影の呟き

影さんの小説を主に飾るブログです。

『鬼魔王』第三話

王都からの使者の三人が揃うようです。
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『鬼の魔王は平和好き』
第三話『告別』


「おーっとちょい待ち、何も言うな。誰か当ててやろう」

 俺は今ネルサのおっさんの家の前で立っている。
 ドアをノックしたのだが反応がこれだ。
 いつまで経っても遊び心を忘れない面白いおっさんだ。そういうところが仲間を惹きつけるのだろう。
 このおっさんなんで嫁さんと別れたんだろう。

「おーん、リオールか?」
「ご名答」
「ハッ! なんだ今日も朝飯か? とにかく入れよ」

 ドアを開け中に入る。
 自宅とそう変わらない木造の家。部屋が一つあるシンプルな家だ。
 香ばしい芋の匂いがする。俺の大好物の芋スープだろうか。

「そこで座ってろ。すぐに朝飯出してやる」
「ありがとうございます」

 席に座る。
 ネルサのおっさんにも随分と世話になった。
 ハインケルの両親が戻ってこなくなってから、面倒みてくれたのはネルサのおっさんだし、俺達に料理から掃除のし方まで教えてくれたのもネルサのおっさんだ。俺達が病気になれば、俺達を担いで医者のところに運んでくれるし。
 こんなおっさんになっても子どもみたいな遊び心を忘れない。楽しいおっさんだった。
 本当になんでこのおっさんバツイチなんだろうなあ……

「おら、朝飯だ。アラパイ芋のスープは野菜豊富で栄養がドカーンだ。朝は腹を温めるに限る」

 テーブルの上に香ばしい匂いをした芋のスープと黒パンが置かれる。
 地味に俺はこのスープが好きだ。
 因みに、ネルサのおっさんは料理を出す時、よくメニューの説明をする。何故、と聞いても「へっ、こういうのは形式があるんだよ」と笑って言ってくる。
 いつもの「それっぽいこと」ってヤツなのだろう。
 本当に精神が若いおっさんだ。

「ん、やっぱり美味しいですねえ。俺にはこの味出せませんよ」
「ハッ、何年も作ってるからな。お前にこの味を再現されたら、俺でも泣くぜ」

 そうして俺とおっさんは笑みを交わす。
 例のこと、言っちゃうかな。

「おっさん、」
「王都に行くんだろ?」

 言おうとしていたことを先に言われたので、「えっ?」と間抜けた声が出た。

「わーかってらァ。昨晩、なんか高そうな服を着た、おっぱいがでけぇ姉ちゃんに追い掛けられてたお前を、目撃した奴が居てなあ」
「そう、なんですか」

 目撃者なんて居たんだ……

「俺の情報筋によると、王都の奴らしいからな。市場で噂になってたぞ?」
「あ、そうなんですか。というか行商人ですよねその情報筋って」
「へっ、かっこつけさせろや」

 さすがおっさんだ。もう知られているとは。
 少し緊張したのが無駄だったようだ。

「はい。その噂は事実で今日のお昼に出かけることになりました」
「そう、か。んじゃああの家はどうすんだよ?」

 あの家とは、ハインケル達の家のことなんだろう。

「おっさん辺りが面倒見てくれると嬉しいんですがね。ハインケルが帰ってきたらハインケルに譲ってあげてください」
「へっ、いつもいつも面倒なこと押し付けやがって。あァかったよ。畏まりだ」

 本当に毎回お世話になってます……。
 使命を終えたらなんか恩返ししてやりたいな。新しい嫁さん紹介するとか。
 ああ、あとアレも言わなきゃな。

「あと、呉々も、十八歳、成人になるまでハインケルを町の外に出さない様に。ハインケルに何かあったら、母様や父様に顔向け出来ないので」
「ハッ、たりめぇだ。あいつらは俺のダチでもあるからな」

 確かに。
 俺が子どもの頃から仲が良かった。
 父さんと一緒に仕事行ったり、一緒に酒飲んだり。
 母さんに料理を教えたのもネルサのおっさんだったらしいしな。

「本当に。お世話になりました。勇者の使命を果たした後、恩返しでもしますよ」
「ハッ。足りめェだ。だからって新しい嫁を紹介するとかやめろよ?」

 「たけえ家とかでいいぞ」と付け足すネルサのおっさん。
 何あげるかその内考えておかないとな。新しい嫁さんいらないみたいだし。

「ああ、そうだ、リオールや」
「……? なんでしょう?」

 おっさんは頭をかいて何を言おうか迷ってる様子だ。
 なんだ?

「早く、この世界を平和にしやがれよ。俺が生きてるうちに」
「ハハッ。またらしくないこと言い出しますね。チャチャっとやってきてパパッと平和にしてきますよ」
「おう……おう!」

 おっさんは手を前に出してきた。
 俺はその手をしっかりと握り握手する。
 暫しの別れだ。

「では、行ってきます」
「おう。達者でな」

 俺はおっさんに見送られながら、道を歩いた。


"""


「さて」

 俺は現在、『パラライの森』の中を歩いている。
 生い茂る木の臭い。程良く柔らかい地面。陰に隠れてこちらを見る動物。影に潜み餌になりそうな俺の力量を見極め、諦める魔物。

 時間的にまだ二時間くらい余っている。
 他にやることもないし、そのまま荷物纏めて使者組と合流しても良いんだが、俺はふと会いたいと思った奴と会う為に森へ来ていた。

「止まれ」

 凛とした女性の声が耳を擽る。
 一瞬、どこから声を掛けられたか分からなかった。
 肩に白く美しい女性の手が乗せられていた。
 それを見て俺は瞬時に悟った。俺に気配を気付かれず、俺の背中をとった者。恐らく──

「私は国王様からの命令でお前を見張っていた者だ」
「随分と気配を消すのが上手いんですね。三人目の使者さん──いや、密偵さんの方があってるかな?」

 俺は体ごと後ろに振り向いた。
 そこには先の使者達とは違った、動きやすそうな森林迷彩色の服を着た、細く綺麗な女性が姿勢良く立っていた。
 俺の目と殆ど同じ高さにある瞳は血にように赤い。

 使者──密偵さんはその形のいい唇を動かし、凛とした美しい声を発する。

「逃げ出そうというなら、気絶させて連れ戻すが。お前の様子からしてお目当ては私のようだな」
「ええ。ちょっと、聞きたいことがありましてね」
「なんだ」

 密偵さんは眉を顰め、右足でトントンと鳴らし始める。
 この人、なんか不機嫌だな。物凄く綺麗だからその姿も様になっているが。

「陛下の命令で俺……『勇者』を回収する様貴方がたは命令された様ですが、」
「ああ、そうだけども? それがなにか」
「陛下の目的はなんでしょう」

 密偵さんの眉間の皺が更に深まる。不機嫌オーラが凄い。
 心なしか密偵さんの周りが暗くなって、より一層威圧感が増している。

「それは、私から言うことではない。あの魔乳おん──ジャム・ヘレンテイルから聞け」

 ちょっ、今魔乳女って言おうとしませんでした?
 密偵さんはスリムでまた違った魅力があると思うんだが。気にしてるのかな?

「そうですか。俺の名前はリオール・アルデバ──」
「知っている。私は、レイダだ。レイダと呼べ」
「レイダさんですね。王都まで、宜しくお願いします」

 俺は頭をさげる。
 ハインケルの母さんに言われたのだ。挨拶は大事だ、と。
 トゥタさんと合流したら改めて挨拶してこないとな。

 と、返事が来ないので様子を伺おうと、前を向いた。

「って」

 レイダさんは美しい黒髪の尻尾を左右に揺らしながら歩いていた。無愛想な密偵さんだ。
 と、気付けば姿を消している。凄いな、音もしなかったぞ。

 俺はその後、ここらで生える薬草などを摘んで、荷物を取りに家へ戻り、昼飯に美味しくないグリウルの肉を頬張った。

 俺が持って行く荷物は以下の通りだ。

 ・木刀三本。これは修練用だ。
 ・片刃鉄剣五本。戦闘用。
 ・着替え四着。
 ・さっき積んだ薬草の類。これは非常用。
 ・保存食。最低二週間は持つ。
 ・煙玉二個。一応。
 ・最後に、『勇器』アルデ=バルデ。これはいざという時の武器だ。これを使えばトゥタさんにも勝てる自信はある。

 『勇器』は腕輪の形状にして左手首に、鉄剣一本は左の腰に刺し、残りは安いリュックに詰める。
 確認が終わったところで重いリュックを背負い、家を出る。

 すると、外には密偵──レイダさんが居た。

「行くぞ」

 先を行くレイダさんの後ろに続き、俺達は使者達が待つ西門に向かう。

 天辺に登った太陽が照らす。今日は暑いな。


"""


「来たようだな」
「遅いですね」

 向かってくる俺に気付いた二人の使者はそう呟いた。

「時間通りだと思いますが」
「約束時間前に来てスムーズに行くのが常識です。これだから田舎者は……」

 使者ちゃん──ジャムたんが腕を組み、その夢の塊を揺らす。
 なるほど。魔乳とはよく言ったものである。
 あとなんか後ろのレイダさんが不機嫌そうに足を鳴らしている。

「あの。改めて挨拶がしたいなと。一応皆さんの名前は知っておりますが、礼儀ということで」
「分かってるじゃないですか」

 最低限の礼儀だからね。田舎者田舎者言われるのも、まあ間違ってないけど嫌なんだよ。馬鹿にされるの。

「俺は、リオール・アルデバランです。神託で選ばれ、その、『勇者』をやっております」
「私はレイダだ。レイダ・クリソストモ。クリソストモ子爵家の次女だ」

 そうか。やっぱり貴族関係の方達だったか。まあ当たり前か。

「もうっ!私が先に言うつもりだったのに!」
「ふんっ」
「……俺は、トゥタ・レベアルソン。レベアルソン伯爵家の次期当主だ」

 おお。流石トゥタさんだ。

「もお! トゥタだんまで! 結局私が最後になったじゃないですか!」
「ハハ……まあまあ」

 ジャムたんの扱いが意外と面白いなあ。

「私は、ジャム・ヘレンテイルよ。ヘレンテイル侯爵家の長女よ。一応、この任務の責任者をやっているわ」
「そうなんですか。宜しくお願いします」
「ふんっ」

 強調された大きな御胸が揺れる。

「チッ」

 露骨にレイダさんが舌打ちをした。不機嫌な密偵さんだ。

「では出発するぞ」

 トゥタさんが早口にそう告げ、歩み出したので、それに続き街を出る。

「私が今回の責任者なのに! 置いてかないでください!」

 弄られてるなあ。ジャムたん。
 躓いて、その御胸俺の背中に押し付ける、なんてハプニングも無く俺達は街道を歩いた。王都に向かって。


"""


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弄られて涙目のジャムたんであったー。