『零影小説合作』第十一話〝理の糸口〟
二章の始まりです。ゼロ君張り切り過ぎてゼロ君のパートがかなり長くなりました。
それに比べて私のパートはかなり短くなりました。
許してくださいなんでもしますか以下略。
そういえばですが、二章に入りました。ということでサブタイトルが『○○の□□』という感じになります。一章では『○○と□□』でしたね。
後日また一話から改訂版を投稿すると思いますので、よろしくお願いします。
ではどうぞ。
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☆
「もう、俺は」
黒く煌めく双眸は、星が瞬く青と漆黒が混ざり合う混沌とした夜空を見つめる。
ただ、時計の針が動く様に静かに泰然とし、白髪を優雅に揺らす。
遠い、遠い存在のように感じる。
宇宙の果て、もはや森羅万象に住む超越的な人物にも見えた。
だが、何故であろうか。
アーサーにとっては実に名残惜しいものがあった。
しかし、なんとも騎士らしい体つきと装備であろうか。
幾多の戦場を乗り越えた、百戦錬磨の屈強な戦士の様な威厳さだ。
すると彼は振り返った。
顔はよく見えないが、どれだけ浴びたのだろう、血潮がこびりついた痕がハッキリとみえる。
血で出来た紅の涙を月の光に照らしながら、まるで捨て猫のような弱々しい声をあげた。
「すまない……」
まるで遺言のようにそう呟いた彼は、自分と逆の方向を進んで行く。
「待ってくれ!! お前は!」
そう言った瞬間、唐突に白い花弁のようなものが視界を、体全体を覆い尽くす感覚に陥った。
夜空は純白に塗りたくられ、逆道を行く彼は、戸惑いも躊躇いも、全て放棄したかのようにその場を去って行く。
だが、アーサーは手を伸ばし続けた。
無理だと分かっていても、無駄な足掻きと知っていてもただ、ただ夢中に伸ばした。
「待ってくれ!!!」
その一言で、アーサーの意識は覚醒した。
小屋の天井に向かって一心不乱に、ただ無意識に手を伸ばしていた。
まるで、剥奪された何かを取り戻そうとする、無力な者。
そして、救世主になれなかった敗北者の様に。
「正夢……いや、まさかな」
そう言って起き上がろうとすると、瞼から顎に向かってむず痒い感覚が襲った。
「今度はなんだ」
溜息交じりに、頬からその道筋を辿ると冷たい感触があった。
涙だ。
涙など、ここに来てからアーサーは一度も流したことはなかった。
ただ無性に、何に悲しんで流したかも分からない涙を苦笑しながら拭いた。
「こんな感情は、久しぶりだ」
あれから、またもう二年という月日が流れた。
アーサーの体型にはあまり特徴的な変貌は二年前と同じであまり挙げられない。
だが、確実にあれからも修練を怠らず、切磋琢磨に鍛錬をした証がそこに備わり、いつの日か前世の王の時代のように、自信と動きが自然とこの体でも体現ができるようになっていた。
「アーサーっ! おはよー!!」
後ろから活発強い声が聞こえたかと思うと、背中に軽い重圧がかかった。
誰かは直ぐに分かる、エノだ。
エノもあれから馬上訓練を続け、体は前よりか引き締まっているように見えた。
背もさほど変わっていないように見えるが、二年前と比較すると伸びた方だ。
しかも胸も少々膨らみが、最近増してきている。
「近い、近いから離れろ」
背中に柔らかい感触が響き渡り、アーサーは誘惑されたかのように視界が開き冷静さを失ってゆく。
ボッキュボンの体に、王の威厳をもってしても防ぐことはままならなかった。
実害には影響はないが、叙情することが不可能なほどにアーサーの本能を蝕む。
「というよりエノ、何をしているのだ」
「えへへ〜、朝の挨拶〜」
とても生意気な笑顔を浮かべて、エノは頬をまるで動物のように、アーサーの頬にくっ付けていた。
相当気に入ってるのだろう。
昔よりも、凛とした青髪を太陽に照らしつけてユラユラと優雅に揺らす姿は実に鮮烈だ。
だがそれはいつものことであり、アーサーは毅然としていた。
「そういえば今日行くんでしょ? 首都に」
そういうと突然頬を離し、エノは不安交じりの声でアーサーに質問を投げかけた。
「そうだな。まぁ、クレム先生が決めたことだ。完璧な勝利こそできなかったけど。大きな物を手に入れたから、充分だ」
あれからもう一年の間、クレム先生は各々アーサーの成長っぷりに大きな関心を抱いていたようだった。
剣技はジークにはそれこそ劣るが、その精確さと絶無な動き。
それに体が大人に近づくばかりにできるようになった、前世の時代の剣捌きや飲み込みの速さなど。
普通の少年にできない技術までも習得した。
『もう、アーサー君は王国に言ってもいい頃合いかねぇ。そろそろ本物の騎士を見て学ばないといけない時期なのかも』
一週間前、クレム先生は何の躊躇もなく、言いのけた。
と、いうことはアーサーはそれなりの力をつけることができ、先生にも認められるものを完成させたということだ。
だが、アーサーは決してその言葉で慢心はしなかった。
「でもさ、アーサーも最近、なんか変な頭痛を起こすことも減ったよねー」
「そういえば、そうだな……」
エノの言う通り、アーサーはあまり強い衝撃に駆られ、以前の様に前世の記憶が想起することはなく、落ち着いた暮らしを安泰に過ごすことができた。
鍛錬にも勉学にもあまり無駄な思考を煽らせることなく、集中することができた。
そのお陰で、先生にちゃんと認められたのだろう。
だが、クレム先生はわざと関心などの態度や言葉を露骨にしないのか、こう言うばかりであった。
『それを決して拙劣させないようにすること』
その言葉を言い続けて一年半。
彼の見る目が唐突に変わったと言える。
『君にはやはり剣の通暁に関する知識が豊富なのかもしれないね』
そして、クレム先生はアーサーには妙に打算的だ。
ジーク達や他事については、中々な抽象的な考えを持つ傾向であり、身近な人や事柄があると見事なほどに斬新な発想で捉えて解決をしていた。
一方のアーサーに対してクレム先生はまずは鍛錬の前に有益なことを考え出す。
剣術や思考を昇華させる為の過激な訓練、そのおかげで無かった体力も自然についてきた。
無駄に心配性な性格なのに、ここだけ尊敬ができる接点でもあった。
——クレム先生は一体何が目的なのだろうか。
そんなことを思いながら布団から立ち上がると服を着替え始めた。
いつものように平民と同じ服装だ。
前の鍛錬で染み付いた汗が、洗ったはずなのにまだ残っている。
エノが朝食を持ってきてくれた。
それを食べ終わると、昨日纏めた荷物を持ち、外に出た。
そして出迎えたのが、クレム先生といつもと景色が変わらないこの村、清々しい快晴の空だった。
「やぁ、準備はできたかい?」
「まさか、もう一週間後には出発とは。何か目的でもあるんですか?」
王侯貴族の様な余韻を誇るクレム先生に対して、アーサーは一歩踏み出した。
只者ではないことを承知で。
「ん? いや? 別にそんな変なことは考えてないよ? 君が、もうそれ相応の力を持っているのを認めた上での判断だ。イージーだろ?」
何も隠す素振りを見せないクレム先生に、アーサーはホッと胸を撫で下ろし少し安堵した。
「そこで頼みがあるんだけどさ。エノちゃんも連れて行ってくれない?」
「え? ちょっと待ってください、まだ色々整ってないし、二人で行くなんて、それにエノは女の子ですよ? 私で守りきれるかどうか」
「大丈夫だよ。ちゃんと雨をしのげる家はもう作っておいた。はい地図」
そう言われて小さな小さなボロ切れの紙を渡される。
「ってこれ、都市から完全に離れた場所じゃないですか。緑の丘の上の石造りの家? なんの物語ですか」
「いや、だってその方がロマンチックじゃない? 都市なんか丘越えれば二、三歩でつく程度だし大丈夫だよ。あまり人がこない場所に作ったし」
気軽すぎる言葉に流石のアーサーでも骨が折れる。
ならばと思うと、当然これから忙しくなる。
色々と試行錯誤を重ねている途中、思わぬ発想の地雷が待ち構えていた。
——待て、一人の女と一つ屋根の下だと? もう危険な香りを漂わせてるではないか。
ゴクリと唾を飲み、エノを見つめた。
エノは不思議そうな顔をしてアーサーを見つめ返す。
だが、空気を切り裂く勢いで左右に首を振って感情を誤魔化した。
「ここで考えている暇はないな。兎に角、新天地に向かわなければ」
するとクレム先生も頷く。
「そうだね。でも、変な人と関わらないように、それと、君の様な金髪の子は目立つ。あまり大きな騒動を起こしたりしてはダメだよ?」
まるで、実の親の様に注意を呼び掛ける。
——最後の最後までこの人は変わらんな。
そう思って微笑を浮かべる。
なにも変わらない、こんな日常を自分は何処かで求めていたのかもしれない。
毎日が波乱だった前世の時代とはまるで別世界であり、一時の幸せに浸っていた。
だが、それは終焉を迎える。
またアーサーは踏み出すのだ。
血と絶望がなり響き、最悪が渦巻く地獄の世界へ。
「そうだ! 君に、最後に贈り物をしよう!」
急に何かを思いついたようにクレム先生は声を上げた。
贈り物、というと普通に思い浮かぶのが、お守りなどの手軽いものだ。
だが、前のように自らの自負心で成り立ったファッションセンスで適当に選んできた服、は有り得ないとは思うが、そんな有象無象なものを渡されても困るとアーサーは思った。
しかしその心配は覆された。
「名前を授けるよ。だってアーサー君はこれまでアーサーの下の名前を名乗ったことがある?」
言われてみればそうだ。
転生を果たしてから、自分はアーサーという名を訳も分からず名乗ってきた。
確かにそれだけでは少し物足りないような、何か違和感がある。
「言われてみればそうですね。名前はやはりちゃんとしたものが必要ですし」
「だろ? だから、昔の私の知人から貰った名前を君に授けよう」
高貴そうな服を靡かせ、アーサーを強い意志が感じられる眼差しで見つめながら言った。
「アーサー・エグラベル。君はこれからそう名乗りなさい」
「アーサー・エグラベル」
「この名前の意味は、偉大なる騎士や英雄、そして〝王〟という意味がある」
そんな立派な名前を貰ってよいのか。
第一、騎士の叙任さえしてない、しかもまだ、ただの剣先がよい子供には変わりはない。
アーサーは少し遠慮を見せてしまう。
「ですが、そんな凄い名前、こんな私がもらってよいのですか?」
と、遠慮のあまりどうでもいいような疑問をクレム先生に言う。
「大丈夫だ。エグラベルは昔の意味合いでっていうし、それにアーサーという名前も王様みたいな高貴なものがもつ名前だからね」
その言葉にアーサーはゾッとした。
まるで自分の全てを見透かされているような感覚に、冷や汗をかいた。
だが、クレム先生は何事もなかったかのようにアーサーとエノの肩を押した。
「さぁ、行ってらっしゃい! 良い報告を待っているよ! 僕はいつまでもこの村にいるからね!」
だが、今の場面は考え事をしている時ではない。
アーサー達はしっかりと気持ちを切り替え、今までの感謝を伝える。
「今までお世話になりました。立派な騎士になって戻ってきます!」
「クレム先生! 今までありがとうございました!」
そういうと、ジーク達が進んだ道のりをやっと歩みだした。
クレム先生は二人が村を出て、その姿が消えるまで歩みを見届けた。
「偉大なる騎士、か。なってくれよアーサー・エグラベル。伝説の〝英雄王〟に」
そんな声も聴こえたような気がした。
その頃、アーサー達の歩みの目的地であるレトアニアの首都では奇怪な噂が広がっていた。
街の人々はその名前を口々に出し、都市全体を覆い尽くすほどの恐怖がそこに集約している。
勿論、この噂は王の耳まで届き王宮では急ぎ神官や貴族たちが会議を開いていた。
一筋の火が宿ると、正装神官や貴族が姿を現す。
会議室の黄金の修飾が、辺りを満遍なく照らし続け、集まった者たちの集中を途切れ途切れにしていた。
「南の大帝国か。何故二年もの間にあそこまで成長したのだ」
南の大帝国。
周辺諸国とは一切変わらなかった小国であったが、昔の王が即位して以来二年。
つまり、アーサーがクレム先生を師とし騎士の鍛錬を始めたばかりの頃だ。
帝国は急激な成長を見せ、今やこの世界全体を見回しても一つや二つしかない大帝国まで成長を遂げた。
そのことの対策について、王宮では激しい議論が飛び交っていた。
「やはり放っておくことはできまい。いずれ、戦うことになる相手だ。一度ザムンクレムと手を組み共同戦線を張るのも良かろう」
「ふざけるな! 宗教を屈辱し! 今や四天王などというものを、神聖な神と同じ扱いをする異端者共と手を組むなど、それこそレトアニアの恥だ!」
「だが、今の我らレトアニアの後ろ盾である東の王国や帝国達もそろそろ痺れを切らしているだろう。現状での資源不足では太刀打ちはできまい」
暴論が暴論を呼び、まるで本格的とは言えない。
ある者は席を立ち、ある者は帰ってゆく。
しっかりと纏めることもできず、ただ淡々と立つ時間に、神官たちも焦燥を隠しきれていなかった。
ただ侵略の剣を振りかざされ、何もなく朽ちてゆくのがこの王国の運命なのか。
唯一の神に縋るしかないこの状況。
しかし、その殺伐とした空気の中に、それを一転させるかの様な凛々しい声が響いた。
「静粛に、ご静粛にしていただけますか」
そこには、不気味な微笑を浮かべ鮮やかなピンク色をしたドレスを着飾る女性が、凛乎として立っていた。
垂れ目であり口調は実に優雅である。
そこからは大人しく、おっとりとした印象を与えられる。
「南の帝国は動くことはありません。安心してください」
「アルワール卿! し、しかし攻められないという根拠が」
そう一人の貴族が口走る。
するとニヤリとまた紅の唇を歪曲させ、微笑する。
「あのお方達は、まだ南の西北の地方を征服し完全に統一したばかりです。まだ民や内政などを完全に統括してきってはいないでしょう。それに、あちらも侵略したのは山々な筈ですよ。今はまだ、その甘い夢に浸らせてあげましょう」
「ですが! 万が一いち早く攻めてきたら!」
アルノワール、と呼ばれた女性は艶の差した赤い唇が妖しく、そして美しく歪んだのであった。
★
村を出て、首都へと向かう旅の一日目の、心地よい乾いた風が流れる夜。
アーサーとエノはいつかのビルンデークの都市の宿屋で泊まるということになった。
……のだが。
「そこをなんとかできないんですかね。いくら連れとはいえ、一晩女性一人と一室で過ごすのは、ちょっと。ねえ? 分かると思うんですけど」
「んなこと言われたってェ、ウチァもう一室のみだァ。ねェのはねェんだよ。仲良く一つのベッドで一夜を過ごすんだな」
運が悪いことに、この街唯一の宿屋は既にほぼ満室となっていた。
残っている一室は一人用なので、野営しない限りアーサーとエノはそんな密室で一緒に一晩過ごすことになるである。
そんなことできるはずが無かった。エノと二人、一つのベッドの上で寝るなど、想像しただけで耳まで赤くなるのが、現在絶賛思春期のアーサーだった。
前世では、女とのそんな大胆な経験が無かったアーサーにとっては、かなり高い壁であり、まだ越えてはならない壁だということも自覚していた。
しかし、アーサーもエノも今夜は疲れている。張り切ってしまってペースを上げ過ぎたのだ。
お蔭でアーサーのふくらはぎはパンパンである。後ろの腰掛けに座るエノは既に舟を漕いでいる。お疲れ様だ。
ここはどうしても屋根の下で安心して眠りたい。
ここはもう、背に腹はかえられない。なに、一年前まではエノが勝手にアーサーの寝床に入って寝ることなどよくあったではないか。
しょうがないったらしょうがないのだ。止むを得ないのだ。
アーサーは自分にそう言い聞かせる。
ふー、と息を吐くことで覚悟を決め、
「ならばしょうがない。一室一晩借りよう」
「へい、毎度。部屋は二階の一番端だ。へへっ、良い夜を過ごせよ小僧」
「……。余計なことを……」
エノをおぶって、階段に上がる。
今思えばエノはおぶられてばっかである。
背中の暖かい感触も慣れたものだ。
荷物も一緒に部屋へ運ぶ。
アーサーはエノをベッドで寝かせ、その無防備であどけない寝顔を見て、溜息を吐く。
この一年半で彼女も女らしくなったものだ。
青い前髪を手ですくう。彼女は髪も腰に届く程伸ばした。
腕も脚も伸び、出るところも出ており、非常に魅力的だ。
そんな女が自分に無防備を晒しているのだ。何故か誇らしく、そして恥ずかしくなるのが男の性というものである。
「さて、」
アーサーはベッドから離れ、部屋の奥にあるテーブルにつき、荷物から一つのノートと、羽ペンを取り出す。
テーブルの上にノートを置き、開く。
内容はアーサーの日記だ。
一年前から書くようになった。
日記を書くことにより、物書きに慣れるようにする、というのが建前だ。が、実のところは、時々思い出す前世の記憶と共に日々の出来事や情報を書き残すことにより、忘れた時に読み直すためのものだ。
特別、アーサーが物忘れが多いというわけではなく、単に生前の日課であった故の行動である。
もしかしたら、ザムンクレムの王宮——残っていたらだが——にその日記が残っているかもしれない。
見つけたら何が何でも手に入れなければならないだろう。
「……ふぁ」
書き終わったと同時に口から出るあくびを噛み締め、野営用の寝袋を荷物より取り出し、床に横になる。
次の街までは二日から三日くらいの距離があるため明日は準備、明後日に出発するのがいいだろう。
アーサーは視界が暗くなるのを感じつつ、朧げに予定を考えながら眠った。
目的地、首都セントヴィールまでの旅は始まったばかりであった。
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影さんパート少なすぎィ!