『零影小説合作』第九話〝発露と合宿〟
お別れ会の回みたいなもんどす。
次の更新はもしかしたら時間が経つかもしれません。
ではどうぞ。
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「エノ」
「アー、サー?」
エノは近寄ってきたアーサーの目を、俯いていた顔を上げてつぶらな瞳で返した。
まだまだ幼さが残っているのだろうか。
無意識に惹きつけられるこの可憐さは、なんとも心が溢れるような、情味がある。
「残念、だったね」
「…」
先ほど、少年兵団のビラを見せたが呆気なく自分の期待は裏切られた。
結局はそんな願望は水面から浮いてきた水の泡のように壊れやすく、割れやすいものだった。
ジークたちとは別の道を進め、二年のうちに考えろそう言っているのだろうか。
ならば、自分にあんなにも強い眼差しで見つめることはないし、ここまでしてくれる筈がない。
無駄な言及や談判は命取りにも等しい。
アーサーとあの三人組の境目は、どれだけ深淵であり奥深いものだろうか。
鉛のようなものが一気に、下っ腹に落ちてゆく感覚だ。
かなり悄然とし、歯をくいしばった。
何故、割譲されなければならない。
クレム先生はなんの先端を狙って発言したのだ。
だが、こんなことでいつまでも欠落していてはキリがないのだ。
「仕方がないことだよ。これがあの人が言っている正しいことなら、それを選択し認めざるをえない」
そういうと、バッと顔を上げ、空をみた。
今の心境、青々しいこの空でさえも苛立ちを覚え、自分の血で染め上げてやりたいぐらいだった。
それぐらいの覚悟がまだあのアスタロトの一件の後も宿っているということだ。
「だけど、ここで、止まっている暇はない、よね」
「その通りだ。エノ。またこれからも世話になるな」
そんなことを笑顔を見せながら、エノの手を素養で鍛え上げられた猛々しい手で握った。
余程、純情なのかエノは手を握られただけで、頬を深紅に染め上げかなり動揺している。
頭から蒸発した煙がでてきそうな勢いに、流石のエノも耐久ができなかったのか。
「う、ううううん!!! い! 一緒に二年! よ! よよよろひくお願いしますっ!!」
興奮しすぎたせいか、声が裏返り、今よりもっと高い声を目を回しながら言った。
その大きさはこの世の万物を全て貫いてしまうな勢いだ。
「あ、あぁ」
さすがにこれも唐突だったので、それ相応の驚愕した様子で返事をした。
堆積していた荷が全て吹っ飛ぶような、そんな感覚を、アーサーは覚えた。
そして、その後の鍛錬。
予想通りジーク達の鍛錬の過激さは、容赦なく増していった。
三人は今にも倒れるのではないかという勢いで、どんな過酷な訓練もやり抜いた。
苦しい、辛いということは一切と吐露はできない。
ハァハァ…と荒い息がその場を支配する。
体全体が悲鳴を上げ、汗が塗るようにして首筋や、顔のあらゆる場所から滲み出ている。
正直言ってまだ子供標準ではクリアが到底できないものまであった。
騎士になるとは言え、どれだけこの訓練を受けると飛躍的になるであろうか。
体力的にも限界があるというのに、クレム先生は一切の猶予は見せない。
自分と比況しているわけではないが、妙に瀰漫な雰囲気が漂っていた。
表情を見るとあまりにも悲喜こもごもしている為に少々心配になってきてしまうことが多かった。
ーー二日も立てば、こんな空気は消え去るだろう。
そんなことを思いながら、広大な草原で鍛錬を懸命に続ける三人を凝視していた。
そして夕刻。
無駄に視力もいいのか、分かりやすいのか。
剣の持ちすぎ振りすぎで、手に豆ができている。
かなりの激痛であり声を抑えているのだろう。
「ハァハァ、ぐっ、ハァハァ」
自然とでる、三人の荒い息切れと平原を包む春が残した、心地よい風が不協和音を見事に奏でる。
三人は弱音を一切とはかず、まるで植物のように、ただただ葉を揺らしているかのように剣を振っていた。
しかし、彼らにはもう剣を操る気力はなかった。
酷使していた体は、今にもギシギシと錆びた機械音のようなものがなりそうだ。
無意識に手の感触は消え、赤い爪痕のようになっている。
クレム先生もこれまでだな、と頃合いを見た。
「よし、今日はこれでおしまいだ! よく耐えた! 解散!」
「ハァハァ! あー辛かった!!!」
苦痛な筈なのに、何故か無駄にポジティブだ。
草原で一人ジークが座り込んでいると、後ろから汗を拭くための布を肩に放り投げられた。
「お疲れ」
「アーサーじゃねぇか! 今日は稽古休んだんだって? 大丈夫か?」
「私のことより自分のことを心配したらどうだ?」
そういうと、ジークは咄嗟にボロボロの雑巾のようになった顔をこちらに向け笑顔を見せた。
まるで、体が弛緩していない。
これが、本当にクレム先生が取捨選択をした正しい結果なのだろうか。
じわじわと泥濘が自らの体を埋め尽くす感覚が分かる。
それは、万感でありとても尊いものでもあった。
「どうした? 変な顔をして」
どうやら意識してないうちに表情を歪ませていたみたいだ。
自分の中で、できれば最後の別れまでこんな表情を見せたくないという小さな願望があった。
「あぁ、大丈夫だよ。すまないな」
「なんだよ! ちょっと焦っちまっただろ!」
そんな冗談を東から昇る月を眺望しながら、交わした。
★
それからというもの、アーサー達とジーク達は友好を深めた。
ジーク達は泊まり込みで鍛錬に励んで居たのだから、自然と彼らと共に居る時間が増すのだ。
別れが決まってから一週間の時は、アーサーの提案で川にも行った。
一泊二日のキャンピングだ。
少年兵団に入るということなら、野宿もするだろう。ならば今の内に体験しておいた方が良いと、クレム先生の言葉で村近辺の川沿いで野宿することになった。
現在、アーサーとジークは二人で川に、釣糸を垂らしていた。
バルハとアールはテントの張り方をクレム先生より教わってる最中だ。
因みにエノは川が珍しいのかはしゃぎ過ぎて、一人着替えてからアーサー達の後ろにある大木の下で寝息をたてている。
水を蹴って遊ぶエノは、青髪ということもあり、まるで水の妖精——のようにアーサーには見えた。
「なあ、アーサー」
「……ああ」
先程のエノの様子を思い出していたところを話し掛けられ遅れて反応するアーサー。
ジークは詰まらなそうな顔をして、片手で釣竿を持っていた。
ジークという少年はジッとするより、動き回ることが好きなのだ。
大方、魚くらい銛でぶっ刺して捕らえれば良いのに、とでも考えているのだろう。
二人の髪を涼しい風が揺らし、アーサーは目を細める。
「お前は、一緒に来なくて良かったのかよ」
それはここ一週間、一日一回は聞く質問だった。
アーサーが少年兵団に入らないことに不満があるのだろう。
アーサーはその度にこう答えるのだ。
「ああ、今の私は未熟だからな」
と。
その度にジークは「そっか」と詰まらなそうに返すのだ。
が、今回はそうはならなかった。
「お前は、外の世界を知りたくないのか?」
返ってきたのは、そんな質問だった。
外の世界。村の外、或いはレトアニアの外を指すのだろうか。
彼らは外の世界を知るために、兵団に名を挙げようとしているのだろうか。
「そういう訳ではない。ただ、今の私が外を知るには、やはり力が足りない」
と、アーサーはエノの方を見ながら言った。
「お前——いや、それならそれでいいよ。俺としては、お前とは良いライバルになりそうだ、って思ってたんだ」
アーサーはジークを見る。ジークは相変わらず詰まらなそうな顔で水面を見ていた。
アーサーには分からなかった。ジークが自分にそのような印象を持っていたことを。
「大丈夫。二年後にはここを出るつもりだ。騎士になるつもりだ。私は」
「……へえ。あの日言ったことは本当だったんだ」
「騎士になったら、お前とも何れまた手合わせできると思う」
本心だった。自分が満足できるくらいに成長したら、また成長したジークと手合わせしたい。そして二人並んで戦うのだ。
「はは、その頃には俺はレトアニアの英雄になってる頃だ。精々頑張ることだな!」
「ハッ。ならその英雄ジークを倒すのはこのアーサーだ。覚えておけ」
二人はそうして笑い合う。
例え離れ離れになろうと、また会えると信じて。
良き好敵手として笑い合う。
アーサーが魚を一匹釣る頃には、日は沈み始めていたのだった。
三人(エノは結局起きなかったので、アーサーがおぶった)がテントに戻る頃には、既に焚火が灯っており、魚を焼いているところだった。
「アーサーとジークか。釣果はどうだった?」
「私が一匹釣った」
アーサーが片手で持った魚を見せる。12㎝の魚は、口を開閉していた。
クレム先生はそれ見て笑い、
「ハハ、君達が向かったところは魚が少ないからね。魚を釣るのならここら辺が一番釣れるよ」
『はあ?』
アーサーとジークは揃えて声を発する。
それを聞いたバルハはその声を聞いて爆笑だ。
「なんで言わなかったんだよ!」
「だって、呼び止めるよりも先に行っちゃうんだもん。ねえ?」
「ハッハッハッハッハ!!」
「笑うなー!!」
ジークは顔を赤くしバルハを追い回す。そんな二人を尻目にアーサーは手に持った魚をクレム先生に渡す。
「少し、寂しくなるね」
「そう、だな」
クレム先生の呟きにアーサーは肯定する。
その晩は皆で魚を食べ、騒ぎ、遊び、そして眠った。
アーサーは久しぶりに食べる魚に満足し、ジーク達と共に、友として騒ぐことを楽しんだ。
——また会う日の思い出話を作る為に。
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次話で多分一章は終わりです!
空白の小説とかブログとかとかとか?にて、お楽しみに!