為を行えば目立つのである。
 その様な事態は回避すべきなのだ。

「またいつか、前みたいに笑い合いたいね」

「そうだな……」

 エノの言葉に、今度は肯定を飛ばす。

 やがて、二人は暖かい春の陽気に包まれ微睡み始めるのであった。


 ——アーサーは知らない。これから彼の身に訪れる悲劇の連続を。

 ——エノは知らない。これから彼女の身を迎え入れる絶望の連鎖を。

 彼らは、まだ知らなかった。


■◾︎■◾︎

 一章終了です!
 次章から物語が動きますよぉ⤴︎

 次章も同じくゼロ君と私でお送りしますので、ゼロ君のブログhttp://kuhaku062.hatenablog.com/共々これからも宜しくお願いします!

『零影小説合作』第九話〝発露と合宿〟

 お別れ会の回みたいなもんどす。
 次の更新はもしかしたら時間が経つかもしれません。

 ではどうぞ。

□◽︎□◽︎



「エノ」

「アー、サー?」

 エノは近寄ってきたアーサーの目を、俯いていた顔を上げてつぶらな瞳で返した。

 まだまだ幼さが残っているのだろうか。

 無意識に惹きつけられるこの可憐さは、なんとも心が溢れるような、情味がある。

「残念、だったね」

「…」

 先ほど、少年兵団のビラを見せたが呆気なく自分の期待は裏切られた。

 結局はそんな願望は水面から浮いてきた水の泡のように壊れやすく、割れやすいものだった。

 ジークたちとは別の道を進め、二年のうちに考えろそう言っているのだろうか。

 ならば、自分にあんなにも強い眼差しで見つめることはないし、ここまでしてくれる筈がない。

 無駄な言及や談判は命取りにも等しい。

 アーサーとあの三人組の境目は、どれだけ深淵であり奥深いものだろうか。

 鉛のようなものが一気に、下っ腹に落ちてゆく感覚だ。

 かなり悄然とし、歯をくいしばった。

 何故、割譲されなければならない。

 クレム先生はなんの先端を狙って発言したのだ。

 だが、こんなことでいつまでも欠落していてはキリがないのだ。

「仕方がないことだよ。これがあの人が言っている正しいことなら、それを選択し認めざるをえない」

 そういうと、バッと顔を上げ、空をみた。

 今の心境、青々しいこの空でさえも苛立ちを覚え、自分の血で染め上げてやりたいぐらいだった。

 それぐらいの覚悟がまだあのアスタロトの一件の後も宿っているということだ。
「だけど、ここで、止まっている暇はない、よね」

「その通りだ。エノ。またこれからも世話になるな」

 そんなことを笑顔を見せながら、エノの手を素養で鍛え上げられた猛々しい手で握った。

 余程、純情なのかエノは手を握られただけで、頬を深紅に染め上げかなり動揺している。

 頭から蒸発した煙がでてきそうな勢いに、流石のエノも耐久ができなかったのか。

「う、ううううん!!! い! 一緒に二年! よ! よよよろひくお願いしますっ!!」

 興奮しすぎたせいか、声が裏返り、今よりもっと高い声を目を回しながら言った。

 その大きさはこの世の万物を全て貫いてしまうな勢いだ。

「あ、あぁ」

 さすがにこれも唐突だったので、それ相応の驚愕した様子で返事をした。

 堆積していた荷が全て吹っ飛ぶような、そんな感覚を、アーサーは覚えた。

 そして、その後の鍛錬。

 予想通りジーク達の鍛錬の過激さは、容赦なく増していった。

 三人は今にも倒れるのではないかという勢いで、どんな過酷な訓練もやり抜いた。

 苦しい、辛いということは一切と吐露はできない。

 ハァハァ…と荒い息がその場を支配する。

 体全体が悲鳴を上げ、汗が塗るようにして首筋や、顔のあらゆる場所から滲み出ている。

 正直言ってまだ子供標準ではクリアが到底できないものまであった。

 騎士になるとは言え、どれだけこの訓練を受けると飛躍的になるであろうか。

 体力的にも限界があるというのに、クレム先生は一切の猶予は見せない。

 自分と比況しているわけではないが、妙に瀰漫な雰囲気が漂っていた。

 表情を見るとあまりにも悲喜こもごもしている為に少々心配になってきてしまうことが多かった。

 ーー二日も立てば、こんな空気は消え去るだろう。

 そんなことを思いながら、広大な草原で鍛錬を懸命に続ける三人を凝視していた。

 そして夕刻。

 無駄に視力もいいのか、分かりやすいのか。

 剣の持ちすぎ振りすぎで、手に豆ができている。

 かなりの激痛であり声を抑えているのだろう。

「ハァハァ、ぐっ、ハァハァ」

 自然とでる、三人の荒い息切れと平原を包む春が残した、心地よい風が不協和音を見事に奏でる。

 三人は弱音を一切とはかず、まるで植物のように、ただただ葉を揺らしているかのように剣を振っていた。

 しかし、彼らにはもう剣を操る気力はなかった。

 酷使していた体は、今にもギシギシと錆びた機械音のようなものがなりそうだ。

 無意識に手の感触は消え、赤い爪痕のようになっている。

 クレム先生もこれまでだな、と頃合いを見た。

「よし、今日はこれでおしまいだ! よく耐えた! 解散!」

「ハァハァ! あー辛かった!!!」

 苦痛な筈なのに、何故か無駄にポジティブだ。

 草原で一人ジークが座り込んでいると、後ろから汗を拭くための布を肩に放り投げられた。

「お疲れ」

「アーサーじゃねぇか! 今日は稽古休んだんだって? 大丈夫か?」

「私のことより自分のことを心配したらどうだ?」

 そういうと、ジークは咄嗟にボロボロの雑巾のようになった顔をこちらに向け笑顔を見せた。

 まるで、体が弛緩していない。

 これが、本当にクレム先生が取捨選択をした正しい結果なのだろうか。

 じわじわと泥濘が自らの体を埋め尽くす感覚が分かる。

 それは、万感でありとても尊いものでもあった。

「どうした? 変な顔をして」

 どうやら意識してないうちに表情を歪ませていたみたいだ。

 自分の中で、できれば最後の別れまでこんな表情を見せたくないという小さな願望があった。

「あぁ、大丈夫だよ。すまないな」

「なんだよ! ちょっと焦っちまっただろ!」

 そんな冗談を東から昇る月を眺望しながら、交わした。




 それからというもの、アーサー達とジーク達は友好を深めた。

 ジーク達は泊まり込みで鍛錬に励んで居たのだから、自然と彼らと共に居る時間が増すのだ。

 別れが決まってから一週間の時は、アーサーの提案で川にも行った。
 一泊二日のキャンピングだ。

 少年兵団に入るということなら、野宿もするだろう。ならば今の内に体験しておいた方が良いと、クレム先生の言葉で村近辺の川沿いで野宿することになった。

 現在、アーサーとジークは二人で川に、釣糸を垂らしていた。
 バルハとアールはテントの張り方をクレム先生より教わってる最中だ。

 因みにエノは川が珍しいのかはしゃぎ過ぎて、一人着替えてからアーサー達の後ろにある大木の下で寝息をたてている。
 水を蹴って遊ぶエノは、青髪ということもあり、まるで水の妖精——のようにアーサーには見えた。

「なあ、アーサー」

「……ああ」

 先程のエノの様子を思い出していたところを話し掛けられ遅れて反応するアーサー。

 ジークは詰まらなそうな顔をして、片手で釣竿を持っていた。
 ジークという少年はジッとするより、動き回ることが好きなのだ。
 大方、魚くらい銛でぶっ刺して捕らえれば良いのに、とでも考えているのだろう。

 二人の髪を涼しい風が揺らし、アーサーは目を細める。

「お前は、一緒に来なくて良かったのかよ」

 それはここ一週間、一日一回は聞く質問だった。
 アーサーが少年兵団に入らないことに不満があるのだろう。

 アーサーはその度にこう答えるのだ。

「ああ、今の私は未熟だからな」

 と。

 その度にジークは「そっか」と詰まらなそうに返すのだ。
 が、今回はそうはならなかった。

「お前は、外の世界を知りたくないのか?」

 返ってきたのは、そんな質問だった。
 外の世界。村の外、或いはレトアニアの外を指すのだろうか。
 彼らは外の世界を知るために、兵団に名を挙げようとしているのだろうか。

「そういう訳ではない。ただ、今の私が外を知るには、やはり力が足りない」

 と、アーサーはエノの方を見ながら言った。

「お前——いや、それならそれでいいよ。俺としては、お前とは良いライバルになりそうだ、って思ってたんだ」

 アーサーはジークを見る。ジークは相変わらず詰まらなそうな顔で水面を見ていた。
 アーサーには分からなかった。ジークが自分にそのような印象を持っていたことを。

「大丈夫。二年後にはここを出るつもりだ。騎士になるつもりだ。私は」

「……へえ。あの日言ったことは本当だったんだ」

「騎士になったら、お前とも何れまた手合わせできると思う」

 本心だった。自分が満足できるくらいに成長したら、また成長したジークと手合わせしたい。そして二人並んで戦うのだ。

「はは、その頃には俺はレトアニアの英雄になってる頃だ。精々頑張ることだな!」

「ハッ。ならその英雄ジークを倒すのはこのアーサーだ。覚えておけ」

 二人はそうして笑い合う。
 例え離れ離れになろうと、また会えると信じて。
 良き好敵手として笑い合う。

 アーサーが魚を一匹釣る頃には、日は沈み始めていたのだった。


 三人(エノは結局起きなかったので、アーサーがおぶった)がテントに戻る頃には、既に焚火が灯っており、魚を焼いているところだった。

「アーサーとジークか。釣果はどうだった?」

「私が一匹釣った」

 アーサーが片手で持った魚を見せる。12㎝の魚は、口を開閉していた。
 クレム先生はそれ見て笑い、

「ハハ、君達が向かったところは魚が少ないからね。魚を釣るのならここら辺が一番釣れるよ」

『はあ?』

 アーサーとジークは揃えて声を発する。
 それを聞いたバルハはその声を聞いて爆笑だ。

「なんで言わなかったんだよ!」

「だって、呼び止めるよりも先に行っちゃうんだもん。ねえ?」
「ハッハッハッハッハ!!」

「笑うなー!!」

 ジークは顔を赤くしバルハを追い回す。そんな二人を尻目にアーサーは手に持った魚をクレム先生に渡す。

「少し、寂しくなるね」

「そう、だな」

 クレム先生の呟きにアーサーは肯定する。


 その晩は皆で魚を食べ、騒ぎ、遊び、そして眠った。
 アーサーは久しぶりに食べる魚に満足し、ジーク達と共に、友として騒ぐことを楽しんだ。

 ——また会う日の思い出話を作る為に。

■◾︎■◾︎

 次話で多分一章は終わりです!

『零影小説合作』第八話〝助勢と沈黙〟

 今回は今後に大きく影響する回なので、流石にゼロ君と色々話し合いましたね。
 所謂、分岐点というかターニングポイントというか。分岐点を選ぶのは、アーサー君本人では無いんですがね。

 そういえば、PVが100を越えました。有難う御座います。


□◽︎□◽︎



アスタロト、貴様どうしてここに!」

 唐突に現れたのは、ザムンクレムを裏で操っていると思われる黒幕だった。

「ふふ〜ん、今日こそ思い出したんじゃな〜い? 私のこと」

 血に染まったような赤髪を優雅に揺らし、いかにも何かを企んでいるかのような双眸。

 深紅な舌を出し、こちらを奇怪な微笑みで誘惑してくる。

 実に気分が悪く不快だが、体全体が拘束されている以上、手荒な真似はできない。

 第一、この悪魔の恐ろしさは自らが誰よりも一番知っている筈だ、挑んでも勝利はない、と。

 確信しているのは自分、それを肝に銘じできるだけ大人しくした。

「あら? 意外と素直なのねぇ」

「無駄な体力はもう使いたくはない。それに鍛錬で疲れている。いい加減解放しろ」

「やーだ、今日は一杯話したいから、離せばあなたどこかにいっちゃうでしょ〜?」

 皮肉染みたことを淡々と言うと、小屋の壁に背中から叩きつけられ、何処からか現れた棘に手と足を縛り付けられる。

 人間ではない、明確だ。

 するとアーサーの顔面にアスタロトは顔を近づけた。
 まるでさっきの余裕な表情は何処へ行ったのやら、真率そうな表情をアスタロトはとる。
 それに何故か、反射的に自分もそのような態度をとってしまう。

「貴方たちは知らないだろうけど、ザムンクレム王国は、レトアニアが勢力圏を置いていた元アルカニスの土地を攻め落としたわ」

 いきなり何を言い出すのかと思えば、今や世界を滅ぼしかねない二カ国の戦況を語りだした。

 だが、かなりの衝撃的な情報に視界を歪め、食いついてしまった。

「なんだと!? 兵の数を漸増でもさせたのか!? 対比的にレトアニアが有利な筈なのに……」

 だが、この悪魔は一切にアーサーへの返答は応じず、話しを進めて行く。

「奴らは、まるで敵国の人間をゴミのように扱ってるわ。僅差すらも関係なく、己が欲望がままに略奪や殺しを繰り返す。人間臭さが漂りすぎてて苦笑しちゃったわ〜ぁ」

 動きや情報があまりにも極端すぎる。

 アスタロトが現れたのは充分な奇禍だが、これは誠に禍々しく感じた。
 自らの考えていた情勢の懐紙が、見事に中で漆黒に塗りたくられた。

 有り得ない。

 もう、ザムンクレムの人間たちが悪魔と契約を交わしているという噂は今ここで事実になろうとしている。
 禁忌の力に何故手を伸ばしたか、だが一番聞きたいが今はそれどころではない。

「と、いうことは。様々な都市でも感染病や人々が飢えて死んでいるということか!?」

「そうよ、結局は王国はやってることが剪定と一緒。新たな新地を作り上げる為に、古いもの、つまり先住民のような邪魔者は排除される。渋茶でも飲むような感覚だわ〜ぁ」

 チェスでもやっているような感覚だ。

 倒した者は一切と駒にせず、撃ち捨てる。

 歯を食いしばり、ただただアスタロトを睨みつけることしかできない今の自分は、なんとも情けなく無様なんだと後悔した。
 いや、後悔が足りなすぎる。

 体の全身がピクピクと動きだす、手はその衝動を抑えつけようと拳を流血するのではないかというはど強く握り締め、唇は震えた。

「悔しいのぉ〜? でも残念無念。今の貴方じゃ、何もできないの。何もね」

 そう言われてみればそうだ。

 だが、弱音は吐かなかった。

 自分が治めていた国は必ず、何を利用し、酷使したとしても、叶わぬ願いだと知っていても、今の全てを失ったとしてもやり遂げなければならない。

 そんな心の中で疼く使命感が、アーサーを抱くようにして、突き動かす動力になっているのかもしれない。

 自分でそんなことを考えるのは愚考かもしれないが、諦めないため、奮い立たせる為には充分すぎるものであった。

「残念、無念なのはそっちさ。私は絶対に諦めないのだからな。私を諦めさせようと思ったのなら、まだまだ考えが甘いということだ。地獄に帰って出直してこい、クソ悪魔」

 そんなことを、苦し紛れの表情に微笑を浮かばせて言うと、アスタロトは笑い出した。

「はっははははは!! 面白い! 面白いわぁ! 貴方! この状況で! 劣勢すぎる状況で! クソ悪魔だなんて! 言ってくれるわ!」

 そんなことを魔女のように不気味に猛々しく笑うと、ふぅ……と溜息をつくように自らを落ち着かせた。

 すると何を思ったか、アスタロトはアーサーに掛かっている棘の拘束を解放した。

「ゲホッ! ゲホッ!」

 若干、首を絞められていたので咳をこむ。

 だが気分は爽快であり清々しい。

 アーサーは自らの勇気に自負ではなく感謝をした。

「貴方、そんなことを言って私を怒らせるとか考えなかったのぉ〜?」

「さぁ? だが、私を左右したのは傲慢という名の神様だよ」

 そんな通じるはずもない屁理屈を抜かす。

「つまらない芝居は閉幕だ。さっさと出て行ってもらおうか」

 すると、近くにあった剣を咄嗟に持ち出し構える。

 自分が死んでこの体になるまで、どれだけの間剣を握ったことがないか。

 感覚が未だ曖昧だが、容赦なく斬れることは間違いないだろう。

 前の覚悟より、もっと鋭い覚悟をかもちだした。

 それを見ると、アスタロトはつまらなそうに手をヒラヒラと小鳥が懸命に羽を動かしているように揺らす。

「私、今日は戦いに来たんじゃないし、まあ精々普通の騎士一人を持ち上げるぐらいには成長しなさい」

 呆れたような声を出して、出て行こうとするが何かに気付いたかのようにまたこちらを振り返る。

「そういえば、王国がこんなビラを町中にバラ撒いてるわよ」
「ビラ?」

 天を衝くような早さで一枚の紙が投擲された。

 それを見事にキャッチするとビラに書かれた言葉を不自由そうでおぼつかない喋り方で音読した。

「少年兵団を募集す、場所はレトアニアの都市、ビルンデーク広場…おい、これは一体」

 そう聞こうとするが、アスタロトはその場をもう既に消えていた。
 前に思い出せとかうるさく言っておいてなんなんだと思っていたが、やはりこの渡されたビラが気になった。

「クレム先生に相談してみるか……」




 アーサー、ジーク、バルハ、アールの四名は彼らの鍛錬の時に使われている、村近辺の平原にある大きな木の下で座らされていた。

 アーサーが『元王』からこの『身体』になって、一番最初に居た場所である。

 風が木の葉を揺らしサワサワと音を立て、青い葉を落とす。
 アーサー達は皆一点に目線を送っていた。

 件の少年兵団募集のビラを、クレム先生が見せ付ける様に、持っていた。

 彼らの様子を見守るのは高い位置にまで登った白い太陽と、木に寄りかかる青髪の少女、エノだ。
 新しい服が気に入ったのか、早速落ち着いた色の簡素な服を着ている。

「君達。これが何か、分かるかね」

 沈黙を破ったのは、クレム先生だ。
 彼の声はいつもより数段硬く、彼の真剣な様子が窺える。

 ゴクリ、と喉を鳴らすのはアーサーの右隣に居る白髪の少年、ジークだ。
 アーサーは無表情で数秒目線を送るが、すぐにクレム先生へと戻す。

「『ビルンデークにて少年兵を募集』と、書かれている」

「はい」

 相槌を打ったのはアーサーだ。

 彼はあの後、どうクレム先生に切り出すかを考えながら静かに多めの朝食を食していた。

 食べ終わった頃に、鍛錬に来たジーク達が訪れ、『少年兵募集』のビラを見て目を輝かせた。
 そうして騒いでる間にクレム先生が戻り、ビラを見つけアーサー達から取り上げ、この広場に呼び出された。

 そうして今に至る。

 正直、アーサーの心境は微妙であった。
 ビラを貰った時こそ、名乗り出て堕ちた直接この目で今のザムンクレムの民達を確かめよう、と思った。

 だが、今落ち着いて考えれば、自殺行為の様なものである。
 もうあと半年ほど鍛え、体力を付けた後なら兎も角、現在の自分では敵襲を大声で報せる見張り役しか出来ないだろう。

 そうやってイタズラに危険な場所へ行くなら、騎士を目指しクレム先生の元で己を鍛えた方がマシである。
 臆病でもなんでもない。ただアーサーは騒ぐジーク達を見て、何故か冷めたのである。

「単刀直入に言うと、僕は君達が行くのは大反対だ」

 クレム先生は真剣味のある声で、ジーク達の期待の目差しをザッパリと斬った。

「なんでだ! 今の俺なら充分強い! 少年兵とか余裕だ!」

 そう、怒気というには数分違う怒鳴り声で反論したのは、案の定かジークだった。

「確かに、ジークなら民兵より役立つだろう」
「だったらなんで!」

「だが、君の精神はまだまだ子どもであり、君の剣には自酔が乗っている」

 クレム先生はキッパリとジークに対しての評価を述べた。
 これに関してはアーサーも知っていた。
 増長すれば必ず痛い目を見る日が来る。出っ張った杭は打たれやすいのだ。

「でも、そういう意味でも。現実を知るという意味でも、ジークは兵団に入団してもいいだろう」

「……」

 ジークは喋らない。
 流石の彼でも、ここで調子に乗るのは良くないと分かっているのだ。

 アーサーはクレム先生の目を向けながら、密かに感心した。
 良く出来た子どもだ、と。

「バルハもアールも、ジークに着いて行くのなら、それも良いだろう。バルハはジークを動き易くサポートし、アールはジークの届かないところをサポートすればいい」

「————」

 なんだかんだ言って、バルハとアールもそこそこ身のこなしがなっている。
 バルハはこの四人の中で一番頭が切れ、大抵のことは平均以上の結果を出せる天才肌だ。
 アールはアールで四人の中で一番背が高く、力持ちだ。いざという時、皆を庇いながら帰路へと導いてくれるような、そんな逞しさを感じさせる。

 だが、クレム先生の喋り方からすると、アーサーは——

「だがアーサー。君は駄目だ」

「なんで……!?」

 クレム先生による反対意見に、真っ先に疑問を抱いたのはアーサー本人ではなく、またしてもジークだ。

「アーサーは! 最近になって力を付けてる! 俺より走るの早いし!」

 子どもっぽいともとれるジークの意見は、アーサーを仲間として認めてるが故のものだろう。

 ——紛い物の偽物である私を、仲間として見てくれるお前に、感謝を。

 アーサーは心の中でそう、静かに謝礼を贈る。

「確かに、最近のアーサーは力が付いてきている。始めの時よりは体力が付いてきているし、君の言う通り敏捷だ。気配感知の才能もある。増長もしないしね」

「……」

 そんな評価をされていることが、アーサーには嬉しかった。
 ここ最近、頑張ってきたのだ。その結果が高く評価されて、誰が喜ばないのだろう。

 だが、ならば何故アーサーのみ、少年兵団の入団を反対するのか。

 その理由はすぐにクレム先生の言葉によって明かされる。

「だが、アーサー。君は当分ここを離れてはならない。理由は——」

 クレム先生は一瞬だけ、エノに目線を送り、続ける。

「——まだまだ未熟だからだ。そしてその金髪は目立つ。レトアニア側にそれを利用されることも考えられるんだ。僕は、そんなところに君を送りたくない。せめて二年は鍛えてもらわないと、僕は納得しない」

『————』

 クレム先生の静かな説明を聞き、その場は何度目か分からない沈黙が支配する。

 この平原には六人しか居ない。故にこの沈黙は、この世界には彼らしか存在しないという錯覚さえしてしまう。

 この時アーサーが思ったのは——。

「ジーク、バルハ、アール。この少年兵募集の期限は一ヶ月後。ここからビルンデークは丁度一日で着く場所にある。
 なので、君達の出発は三週間後とする。良いね」

『はい』

 三人の少年は落ち着いた声を揃えて、返事をする。

「では解散」

 そうして、四人の少年達は静かに去って行った。

 アーサーは微睡み始めたエノの元へと向かって行ったのだった。

 ——或いは、エノと触れ合うことで、この何ともいえない感情を洗い落としてもらいたかったのかもしれない。


■◾︎■◾︎

 一章も後少し!
 気になる続きはhttp://kuhaku062.hatenablog.com/にて!

『零影小説合作』第七話〝真否と危険〟

 油断した時が危ない的な台詞って、大体強キャラが発しますよね。

 今回は言われる前に危険が彷徨って来たようです。


□◽︎□◽︎




 エノ、不思議な少女だ。


 見ているだけで落ち着くし、何故か自然と見惚れてしまう。


 声もまるで、小鳥の囀りか白色透明のように透き通っている。


 そこそこ、美少女と言っても過言ではないであろう。


 高貴な姿やオーラを出しながらも、貴族や王族特有の自尊心というものが一切と見受けられない。


 前世では自らの行う政治などに、不満や文句などなど口々に言い張る貴族ばかりであったが、このエノという少女となら良い政治ができそうだ、と何故か王様時代の気持ちに戻ってしまった。


 そんなことを小さな岩に座りながら考えていると、後ろから頭に向かって小さな木刀が振り下ろされ、コツンと良い音がなる。


「いった……」


 後ろを振り返ると、異常に眩しい太陽の光が襲い、思わず手を翳してしまう。


「今日は妙に日差しが強い日だね。そこで、それを直感的に見れているかどうか、ちゃんと周りを見ているかということを知りたくてね。どう? ちょっと賢いこと言ったでしょ?」


 そんな軽やかな口調で、光を背に言うのはクレム先生だ。


「分かってますよ、今行きます」


 小さな笑顔を掲げ、また鍛錬を行う原っぱへと戻って行く。


「今日は、エノの衣服やらを買わないとな。あのままじゃ可哀想だし」


「そうですね。でも、女の子だからって先生また変なもの選んじゃダメですよ?」


 アーサーは睨むようにして、クレムを要注意した。


 アーサーにはとある私憤があった。


 クレム先生と小屋で住むようになってから約一日目、衣服が無い為、おおきな街に繰り出し購入した。


 ここまではいいのだが、この人はドレスをなんの躊躇いなく購入してきた。


 理由は、金髪が珍しいから、だそうだ。


 金髪はこの時代、女の方が割合が高く男は少なかった。


 若い男などは昔から戦場に駆り出され、その遺伝子を残すことなく散っていった。


 そして、やはりそのような壮麗な髪は貴族などの裕福な家庭などが多い。


 なんとなく分かる事由だが、男の本能的に女物を着るなど、到底拒絶する。


 それを断ると、なんと急に肩を落とし足を正座のように曲げると、クレム先生は目を覆うようにして泣き出したのだ。


 そのようなお洒落、というより着物の類についてはかなりの自負心があったらしく、騎士道をもとることより辛いことであった。


 結局その服は着ることなく、小屋の主軸となる大黒柱に貼り付けのように飾られた。


「分かってる! 分かってるってば!」


 そんな焦燥をしながら、三人が鍛錬する場所に戻り再開した。


 夕刻、鍛錬も終了しいつも通り小屋に戻った。


 汗で塗られたぐっしょりなシャツで、小屋の外に流れる川の水で顔を洗っていると声を掛けられた。


「アー、サー…」


  それは、綺麗な街娘が着るような服を着たエノの姿だった。


「エノか。中々似合っているぞ、その服」


「そ! そう、かな。えへへ……なんか嬉しい」


 頬を赤くに染め上げるアーサーは、可愛いと感じるより何故か愛らしいと感じた。


「まるで、レテナのようだ」


 そう言うと、また頭の奥で閃光が迸った。


 このようなことは短時間に偶にあるので、完全に馴致したのかと思っていた。


 だが、今回のは純度、というより脳に掛かる衝撃が違う。


 踏襲ができない。


 ーーレ、テナ? 誰だそれは、一体何故言った。


「あっ、ぐっ、あああっ!」


 頭を上下に振り、狂乱したかのように叫び声に近い声を荒げる。


 無意識に不意と起こったことなので、衝撃の後の深淵があまりにも深く余震のようなものが襲う。


「ぐっ、あ!」


 その途端、目から潤みが消え去り全身の力が消失してその場にバタンと倒れこんだ。


「アーサー!? アーサー!!」


 身の危険を感じたのか、木の裏に隠れていたエノが駆け寄った。





 目が覚めると最近見慣れつつある天井が視界に入る。

 身体を起こすと、頭の中身をグチャグチャと掻き回すような不快感がアーサーを襲う。


「アーサー、大丈夫?」


「……エノ」


 声を掛けられた方へ顔を向けると、そこにはエノが寄せてきたと思われる椅子に座っており、その整った顔を傾けていた。


「ああ……大丈夫だ」


 この身体になってから頭痛と失神と妙に縁があるようだ。

 体質なのだろうか。


 そこでふと、疑問が浮かんだ。


「エノ。私をどうやってこの小屋まで運んだ?」


「僕をお忘れかな? アーサー」


 そう言って視界に捻じり入ってきたのはクレム先生であった。


 ——しまった。エノに意識が行ってしまい、完全に忘れていた!


「やれやれ。先ほどもそうだが、余り視線を送り過ぎても怯えられるだけだぞ? ア・あ・サ・あ・君」


「……?」

「五月蠅い!」


 皮肉げに言うクレム先生に、エノは首を傾げ、アーサーは怒鳴り散らすというそれぞれがそれぞれな反応を見せる。


 しょうがないのだ。年頃(ジーク曰く十歳らしいが)の少年に、あんな美少女を置くと、それそれは目線も意識も行ってしまうものなのだ。

 しょうがない。これは自然の理、世界法則なのだ。仕方が無いったら仕方が無いのである。


「にしても君はよく倒れるな、アーサー君。体質なのかい?」


 クレム先生が口にした質問は、アーサーが数分前に浮かべた疑問のそれとほとんど同じ内容であった。


 過去の記憶を思い出そうとすると、出てくるのは記憶では無く頭が引き裂かれるような激しい頭痛だ。

 ——それはまるで、不審な人物が都に入ろうとして、門番に摘み出されるような、そんな印象を受けるものだった。


「はい……まあ、そんな感じです」


 アーサー自身ハッキリしていないので、取り敢えず適当に返事することにした。


 アーサーはそういえばと別のところへ意識を移す。


 ——それはこれ以上、『記憶』のことについて考えたくなかったからかもしれない。


「そういえばクレム先生。私はどれくらい眠っていたのですか?」


「ああ、約八時間くらい、かな。もう朝だ。君用に朝食を作っておいた。夕飯も食べていなかったからよく食べるように」


 クレム先生はそう言ってテーブルの上に置かれた皿を、顎で示す。

 だがその口調はまるで、


「どこかへ行くのですか?」


「ああ。僕とエノは先に食べたからな。エノの服をこの村の雑貨屋で買おうと思って。服は未だしも、女用の下着を騎士様が買っていると思われると、アレでだな……」


「ああ、なるほど。分かりました」


 エノの顔ばかりに目線を送っていて、そこまで考えてなかったアーサー。

 だが確かに、クレム先生一人が行くとアレだし、かと言ってエノ一人だけに行かせるのも心配だ。


 アーサーも行きたかったと思ったが、タイミングが悪かった。

 止むを得ないという考えと少し刺激が強過ぎるなという考えで、自分を無理矢理納得させる。


「クレム先生。決してエノに危険が無いようにお願いしますね」


「肝に銘じておくよ」


 暗に「血迷ってエノを襲うことが無いように」と皮肉るアーサーに対して、またもや不細工なウインクを送るクレム先生。

 正直不快である。


「では、行ってくるよ」

「大人しく、しててね。アー、サー」


「気をつけてな。エノ」


 出発を告げる二人とエノにのみ挨拶をするアーサー。


 早足で出て行く二人を見送ってから、アーサーは小屋のドアを閉める。


 さて、朝食を食べようと椅子に座ったところで、ドアがノックされる。


 ——トン、トントントン。


 アーサーは二人が何か忘れ物をしたのだろうと思い、ドアノブに手を掛ける。

 なんだかんだでうっかり屋の二人だ。よくあることだろうと、そんな平和なことを考えながら。


 ——それはエノという大きな存在に浮かれ、気が抜けていたからかもしれない。


 はっきり言って、アーサーは油断をしていた。


「なにを忘れたんだ、クレムせんせ——」


「は〜あぁ〜い」


 扉を開いて現れたのは、安心感を与える落ち着いた青髪では、なかった。

 そこに現れたのは危険色の赤色だった。


「なッ……むぐっ!」


「はーいはーい。静かにね〜ぇ」


 口を手で塞がれて小屋の中に押し込まれる。

 その勢いのままに、アーサーは赤色に寝床まで押し込まれ、やがて押し倒される。


「また、二人でお話、しよっか?」


 アーサーの紅い瞳に映るは赤髪の少女——のような悪魔。


アスタロト、だよ?」



■◾︎■◾︎


 ドキドキ! 赤髪美少女と二人っきりのお留守番!

 気になる続きはhttp://kuhaku062.hatenablog.com/にて!

『零影小説合作』第六話〝未開と決定〟

 いよいよヒロイン登場ですね。
 これからどのように物語に絡むか気になります。



 クレム先生が道端で倒れていたという一人の女の子を拾ってきた。

 夜空を思わせるかのような暗く青い髪をした不思議な少女。

 一見、大人しそうにも見えるが、なにか曖昧な力というより、複雑化した何かが縫うようにして彼女を襲う様な感覚。

 この力をどうやって表現するかは、自分には不明瞭すぎた。

 しかも、服がこの辺りに住むリトアニアの民たちのものではない。
 特別というより、別格な高貴な服を着ている。

 余程の高貴族か、ましてや王族か。

 何かの騒動の火付け役として駆り立てられ、逃げてきたのか。

 そんな、素人染みた予測を自分の中で立てていた。

 繊細なその体つき、そして手の柔らかい感触。

 何故か、それは自らを高揚させ、冷静さを失いそうだ。

 漸次、時間が経つにつれ烈火の如く暑かった首筋の熱はだんだんと落ち着いた。

 どうやら先程よりかは鎮静されたのだろう。

 病気、という定義や必定にすることなど詳しいことは一切しらないが、兎に角今は治ることを祈るばかりだ。

「それにしては暇だ……」

 看病をして見守るのはいいが、やることが何もない。

 第一腹の虫がグルグルと、叫び声にも匹敵するほどの荒々しい音をだし、食欲を誘惑する。

 そのうるさい腹声が少女を刺激したのか、小さな可愛いらしい唸り声のようなものを開け、目をさます。

「んん……うぅ」

「起きたか、娘よ」

 美しい蒼髪をした少女はまだ目を完全には開けられず、薄い視界を彷徨っているようである。

「あな……たは……」

「私はアーサー。私の師が君が倒れている所を見つけ、ここに運んだのだ」

「アー、サー」

 すると少女は、まだ眠そうな顔で無理矢理笑顔を作って名乗るかのように思えた。

「私は、誰?」

「!!」

 唐突のとんでもない発問に、目を皿のようにして動揺した。

 高熱の衝動で記憶が吹き飛んだか、はたまた消されたのか。

 物情騒然のこの世でそんなことは不条理にも有り得ることだ。

 今、聞きたいことは山々だ。

 だが、弊害がこの女の子の脳を蝕んでいるのか、ならば余計な穿鑿をすればまた彼女を刺激して悪化させるのかもしれない。

 そう察したアーサーは、できるだけ考えついた別の方法でなるべく、便宜的なことは避けるようにした。

 ——中途半端な発想で思いついた質問はまた悪影響を与える可能性が高い

「君……」

 と、いい掛けた瞬間であった。

「お! 起きたんだ! その子! 何処からきたのか分かった?」

 クレムが狙ったかのようなタイミングで帰還した。

 バカ野郎! とアーサーは心の中で叫ぶ。

「何処から、私は……」

 ——逃げろ!  お前まで殺されるぞ!

 ——儚きものよなあ!!

 ——ぐああああ!!!

 ——逃げて! 貴方がいなければこの国の崩壊は免れないわ!

 ——お前は生まれてくるべきではなかった

 全てを思い出したかのように、不用心にこちらをみると、碧玉のような目がまた瞼に閉ざされゆく。

 だが、小声のように彼女は最後に呟いた。

「やっと、会えたね……」

 その言葉に思考が止まった。

 いや、その場の空間の時間が停止した。

 白い槍のような何かが、自らを貫くような感覚が襲う。

 ——何か、何かを思い出さなければならない気が

 有象無象な考えの放列は、一つの言葉の砲弾によって、壊滅した。

「あれ? また寝ちゃったのか。まあ、病気が併発しないようにまだ寝かせておこう」

 アーサーは、まるで全世界の苦悩を一人背負っているかのような表情になる。

 考えすぎか、それとも唐突すぎることについてゆけないだけか。

 完全に思考が飽和しきっている。

 目を細くして考えを一度見限ると、なんとか落ち着かせることはできた。

 だが、謎は深まるばかりであり突破口を見つけるのはまだまだ難しいようだ。

「この少女は一体、物語のどんな鍵を持っているというのだ……」




 翌日、天気は雨だった。

 雨となると、外で鍛錬はできないので、それぞれ自主的に鍛錬することになっている。とクレム先生は言っていた。

 アーサーも自主的——クレム先生が居るので半ば強制的——に室内で鍛錬していた。
 腕立て伏せに腹筋運動、スクワットなど。
 彼は汗で床を汚しながら徹底的に鍛錬をしていた。

 昨日までのアーサーならここまで真剣にはならなかったのだろう。

 だが状況が違う。
 クレム先生のベッドに一人の少女が眠っていた。

 アーサーは当初、少女にばっかり意識が行っていた。
 だが気にしてもしょうがない。今は休ませなければならないのだ。
 だが、どうしても気になってしまう。意識が吸い込まれるように、少女の方へ行ってしまう。

 気にしてもしょうがない。だが気になってしまう。
 その繰り返しになり、居ても立っても居られなくなったアーサーは、鍛錬に励むことで気を紛らわすことにしたのだ。

 クレム先生はそんなアーサーの様子を見てうんうんと頷きながら、テーブルの上で何かを書き始めた。

 ——憶えていろよ、クレム。いつかその面を一発ぶん殴ってやる。

 アーサーは恨めしやと言わんばかりの表情でクレム先生を睨み、ひたすら腕立て伏せをするのであった。


 少女が目覚めたのは、丁度昼食の時間だった。

「んん……」

 真っ先に気付いたのはやはりアーサーだった。
 なんだかんだで、意識が少女かあ離れなかったのだ。

 少女は右目を擦り、寝ぼけたもう片方の目で周りをぼんやりと確認する。

 やがてアーサーの方で目線が止まり、

「アー、サー」

 金髪の少年の名を呼ぶ。

 その声に気付いたクレム先生は書物をしまい、少女の元へ近付く。
 それに呼ばれたアーサーも続く。

「やあ、気分はどうだい?」

「ん、もう、大丈夫、だよ?」

 途切れ途切れに喋る少女からは覇気を感じられない。
 弱々しい、というよりはなんだか怠そうだ。

 ——静かで落ち着いてそうな少女だ。

 アーサーは一人、勝手にそう考え込む。
 そしてアーサーはその紅い瞳を少女の碧い瞳を見つめ口を開く。

「腹は空いていないか? エノ」

「エノ……?」

 アーサーの言葉の後半を繰り返し発音する少女。
 クレム先生も首を傾げていた。

「ああ、君が昨晩、一度目覚めた時に私に名乗っていたではないか」

「そうなのか? アーサー」

 半分、嘘だ。
 昨晩目覚めた時の彼女の様子……記憶を失っている印象を受けた。
 彼女は言った。私は誰、と。

 なので、取り敢えず、アーサーは彼女に『エノ』という名前を与えることにした。

「エノ……エノ。うん」

 流れる蒼髪の少女も気に入ったのか、口の中で名前を繰り返し口に発している。

「じゃあ、エノ。君には色々聞いておきたいのだが、まずは昼食としよう。丁度三人分作ったからね。立てそうかい?」

「う、ん。立てる、よ」

 少女——エノはゆっくりと立ち上がり、椅子へと向かう。

 どうでもいいが、エノが座ったのはここ二日間アーサー座ってきた椅子だ。
 アーサーは無意識に椅子を見ていた。

「アーサー? 君も座りなさい。座ったら祈りを始めよう」

 今日の献立は鶏肉を焼いたものと黒パンだった。


「それでエノは何処から来たんだい?」

 恒例の食後の祈りを終え、エノに対する質問の時間がやってきた。

「分から、ない……気付けば、倒れちゃってた、の」

 エノは形の整った眉毛を八の字にし、途切れ途切れに言った。
 やはり色々と忘れてしまっている様子だ。

 これまた哀れな者が現れたものだ。

 アーサーは自分がクレム先生にどう思われてるかを棚に上げ、内心でそんな感想が出ていた。

「はあ……」

 クレム先生は重い重い溜め息をつく。
 アーサーはそれを聞き、何かを口走ろうと口を開いたが、結局何も言わずに閉じる。

「取り敢えず。エノ。当分この小屋で住むと良い。ここは小さな村だが……。騎士である僕のところに居た方が一番安全だろう」

 はた、と顔をを上げたのは当人ではなく、アーサーだ。
 クレム先生はそんなアーサーにウインクを送る。開いてる方も半分閉じかけている下手くそなウインクだ。

 ——忌々しい。

 アーサーはその目の端を吊り上げ、クレム先生を睨む。
 一方、クレム先生はどこ吹く風だ。

「えー、と。じゃあ、ここに、居よう、かな」

 エノはそう言ったことで、暫くこの少女がこの小屋に住み着くということが決まったのだった。

 意味の分からない歓喜に踊る心を意識的に無視して、アーサーは頷く。
 そしてアーサーは気付いたようにクレム先生へ言い放つ。

「ならば、エノの衣服などを用意しなければならないんじゃないか?」

 アーサーがそんなことを言い放つ頃には、雨は止んでいたのだった。


■◾︎■◾︎

 余談ですが、エノという名前は私こと影星が勝手に考えた名前です。
 由来は英語で一を表すOne(ワン)を、逆さにしてEno(エノ)としたのをそのまま付けました。
 我ながら単純です。