影の呟き

影さんの小説を主に飾るブログです。

『零影小説合作』第二話〝真実と金髪の少年〟

 ※改訂版です。

 誤字や私(影星)とゼロ君による呼称の違い、あとは不自然と思われる表現を一部直しました。


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 少年達に連れられるがまま連れてこられたのは、一つの村だった。


 さほど大きな村ではない。


 だが、何かの侵入を阻むかのように周りには山々が連なっており、草木が障壁のような形で囲んでいる。


 小道は一本だけであり、非常に見つけにくい場所に存在した。


「おーい! アーサーなにやってるんだよー! こっちだぜー!」


 まるで自然の砦のような村に見惚れているうちに、子ども達は先に進んでしまったようだ。


 白髪の少年がこちらを一顧しながら村へ入っていった。


 少し躊躇いはあったが、無駄な思考は避け、岩石のように顔を固め、唇を噛み締め、如何にも意識を前向きにした。


 中に入ってゆくと、そこまで奇怪な場所ではなかった。


 農民は畑を耕し、女子どもは家畜の世話をしている。


 だんだんとその光景をみるうちに剣を鞘に戻すかのように表情が緩んでゆく。


「おーい! ここだ、ここ!」


 先程の白髪の少年がこちらに手を振っている。


 そこは周りの石造りの建物と変わらない、ただの小屋だった。

 石と石の割れ目からは草が芽をだしている。


 だがまるで、こちらを睨みつけるようにして監視しているようにも見える。


 この身体について、何か手がかりが見つかるかもしれないと期待してきたが、そんな都合が良いものなどなかった。


「あの子ども達と変わらない平民如きが、一体なにを知っているというのだ……」


 そんな今更のような愚痴を小雨のようにポツポツと呟くと、木材で出来たドアを開けた。


 ギギギと不愉快な音が耳の中で反響する。


 そして目の前に現れたのは…


「やぁ、アーサー。待ってたよ」


 いかにも貴族然の口調でこちらを出迎えたのは、豪勢さをアピールしたいのか、足を組んで如何にも高そうなワインを喉に注ぐ明るい茶髪の男性だ。

 どうせ安価な酒だろうが。


「これが、先生?」


「あぁ。ほら前に言っただろ? 剣技や作法を教えてくれる騎士様がこの村に来てるって! お前も前から来たいって言ってじゃん!」


 こんな昼間から酒にありつく騎士様が、か。

 いよいよアーサーの中の期待は完全に決壊した。


 だが、奴は大人だ。


 この国のこと、そして今の私の姿や現状について何か知っているかも知れない。


「すまぬ、先生とやら。おかしなことを聞くがここは何処の国の何処の村だ? そして私のことをどこまで知ってる?」


 そう、思いつくだけの疑問の一部を吐露した結果、小屋の中の空気は凍土と化した。


 子ども達は無言でお互いの顔を見合わせ、目の前の先生とやらは開いた口が塞がらず、ワインをボトボトと床に垂らしていた。汚い。


「君! 君本当に大丈夫かい!? 変な所に頭ぶつけたとかおかしな物食ったとか!」


 急に先生が机にガラスのコップをおくと、ムカデのように爬行してアーサーの肩をがっしりと掴んで、血相変えて逆に質問飛ばしてきた。


「お、落ち着け! 私は大丈夫だ! それよりも!  本当に今の現状を知りたいんだ!」


「ああー! アーサーがっ! アーサーがおかしくなったよおおああ!!」


 先生が焦燥を露骨にした瞬間、子ども達も便乗して焦りだした。もう凍土も糞もない。


 それに乗じてか否か、アーサーまで混乱し始める。


「お前ら静かに質問に答えろおお!!」


 アーサーの一喝により、小屋の混沌とした空気が去って行った。或いは一周回ったのかもしれない。滅茶苦茶である。


「こほん、で、君は今のこの国の状況を知りたいということで、良いんだね? 教えてあげるよ」


 平静を取り戻した先生は、そう言った。取り敢えず国の情勢だけでも知ることが出来ることに満足するとしよう。

 真っ先に混乱した心配性の先生は語り始めた。


「この国は首都セントヴィールタニアを中心に急激に成長を遂げた国、レトアニア王国だよ」


 レトアニア王国。


 このアーサーという少年の身体になる前——生前の時の、自国の東の二つ隣にある小国だった。


「隣国アルカニス王国と長年戦争をしてきたんだ。

 兵力や資源はレトアニアが優勢だった。けど、アルカニスはそのまた隣にある彼らの同盟国、ザムンクレム王国からの支援のお蔭かせいか、戦争は泥沼と化したんだ。

 だが、とある事件が起こり、アルカニスは我が王国との戦争に負け、滅びた」



「とある事件? それは一体なんだ?」


 前世の自分が生きてきた中で、部下の争いや民の反乱など、とても事件が起こるようなことは一切なくしっかりと安定した国であり、唯一安寧という言葉が相応しいと言っても過言ではなかった。


 そこで起きた事件など聞き逃せれる筈がない。


「……事件とはザムンクレム国王の暗殺、だよ。

 つまりアルカニスへの支援を積極的に行うことを堂々と宣言してた王様が暗殺されたのさ。針鼠みたいにズブズブー! とね。」


 その瞬間、頭の中は空白になった。


 絶望、その感情が一気に身体を蝕んだ。


 そう、それは恐らく生前の自分のことだ。


 このアーサーという少年の体になる前の自らのことだった。


 雷に打たれたかのように目を大きくあけると、ペタンとその場に座り込んでしまった。


「お、おい……アーサー大丈夫か?」


 三人の子供が心配して、肩を叩く。

 真鍮が喉を突き刺すように、今にも全てが壊れそうな感覚を覚えた。


 だが、悪い予感はどんどんアーサーを追い詰め、自我を崩壊させるかのような悲痛とも言える想像ばかりが浮上する。


「な、なら! その! ザムンクレムのアルカニスの王や民はどうなった!」

「王は滅多刺しで公開処刑

 民たちは連行して奴隷にするやら兵士にしたりやら。もうやりたい放題さ。

 その支配した国の広大な大地を手に入れてからは、この国は急激に貿易が盛んになって他の大国と仲良くなった。

 天下を今にでも我がものにできるくらい成長してるよ」


 なんということだ。


 自分の中に後悔と申し訳なさしか浮かばない。


 もしも、自分が死んでいなかったら、どれだけの命が助かっていたのだろうか。

 だが何故死んだのかも、誰に殺されたのかも分からない。


 だがやはり一番気になるのは。


「そうだ! その王が暗殺されてからどれだけ経ったんだ! 今のザムンクレムはどうなんだ!?」

「あ、アーサー、落ち着いて……。

 暗殺の情報がこちらに届いたのはまだ二週間くらい前だけど、実際はもっと経ってるんじゃないかな。


 それとザムンクレムの情勢だけど、まだ安定している。西の強力な国々と同盟やら貿易やら続けててね。

 その二つの国が中心としてできた東軍や西軍がぶつかり合う、なんてことは今はまだ起きない筈だけど、そんな不穏な雰囲気が真ん中でじりじりと流れてるのは明確だねぇ。

 それにザムンクレム王国には『四天王』がいるからね」

「し……四天王?」


 先程から沢山の情報が耳に入ってくるが、最後『四天王』というのは初耳であった。


「なんかね四神器っていうのに認められた四人の騎士たちが中心にしてできたものらしいよ。どこにそんな余力を隠し持ってくる居たんだろうね。

 『四天王』は王にかなり忠実だとか。これ以上は子どもに話せる内容じゃない、かな?」


 先生という人物はそこまでしか話さなかった。何か思惑があって話さなかったのか、得意げに微笑している。この男は只者ではない。何かを知っている気がする。

 アーサーの勘である。


 ならば、その他の情報は自分が集める方が手っ取り早い。


 だが、まだこの少年の体では兵士になるのは難しい。ならば、


「ならば、先生とやら。私に、騎士の全てを教えてはくれまいか」


「あ、ああ。元々そのつもりで呼んだからね。でも大丈夫かい? いきなり難しい話をしたかと思えば、今度は騎士になりたいだなんて自分で言い出して」


 思惑が交錯したかのようにその先生は驚愕していたが。


「おぅけえーい! 全然いいよ! だけど、ちょっとアーサーだけにはキツイ訓練つけるよ。君は才能がありそうだからね。そしてこれから僕のことはクレム先生、と呼んでくれ」


 前世の王国での記憶の剣の扱いやその場の状況での思考、行動、曖昧だが、感覚はなんとか残っているようだ。

 それを見抜き、才能と思い込んだんだろう。


 それを理解すると、クレムという新たな師、そして三人の少年と共に外に出た。





 それから行われたのは怒涛の鍛錬だった。

 新たな師——クレム先生は、「まず君がどれだけ身体を動かせるかを知りたい」と言い出し、色々なことをさせられた。

 生前の身体ならば朝飯前の内容ではあったが、だがこの身体には少し、いやかなり辛いものだった。

 クレム先生は弟子への教授には容赦がなかった……というより、張り切っていたというのが正確なのだろう。


 外に出てから行ったのは主に基礎鍛錬だ。

 剣を握る前にこの身体は体力が無さすぎる。というか、剣を持ち上げるだけでも一苦労でとても振ることはできない。

 なのでまずは身体を鍛えることから始めるのが今後の方針だそうだ。今回は腕立て伏せ五十と村の外を五周程走らされた。


 だが、騎士とはただ剣を上手く振り、敵を殺すだけではない。騎士として必要とされるのは武力だけではないのだ。

 そもを言うと、騎士とは敵を討つのが仕事の戦士ではない。国に忠実を誓い、民を護るのが騎士としての義務であり、使命である。

 民を護るのが義務な故にある程度博識で無ければならないのだ。


 つまりどういうことかというと、鍛錬と並行して教養を身に付ければならない。という話になり午前は鍛錬を、午後は勉学に励むことになった。


「そういえばアーサー君」


 そして真っ黄色の太陽が、山と山の間に沈み、そこから発される強い光からアーサーは目を手で塞ぐことで守る。

 今日の鍛錬を終えたアーサーは小屋の前にある石の上で息を整えていたところ、ふとクレム先生は金髪の少年の名を呼んだ。

 この場に残っているのはアーサーとクレムだけだ。

 他の少年達は今日の鍛錬の分は終えているということで、クレム先生の語る今後の方針を語った後に去って行った。


「なんだろうか。クレム先生」


「まずはその横柄な態度から改めよう」


 師クレムはそう、アーサーの金色の頭に手を起きながら優しく、咎めるように言った。


 騎士を目指す、というからには騎士叙勲も受けるのだろう。この国の王ともいつか顔を会わせることになるだろうし、アーサーの口調は直すべきなのだ。

 師クレムはそれを見越して指摘しているのだろう。或いはただの餓鬼に偉そうな態度を取られるのが気に入らないのかもしれない。

 アーサーが胸の内でこの村を出たら改めるかと密かに決めた。


「いや、そんなことより。君はこのまま僕とこの小屋で過ごすのかい? 君にはご家族は居ないのか?」


 ここにきてまたもや問題が発生した。いや、浮上したと言うべきか。

 問題とはアーサーという少年の家庭事情だ。


 アーサー、というよりその中身である若き王は混乱した。このアーサーという少年の家族は居るのだろうか。

 居る場合は一度帰って、クレム先生という師の元で指導を受けるという旨の話をしなければ、今後また何か問題が起きかねない。


 それに家族という存在は今後この新しい人生を謳歌するに当たって、かなり重要な存在だ。対応次第では足場になるし、逆に障害になることもあるだろう。


 アーサーの首筋に一筋の汗が走る。


「あ、いや、なんか悪いことを思い出させたみたいだ。謝ろう。すまない」


 クレム先生はアーサーの顔を見て勘違いしたのか、そう早々とまくしたてた。返答は誤魔化せたらしい。

 が、問題は解決していない。家族という存在の有無が重要だ。

 この後ででも確認しなければいけない——


(確かに、この村には金髪の髪をした者はいない……。貴族の隠し子とかだろうか……。これは調べなければならない)


 クレム先生はそう小声で呟いた。

 本人は聞こえていないと思ったのだろう。実際常人には聞こえない声量であった。


 だが、アーサーは聞いてしまった。途端、アーサーの目の奥で火花が散った。酷い頭痛が彼を襲う。


「ぐっ、うっ……うぁぁ……!」


「アーサー君!」


 アーサーは米噛みを矢が通る錯覚を覚えた。


 ——お前は生まれるべきではなかった。 


 脳の奥で理解不能な言葉が反響する。苦しい。悲しい。そして残酷なナニカが。


「あ゛っ……!あ゛ぁっ」


 そうして、アーサーは気を失ったのだった。



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 次回、第三話〝不明と優しさ〟