影の呟き

影さんの小説を主に飾るブログです。

『零影小説合作』第八話〝助勢と沈黙〟

 今回は今後に大きく影響する回なので、流石にゼロ君と色々話し合いましたね。
 所謂、分岐点というかターニングポイントというか。分岐点を選ぶのは、アーサー君本人では無いんですがね。

 そういえば、PVが100を越えました。有難う御座います。


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アスタロト、貴様どうしてここに!」

 唐突に現れたのは、ザムンクレムを裏で操っていると思われる黒幕だった。

「ふふ〜ん、今日こそ思い出したんじゃな〜い? 私のこと」

 血に染まったような赤髪を優雅に揺らし、いかにも何かを企んでいるかのような双眸。

 深紅な舌を出し、こちらを奇怪な微笑みで誘惑してくる。

 実に気分が悪く不快だが、体全体が拘束されている以上、手荒な真似はできない。

 第一、この悪魔の恐ろしさは自らが誰よりも一番知っている筈だ、挑んでも勝利はない、と。

 確信しているのは自分、それを肝に銘じできるだけ大人しくした。

「あら? 意外と素直なのねぇ」

「無駄な体力はもう使いたくはない。それに鍛錬で疲れている。いい加減解放しろ」

「やーだ、今日は一杯話したいから、離せばあなたどこかにいっちゃうでしょ〜?」

 皮肉染みたことを淡々と言うと、小屋の壁に背中から叩きつけられ、何処からか現れた棘に手と足を縛り付けられる。

 人間ではない、明確だ。

 するとアーサーの顔面にアスタロトは顔を近づけた。
 まるでさっきの余裕な表情は何処へ行ったのやら、真率そうな表情をアスタロトはとる。
 それに何故か、反射的に自分もそのような態度をとってしまう。

「貴方たちは知らないだろうけど、ザムンクレム王国は、レトアニアが勢力圏を置いていた元アルカニスの土地を攻め落としたわ」

 いきなり何を言い出すのかと思えば、今や世界を滅ぼしかねない二カ国の戦況を語りだした。

 だが、かなりの衝撃的な情報に視界を歪め、食いついてしまった。

「なんだと!? 兵の数を漸増でもさせたのか!? 対比的にレトアニアが有利な筈なのに……」

 だが、この悪魔は一切にアーサーへの返答は応じず、話しを進めて行く。

「奴らは、まるで敵国の人間をゴミのように扱ってるわ。僅差すらも関係なく、己が欲望がままに略奪や殺しを繰り返す。人間臭さが漂りすぎてて苦笑しちゃったわ〜ぁ」

 動きや情報があまりにも極端すぎる。

 アスタロトが現れたのは充分な奇禍だが、これは誠に禍々しく感じた。
 自らの考えていた情勢の懐紙が、見事に中で漆黒に塗りたくられた。

 有り得ない。

 もう、ザムンクレムの人間たちが悪魔と契約を交わしているという噂は今ここで事実になろうとしている。
 禁忌の力に何故手を伸ばしたか、だが一番聞きたいが今はそれどころではない。

「と、いうことは。様々な都市でも感染病や人々が飢えて死んでいるということか!?」

「そうよ、結局は王国はやってることが剪定と一緒。新たな新地を作り上げる為に、古いもの、つまり先住民のような邪魔者は排除される。渋茶でも飲むような感覚だわ〜ぁ」

 チェスでもやっているような感覚だ。

 倒した者は一切と駒にせず、撃ち捨てる。

 歯を食いしばり、ただただアスタロトを睨みつけることしかできない今の自分は、なんとも情けなく無様なんだと後悔した。
 いや、後悔が足りなすぎる。

 体の全身がピクピクと動きだす、手はその衝動を抑えつけようと拳を流血するのではないかというはど強く握り締め、唇は震えた。

「悔しいのぉ〜? でも残念無念。今の貴方じゃ、何もできないの。何もね」

 そう言われてみればそうだ。

 だが、弱音は吐かなかった。

 自分が治めていた国は必ず、何を利用し、酷使したとしても、叶わぬ願いだと知っていても、今の全てを失ったとしてもやり遂げなければならない。

 そんな心の中で疼く使命感が、アーサーを抱くようにして、突き動かす動力になっているのかもしれない。

 自分でそんなことを考えるのは愚考かもしれないが、諦めないため、奮い立たせる為には充分すぎるものであった。

「残念、無念なのはそっちさ。私は絶対に諦めないのだからな。私を諦めさせようと思ったのなら、まだまだ考えが甘いということだ。地獄に帰って出直してこい、クソ悪魔」

 そんなことを、苦し紛れの表情に微笑を浮かばせて言うと、アスタロトは笑い出した。

「はっははははは!! 面白い! 面白いわぁ! 貴方! この状況で! 劣勢すぎる状況で! クソ悪魔だなんて! 言ってくれるわ!」

 そんなことを魔女のように不気味に猛々しく笑うと、ふぅ……と溜息をつくように自らを落ち着かせた。

 すると何を思ったか、アスタロトはアーサーに掛かっている棘の拘束を解放した。

「ゲホッ! ゲホッ!」

 若干、首を絞められていたので咳をこむ。

 だが気分は爽快であり清々しい。

 アーサーは自らの勇気に自負ではなく感謝をした。

「貴方、そんなことを言って私を怒らせるとか考えなかったのぉ〜?」

「さぁ? だが、私を左右したのは傲慢という名の神様だよ」

 そんな通じるはずもない屁理屈を抜かす。

「つまらない芝居は閉幕だ。さっさと出て行ってもらおうか」

 すると、近くにあった剣を咄嗟に持ち出し構える。

 自分が死んでこの体になるまで、どれだけの間剣を握ったことがないか。

 感覚が未だ曖昧だが、容赦なく斬れることは間違いないだろう。

 前の覚悟より、もっと鋭い覚悟をかもちだした。

 それを見ると、アスタロトはつまらなそうに手をヒラヒラと小鳥が懸命に羽を動かしているように揺らす。

「私、今日は戦いに来たんじゃないし、まあ精々普通の騎士一人を持ち上げるぐらいには成長しなさい」

 呆れたような声を出して、出て行こうとするが何かに気付いたかのようにまたこちらを振り返る。

「そういえば、王国がこんなビラを町中にバラ撒いてるわよ」
「ビラ?」

 天を衝くような早さで一枚の紙が投擲された。

 それを見事にキャッチするとビラに書かれた言葉を不自由そうでおぼつかない喋り方で音読した。

「少年兵団を募集す、場所はレトアニアの都市、ビルンデーク広場…おい、これは一体」

 そう聞こうとするが、アスタロトはその場をもう既に消えていた。
 前に思い出せとかうるさく言っておいてなんなんだと思っていたが、やはりこの渡されたビラが気になった。

「クレム先生に相談してみるか……」




 アーサー、ジーク、バルハ、アールの四名は彼らの鍛錬の時に使われている、村近辺の平原にある大きな木の下で座らされていた。

 アーサーが『元王』からこの『身体』になって、一番最初に居た場所である。

 風が木の葉を揺らしサワサワと音を立て、青い葉を落とす。
 アーサー達は皆一点に目線を送っていた。

 件の少年兵団募集のビラを、クレム先生が見せ付ける様に、持っていた。

 彼らの様子を見守るのは高い位置にまで登った白い太陽と、木に寄りかかる青髪の少女、エノだ。
 新しい服が気に入ったのか、早速落ち着いた色の簡素な服を着ている。

「君達。これが何か、分かるかね」

 沈黙を破ったのは、クレム先生だ。
 彼の声はいつもより数段硬く、彼の真剣な様子が窺える。

 ゴクリ、と喉を鳴らすのはアーサーの右隣に居る白髪の少年、ジークだ。
 アーサーは無表情で数秒目線を送るが、すぐにクレム先生へと戻す。

「『ビルンデークにて少年兵を募集』と、書かれている」

「はい」

 相槌を打ったのはアーサーだ。

 彼はあの後、どうクレム先生に切り出すかを考えながら静かに多めの朝食を食していた。

 食べ終わった頃に、鍛錬に来たジーク達が訪れ、『少年兵募集』のビラを見て目を輝かせた。
 そうして騒いでる間にクレム先生が戻り、ビラを見つけアーサー達から取り上げ、この広場に呼び出された。

 そうして今に至る。

 正直、アーサーの心境は微妙であった。
 ビラを貰った時こそ、名乗り出て堕ちた直接この目で今のザムンクレムの民達を確かめよう、と思った。

 だが、今落ち着いて考えれば、自殺行為の様なものである。
 もうあと半年ほど鍛え、体力を付けた後なら兎も角、現在の自分では敵襲を大声で報せる見張り役しか出来ないだろう。

 そうやってイタズラに危険な場所へ行くなら、騎士を目指しクレム先生の元で己を鍛えた方がマシである。
 臆病でもなんでもない。ただアーサーは騒ぐジーク達を見て、何故か冷めたのである。

「単刀直入に言うと、僕は君達が行くのは大反対だ」

 クレム先生は真剣味のある声で、ジーク達の期待の目差しをザッパリと斬った。

「なんでだ! 今の俺なら充分強い! 少年兵とか余裕だ!」

 そう、怒気というには数分違う怒鳴り声で反論したのは、案の定かジークだった。

「確かに、ジークなら民兵より役立つだろう」
「だったらなんで!」

「だが、君の精神はまだまだ子どもであり、君の剣には自酔が乗っている」

 クレム先生はキッパリとジークに対しての評価を述べた。
 これに関してはアーサーも知っていた。
 増長すれば必ず痛い目を見る日が来る。出っ張った杭は打たれやすいのだ。

「でも、そういう意味でも。現実を知るという意味でも、ジークは兵団に入団してもいいだろう」

「……」

 ジークは喋らない。
 流石の彼でも、ここで調子に乗るのは良くないと分かっているのだ。

 アーサーはクレム先生の目を向けながら、密かに感心した。
 良く出来た子どもだ、と。

「バルハもアールも、ジークに着いて行くのなら、それも良いだろう。バルハはジークを動き易くサポートし、アールはジークの届かないところをサポートすればいい」

「————」

 なんだかんだ言って、バルハとアールもそこそこ身のこなしがなっている。
 バルハはこの四人の中で一番頭が切れ、大抵のことは平均以上の結果を出せる天才肌だ。
 アールはアールで四人の中で一番背が高く、力持ちだ。いざという時、皆を庇いながら帰路へと導いてくれるような、そんな逞しさを感じさせる。

 だが、クレム先生の喋り方からすると、アーサーは——

「だがアーサー。君は駄目だ」

「なんで……!?」

 クレム先生による反対意見に、真っ先に疑問を抱いたのはアーサー本人ではなく、またしてもジークだ。

「アーサーは! 最近になって力を付けてる! 俺より走るの早いし!」

 子どもっぽいともとれるジークの意見は、アーサーを仲間として認めてるが故のものだろう。

 ——紛い物の偽物である私を、仲間として見てくれるお前に、感謝を。

 アーサーは心の中でそう、静かに謝礼を贈る。

「確かに、最近のアーサーは力が付いてきている。始めの時よりは体力が付いてきているし、君の言う通り敏捷だ。気配感知の才能もある。増長もしないしね」

「……」

 そんな評価をされていることが、アーサーには嬉しかった。
 ここ最近、頑張ってきたのだ。その結果が高く評価されて、誰が喜ばないのだろう。

 だが、ならば何故アーサーのみ、少年兵団の入団を反対するのか。

 その理由はすぐにクレム先生の言葉によって明かされる。

「だが、アーサー。君は当分ここを離れてはならない。理由は——」

 クレム先生は一瞬だけ、エノに目線を送り、続ける。

「——まだまだ未熟だからだ。そしてその金髪は目立つ。レトアニア側にそれを利用されることも考えられるんだ。僕は、そんなところに君を送りたくない。せめて二年は鍛えてもらわないと、僕は納得しない」

『————』

 クレム先生の静かな説明を聞き、その場は何度目か分からない沈黙が支配する。

 この平原には六人しか居ない。故にこの沈黙は、この世界には彼らしか存在しないという錯覚さえしてしまう。

 この時アーサーが思ったのは——。

「ジーク、バルハ、アール。この少年兵募集の期限は一ヶ月後。ここからビルンデークは丁度一日で着く場所にある。
 なので、君達の出発は三週間後とする。良いね」

『はい』

 三人の少年は落ち着いた声を揃えて、返事をする。

「では解散」

 そうして、四人の少年達は静かに去って行った。

 アーサーは微睡み始めたエノの元へと向かって行ったのだった。

 ——或いは、エノと触れ合うことで、この何ともいえない感情を洗い落としてもらいたかったのかもしれない。


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 一章も後少し!
 気になる続きはhttp://kuhaku062.hatenablog.com/にて!