『鬼魔王』第二話
ヒロイン枠は使者ちゃんなのかもしれない。
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『鬼の魔王は平和好き』
第二話『非常』
現在、俺は森を全力疾走していた。昼に行った『パラライの森』の中をだ。
自己鍛錬は涼しい朝の森で行う。朝方だと程良く涼しいからだ。
夜でも良いんだが、魔物や動物が活発化してめんどくさい。
涼しい向い風が俺の汗を冷やす。
いや違うな。俺の汗は風で冷える前から冷えてる。冷や汗というヤツだ。
というか今は深夜だ。涼しいには違いないが、少し肌寒いか。
魔物と動物の気配を避けながら走っていたので、現在俺が森のどこら辺に居るのか見当たりがつかない。
「お待ちください!! 私から逃げ切れるとお思いなのですか!?」
「逃げ切ってみせます!」
もう一時間程、王都からの使者に追いかけられてる。
あの後、俺は一度使者ちゃん御一行を部屋に入れて、そのまま部屋を出て逃げた。
そしたら使者ちゃんが凄い勢いで走ってきたので、俺も全力疾走で森へと逃げたのだ。
使者ちゃんは誤差程度だけども俺より足が遅い。だが、この俺の本気の走り込みについてきて、しかもまだ息切れしてないとこを見るにどうやら体力に自信があるタイプらしいことが分かる。
いやそれは良い。俺もまだ一時間程走れる。
注目すべきは何と言っても使者ちゃんの御胸だ。
なんなんだあれ。尋常じゃない揺れ方してる。柔らかそうだなあ……
そんな肌触り良さそうな黒髪の尻尾とそのでっかい御胸を揺らす美女に追いかけられてるが、割と笑えない領域の話になっている。
ネルサのおっさんの談ではあるが、俺は超人並に強いと聞く。勇者になる前はそうじゃなかったが。
問題はそんな『勇者』レベルの俺に追いついてきてるのだ。
何者なんだよあの使者ちゃん。
「私はッ! 私は王都で最も持久走に優れてるんですからね!! 何れ『勇者』である貴方でさえも息切れして私に追い付かれるんです!」
「知ったこっちゃないです!」
よく分からんが持久の超人らしい。そういう能力なのかもしれん。
ならここは全身全霊全力全開で加速して撒くしかないのかもしれない。それで撒く自信がある。だが今は出来ない。
何故なら全身全霊全力全開で走る時は一直線じゃないと最速が出ない。
こんな木の多い森で一直線に走ったらどうなるかくらい、陽を見るより明らかと言えよう。
それ以外にも全身全霊全力全開で走れない理由はある。
昨日雨が降ったせいか、まだ土がぬかるんでいるんだ。
そんな状態で全身全霊全力全開で走ったら、足が持って行かれ転んでしまう。それくらいのこと魔物でも分かると言えよう。
要するに森を抜けるまで現状保持するか。それか脚を止めて諦めて王都に向かおうか。
考えて見れば王都に行ったところで何か問題はあるんだろうか。
そうだな。まずは一旦止まって話を聞こう。なに、お互い人間だ。話し合ってお互いの主張を認め合おう。もしかしたらこの使者ちゃんと仲良くなるかも知れない。そうしてどんどん仲良くなるのだ。食事に誘ったり、一緒にお茶したり、一緒に食事したり、一緒に昼寝したり。そうして関係を築き……
と、違う違う。使者ちゃんは王都からの使者と言っていた。関係を築くのは不可能だ。うん。
とにかく、話して理由がダメだった場合は木刀で気絶させて逃げよう。うんそうしよう。今決めた。
そう考え、脚を止める。
いきなり俺が止まって戸惑ったのか、勢いを殺し切れず、勢い余って使者ちゃんは俺の背中にぶつかってきた。
「!!!!!!!」
あ。これは。やばい。
背中には使者ちゃんの豊満な胸が強く押し付けられた。一瞬だ。
大きい。柔らかい。やばい。
幸せな気分だ。やばい。
この気分にあえて名前を付けるとしたら、それは『至高』。やばい。
ほんの一秒にも満たない、ほんの一瞬、ほんの刹那。そんな短い時間の現象で人はここまで幸せな気分になれるのか。マジやばい。背中にこう、むにゅっとした感触を受けただけで、何が起こったか。どんな奇跡が起こったか。それを瞬間的に感じ、理解した。そう 、どんな達人だろうとここまでの反射神経を発揮することは無いだろう。俺が『勇者』だからそれを可能にした?馬鹿馬鹿しい。これは本能が成した『奇跡』だ。男の性とも言える本能を刺激し、起きた奇跡。そう、そんな奇跡が起こった上で迎えるのが『至高』であり──
「んゥ?」
気付けば背中に何かを乗せられ、地面とキスをしていた。
多分背中に足を乗せられてる。立てない。
「王都に行く気になったみたいで何よりです。出発は明日の朝にします。ではお休みください」
そして背中から力が流れてくるのを感じ、最後に使者ちゃんの絶対領域を目に収めようとして俺は意識を手放した。
"""
起床。
ベッドから寝起き特有の重い体を起こし、窓から外を眺める。
早朝の様だ。
くすんだ青色の西の空には他の色は存在していない。東の空には朝を告げる光が顔を出し始めている。
今日はいい天気になるんだろう。そんな日には腹一杯食って、木の陰で寝るのが幸せなのだ。
朝食は昨日近所の人に貰った芋でスープ作って、グリウル狩りでもしてネルサのおっさんにお昼をご馳走にしてもらうかな。そうしよう。
「うおっ!」
朝食の用意をしようと思ったら、テーブルの上で黒く動きやすそうな服をした、白髪の偉丈夫が瞑想をしていた。
誰だ。どっかで見たことあるような気がする。
とりあえず顔面を蹴ってみようか。全力で。
無断で侵入した奴が悪い。泥棒を許せる程裕福でもないのでね。
「はァッ!!」
偉丈夫の顔面を思いっきり蹴る。
強い衝撃を偉丈夫の顔面にぶつけ、鈍い打撃音と共に後方へとぶっ──飛ばない。
「!?」
俺の蹴りは偉丈夫の額に当たったところで止まっていた。
全力で蹴ったはずなのに。どんだけ丈夫なんだ。
そして何故か金縛りにあったかの様に動けない。なんだこれ。なんだこれ。
「起きたか『勇者』」
黒い偉丈夫は低い声で早口にそう呟いた。
その瞬間、俺の体を縛っていた金縛りが解けた。
脚を下げる。
「支度しろ。王都へと向かう」
「行きません。王都に行くつもりは、ないのでっ!」
俺はそう口にしながら右の拳で偉丈夫の鳩尾に渾身の正拳突きをお見舞いする。
が、片手で俺の拳をおもむろに掴んで止められた。一切の衝撃も無かったかの様に。
またか。
「そうか。ならば力尽くだ」
黒い偉丈夫は掴んだ拳を自分の後ろへ時計回りにぶん投げた。
勿論俺の拳をぶん投げることは腕を通じて俺の体全体がぶっ飛ぶことになる。迫る壁に受け身を取り、すぐに立ち上がる。
そして視線を慌てて偉丈夫に向けた時には、偉丈夫の俺の顔とそう変わらない大きさの拳が迫ってきていた。速い。
左腕でなんとか受け流す。
偉丈夫の拳に込めた勢いが時計回りに流れる。
偉丈夫はその勢いを利用し、左の回し蹴りを放ってきた。威力がヤバそうだが、対処が限られる。
咄嗟に両腕で受けるも勢いを殺しきれずにぶっ飛ぶ。
身体が金縛りに掛かったのか動かない。しまった! 奴の術か!
俺は回し蹴りを受けた姿勢のまま、受け身も取れずに角の壁へと吸い込まれる。
背中に強い衝撃を受けると共に金縛りが解ける。
「かはッ!」
すぐに床へと手を乗せ体勢を直し、立とうとする。
だが、
「続きは王都でだ」
顔を鷲掴みされ、例の金縛りの術を掛けられた。
金縛りから抜け出す方法に心当たりがあるが、ここでは俺の家──ハインケル達が住んでた家が壊れてしまう。
もどかしさに心の中で舌打ちをし、視線だけ偉丈夫に向け、睨む。
「俺の名前はトゥタ。トゥタ・レベアルソン。王の命令により王都から来た使者の一人だ」
黒い偉丈夫は俺に向かって低い声で早口にそう呟いた。
使者ちゃんとこの使者さんでしたか……
俺はそうして少し苦しい二度寝に沈むのであった。
"""
「勇者。起きろ」
声を掛けられ、意識を覚醒させられる。
子どもの頃から他人に起こされるというのは嫌いだった。何故なら身体を休ませるという「行動」を邪魔されるということだからである。
俺は誰かに自分の「行動」を邪魔させられるのが嫌いだ。
「ああ、そういえば二度寝してたんでしたか」
「そうだ。王都に帰る為に食料を揃える。お前は自分の荷物を支度しておけ」
そう言って偉丈夫──トゥタはその肩からから俺を降ろした。
周りを見る。
朝だというのに集まる人の群れ、生肉や生魚の生々しい臭い。
どうやら家からそう離れてないところにある「アラパイ」の露天市場に来ていた様だ。
そしていつの間にか金縛りは解けていて動ける状態になっている。つまり、今の俺は自由だ。逃げ出すことも出来る。それを承知の上でのことなのか。
そんな俺の思考を察したのか、トゥタは言う。
「王都からの使者は俺と昨晩お前を追いかけ回したジャム、そしてあともう一人居る。最後の一人がお前を常に見張っている。だからお前が逃げようが問題ない」
偉丈夫は相変わらずの低い声で早口にそう言った。
使者ちゃんジャムって名前なんだな。ついでに誕生日や好きな男性のタイプとか好物と嫌いな物とか教えてくれないかな。
それはいいとして俺を見張っている奴が居るって言ったか。
昨晩ジャムちゃんが俺の家に出向いた時点から俺を見張っているっていうなら、かなりの隠密性と言える。
自分で言うのもアレだが、こう見えても俺は気配に敏感だ。常時俺を見張っているのに俺がその気配を感知出来ていないとは。
そういう能力だったとしても、かなりできるということが分かる。何故なら隠密性が高いということは、奇襲を成功させる可能性が高いということだからだ。
いや、ブラフという可能性もある。あると言ってもその可能性は低いと思う。
俺が国王だったら勇者を回収させる人員は先の二人と万が一勇者が逃げた時のために高い隠密性と高い追跡力を持つ者を送るだろう。
ならば素直に命令を聞けばいいか。
「支度を終えたら西の門に来い。昼までに来ない様ならこちらから出向く」
つまり昼までは自由行動か。案外優しいな。
俺は家に向かった。
それにしてもトゥタは露天市場で何をやっていたんだろうか。食糧調達だろうか。
ここから王都へは確か五日間だ。馬車なら二日半だと聞く。
三人分……いや、四人分の食糧か。
ならば俺を担ぎながらじゃなくてもいいはずだ。
本当に何をしていた、何をしようとしてたのだろうかね。
そうこう考えている内に家に付いた。
俺に物心がつく頃にはこの家でハインケルの両親と産まれて間も無いハインケルと一緒に暮らしていた。
ハインケルの両親曰く、俺の実の両親はもう「居ない」らしい。
そしてハインケルの両親は俺の実の母の妹、要するに俺の叔母の家族だ。
そんな家族が住んでいたこの家も、今日で主を無くす。
管理はネルサのおっさんがなんとかしてくれるだろう。
俺は家に入った。
「んゥーっ、今日からここともお別れですか」
なんだかんだで王都に行くことになってしまったが、どうせ四ヶ月後にはこの町を出なければならない。今か、後かという程度の差だ。
四ヶ月後までこの町に居なきゃいけない理由はない。時期になるまで王都で修行でもすればいいのだ。
……そういえばあの魔族嫌いの国王に呼ばれて王都に行くことになったんだっけか。
すぐに戦争へ駆り出されることもあるかもしれないということか……
王都までの道中だけでもトゥタに相手してもらうか。
ネルサのおっさんも言っていた。「坊主は確かに強いと思うが、経験は積んでおくべきだ」と。
先のトゥタとのちょっとした戦闘で分かった。俺には経験が少ないと。
トゥタが俺より強かったら国王がとっくに戦闘へ駆り出しているだろう。勇者である俺より強いのだから。国王はそういう奴だったはず。
俺とトゥタの差は経験だ。四ヶ月後までに経験を積まないとな。
「そういえば朝食まだでしたね」
窓の外を見ると東の空には黄色い太陽が輝いている。
一、二時間程二度寝していたってところか。
腹が減った。空腹だ。
折角だしネルサのおっさんのとこで食うかな。王都を出ることになったことも言わなければいけないし。
俺は纏めた荷物をベッドの上に乗せて、外へ出た。
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どうでもいいけど、相手が知り合いでも他人でもラッキースケベな異性と身体的な接触があったりするとなんか気まずいですよね。
俺の場合は「よっっっっっっしゃ!」という感情と「うわあ……申し訳ないです……」という感情とで複雑な気分になります。
謝ったら謝ったでなんか気まずいですしね。