影の呟き

影さんの小説を主に飾るブログです。

『零影小説合作』第六話〝未開と決定〟

 いよいよヒロイン登場ですね。
 これからどのように物語に絡むか気になります。



 クレム先生が道端で倒れていたという一人の女の子を拾ってきた。

 夜空を思わせるかのような暗く青い髪をした不思議な少女。

 一見、大人しそうにも見えるが、なにか曖昧な力というより、複雑化した何かが縫うようにして彼女を襲う様な感覚。

 この力をどうやって表現するかは、自分には不明瞭すぎた。

 しかも、服がこの辺りに住むリトアニアの民たちのものではない。
 特別というより、別格な高貴な服を着ている。

 余程の高貴族か、ましてや王族か。

 何かの騒動の火付け役として駆り立てられ、逃げてきたのか。

 そんな、素人染みた予測を自分の中で立てていた。

 繊細なその体つき、そして手の柔らかい感触。

 何故か、それは自らを高揚させ、冷静さを失いそうだ。

 漸次、時間が経つにつれ烈火の如く暑かった首筋の熱はだんだんと落ち着いた。

 どうやら先程よりかは鎮静されたのだろう。

 病気、という定義や必定にすることなど詳しいことは一切しらないが、兎に角今は治ることを祈るばかりだ。

「それにしては暇だ……」

 看病をして見守るのはいいが、やることが何もない。

 第一腹の虫がグルグルと、叫び声にも匹敵するほどの荒々しい音をだし、食欲を誘惑する。

 そのうるさい腹声が少女を刺激したのか、小さな可愛いらしい唸り声のようなものを開け、目をさます。

「んん……うぅ」

「起きたか、娘よ」

 美しい蒼髪をした少女はまだ目を完全には開けられず、薄い視界を彷徨っているようである。

「あな……たは……」

「私はアーサー。私の師が君が倒れている所を見つけ、ここに運んだのだ」

「アー、サー」

 すると少女は、まだ眠そうな顔で無理矢理笑顔を作って名乗るかのように思えた。

「私は、誰?」

「!!」

 唐突のとんでもない発問に、目を皿のようにして動揺した。

 高熱の衝動で記憶が吹き飛んだか、はたまた消されたのか。

 物情騒然のこの世でそんなことは不条理にも有り得ることだ。

 今、聞きたいことは山々だ。

 だが、弊害がこの女の子の脳を蝕んでいるのか、ならば余計な穿鑿をすればまた彼女を刺激して悪化させるのかもしれない。

 そう察したアーサーは、できるだけ考えついた別の方法でなるべく、便宜的なことは避けるようにした。

 ——中途半端な発想で思いついた質問はまた悪影響を与える可能性が高い

「君……」

 と、いい掛けた瞬間であった。

「お! 起きたんだ! その子! 何処からきたのか分かった?」

 クレムが狙ったかのようなタイミングで帰還した。

 バカ野郎! とアーサーは心の中で叫ぶ。

「何処から、私は……」

 ——逃げろ!  お前まで殺されるぞ!

 ——儚きものよなあ!!

 ——ぐああああ!!!

 ——逃げて! 貴方がいなければこの国の崩壊は免れないわ!

 ——お前は生まれてくるべきではなかった

 全てを思い出したかのように、不用心にこちらをみると、碧玉のような目がまた瞼に閉ざされゆく。

 だが、小声のように彼女は最後に呟いた。

「やっと、会えたね……」

 その言葉に思考が止まった。

 いや、その場の空間の時間が停止した。

 白い槍のような何かが、自らを貫くような感覚が襲う。

 ——何か、何かを思い出さなければならない気が

 有象無象な考えの放列は、一つの言葉の砲弾によって、壊滅した。

「あれ? また寝ちゃったのか。まあ、病気が併発しないようにまだ寝かせておこう」

 アーサーは、まるで全世界の苦悩を一人背負っているかのような表情になる。

 考えすぎか、それとも唐突すぎることについてゆけないだけか。

 完全に思考が飽和しきっている。

 目を細くして考えを一度見限ると、なんとか落ち着かせることはできた。

 だが、謎は深まるばかりであり突破口を見つけるのはまだまだ難しいようだ。

「この少女は一体、物語のどんな鍵を持っているというのだ……」




 翌日、天気は雨だった。

 雨となると、外で鍛錬はできないので、それぞれ自主的に鍛錬することになっている。とクレム先生は言っていた。

 アーサーも自主的——クレム先生が居るので半ば強制的——に室内で鍛錬していた。
 腕立て伏せに腹筋運動、スクワットなど。
 彼は汗で床を汚しながら徹底的に鍛錬をしていた。

 昨日までのアーサーならここまで真剣にはならなかったのだろう。

 だが状況が違う。
 クレム先生のベッドに一人の少女が眠っていた。

 アーサーは当初、少女にばっかり意識が行っていた。
 だが気にしてもしょうがない。今は休ませなければならないのだ。
 だが、どうしても気になってしまう。意識が吸い込まれるように、少女の方へ行ってしまう。

 気にしてもしょうがない。だが気になってしまう。
 その繰り返しになり、居ても立っても居られなくなったアーサーは、鍛錬に励むことで気を紛らわすことにしたのだ。

 クレム先生はそんなアーサーの様子を見てうんうんと頷きながら、テーブルの上で何かを書き始めた。

 ——憶えていろよ、クレム。いつかその面を一発ぶん殴ってやる。

 アーサーは恨めしやと言わんばかりの表情でクレム先生を睨み、ひたすら腕立て伏せをするのであった。


 少女が目覚めたのは、丁度昼食の時間だった。

「んん……」

 真っ先に気付いたのはやはりアーサーだった。
 なんだかんだで、意識が少女かあ離れなかったのだ。

 少女は右目を擦り、寝ぼけたもう片方の目で周りをぼんやりと確認する。

 やがてアーサーの方で目線が止まり、

「アー、サー」

 金髪の少年の名を呼ぶ。

 その声に気付いたクレム先生は書物をしまい、少女の元へ近付く。
 それに呼ばれたアーサーも続く。

「やあ、気分はどうだい?」

「ん、もう、大丈夫、だよ?」

 途切れ途切れに喋る少女からは覇気を感じられない。
 弱々しい、というよりはなんだか怠そうだ。

 ——静かで落ち着いてそうな少女だ。

 アーサーは一人、勝手にそう考え込む。
 そしてアーサーはその紅い瞳を少女の碧い瞳を見つめ口を開く。

「腹は空いていないか? エノ」

「エノ……?」

 アーサーの言葉の後半を繰り返し発音する少女。
 クレム先生も首を傾げていた。

「ああ、君が昨晩、一度目覚めた時に私に名乗っていたではないか」

「そうなのか? アーサー」

 半分、嘘だ。
 昨晩目覚めた時の彼女の様子……記憶を失っている印象を受けた。
 彼女は言った。私は誰、と。

 なので、取り敢えず、アーサーは彼女に『エノ』という名前を与えることにした。

「エノ……エノ。うん」

 流れる蒼髪の少女も気に入ったのか、口の中で名前を繰り返し口に発している。

「じゃあ、エノ。君には色々聞いておきたいのだが、まずは昼食としよう。丁度三人分作ったからね。立てそうかい?」

「う、ん。立てる、よ」

 少女——エノはゆっくりと立ち上がり、椅子へと向かう。

 どうでもいいが、エノが座ったのはここ二日間アーサー座ってきた椅子だ。
 アーサーは無意識に椅子を見ていた。

「アーサー? 君も座りなさい。座ったら祈りを始めよう」

 今日の献立は鶏肉を焼いたものと黒パンだった。


「それでエノは何処から来たんだい?」

 恒例の食後の祈りを終え、エノに対する質問の時間がやってきた。

「分から、ない……気付けば、倒れちゃってた、の」

 エノは形の整った眉毛を八の字にし、途切れ途切れに言った。
 やはり色々と忘れてしまっている様子だ。

 これまた哀れな者が現れたものだ。

 アーサーは自分がクレム先生にどう思われてるかを棚に上げ、内心でそんな感想が出ていた。

「はあ……」

 クレム先生は重い重い溜め息をつく。
 アーサーはそれを聞き、何かを口走ろうと口を開いたが、結局何も言わずに閉じる。

「取り敢えず。エノ。当分この小屋で住むと良い。ここは小さな村だが……。騎士である僕のところに居た方が一番安全だろう」

 はた、と顔をを上げたのは当人ではなく、アーサーだ。
 クレム先生はそんなアーサーにウインクを送る。開いてる方も半分閉じかけている下手くそなウインクだ。

 ——忌々しい。

 アーサーはその目の端を吊り上げ、クレム先生を睨む。
 一方、クレム先生はどこ吹く風だ。

「えー、と。じゃあ、ここに、居よう、かな」

 エノはそう言ったことで、暫くこの少女がこの小屋に住み着くということが決まったのだった。

 意味の分からない歓喜に踊る心を意識的に無視して、アーサーは頷く。
 そしてアーサーは気付いたようにクレム先生へ言い放つ。

「ならば、エノの衣服などを用意しなければならないんじゃないか?」

 アーサーがそんなことを言い放つ頃には、雨は止んでいたのだった。


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 余談ですが、エノという名前は私こと影星が勝手に考えた名前です。
 由来は英語で一を表すOne(ワン)を、逆さにしてEno(エノ)としたのをそのまま付けました。
 我ながら単純です。