影の呟き

影さんの小説を主に飾るブログです。

『零影小説合作』第十三話〝善意の笑み〟

 一章より文字数が増えて安定し始めてる気がする。

 自分は同じような表現を何度も使う癖があるのかもしれない。直していかなければ。

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 賑やかだった食堂は一気に消沈した。

 客は、岩の様に固まり出し唐突なことに動転している。

「あの輩たちは……」

 ズカズカと我がもの顔で大胆にご来客したのは、先ほどアーサーたちが助けた黒髪の女の子を脅し、襲っていた大男たちだ。

 二人組だったはずが、四、五人増えている。

 ——勝てないと悟った上で数を増やしたか。全くの悪党らしい愚考だ。

「おい! どこだオラァ! 金髪!」

 わきめもふらず、剣幕な大声を喚き散らし、昼間アーサーに痛手を負った、痛々しい部分を晒している。

 相当傷が深いのか、あれはもう戦える状態ではない。

 そしてなんとも滑稽な光景ではあるが、今は笑える心境でもない。

 だが、アーサーはあまり無関係の人間を巻き込みたくないという妙な良心か、はたまた常識的な思考が働いたか、潔く名乗ることにした。

「そこの下賤な悪党よ。私に用があるのだろう? 無様な傷を晒しながら店に堂々と入ってくるなどまるで昼に屈辱していた騎士のような勇ましっぷりだな」

 と、忌々しい口調で足を組みながら言う。

 わざとアーサーは悪党を煽った。

 あまり周囲に無駄な被害が及ばぬ様に、狙いを自分一点に集中させるためである。

 そして短気なその悪党たちはまんまと、アーサーの壺になんの躊躇いなく入って行く。

「あぁん? なんだと!? このクソガキ! テメェだな!?」

 そう言って、一人の大男が指をさした。

 それを見るやいなや、アーサーはご満悦な顔で組んでいた足を崩すと席を一旦離れ、余裕な足取りで悪党たちの前に阻み立つ。

 しかし、アーサーの口から出たのは意外な言葉だった。

「悪党共よ。ここは一旦和解しないか? お前と私の実力の差は歴然だ。なんとか端緒を見つけ出して

「は? お前と和解なんてするわけがないだろうが。俺らがお前を許すと思ってのかぁ?」

「予想通り言っても分からんやつか」

 溜息交じりに肩を落とし、顔を俯く。

 ピリピリとした空気がますます、純度を増してゆく。

「どうした? お前らはその精悍と威勢だけが取り柄か?」

 そして最終的に男たちの沸点を少し使役した。

 まずは見せしめとして一人倒す。

 そうすれば数で押せば勝てると、無理矢理にリーダーは思考して今度は集約して襲ってくるであろう。

 そこが要であり、アーサーの一つの作戦で颯爽と鎮圧させる為のチャンスでもあった。

「このクソガキィ! 俺らをなめるのもいい加減にしとけよ!」

 ここで、等々我慢が出来なくなり、腹を煮え滾るようにして憤怒した一人の悪党の連れの男が、アーサーに拳を振り下ろした。

 ——よし、まずは一人目

 そう心の中で安心したかのように呟いて手を握りしめ、構えをとる。

 相手は非常に典型的な攻撃方法だが、ストレートを放つ右手に威力をつけるために、右半身を捩じらせた。

 アーサーはそれを難なく回避すると、捻れた影響で体全身の体重を乗せていた左足を払った。
「ぐわっ!?」

 するとバランスを崩し、床に向かって頭から落下した。

 バン! という衝撃音は店の中を反響し、周りの客たちと大男たちを動揺させた。

 特攻した男はその過激な痛み耐えきることができず、エビのように丸まり、頭を抱える。

「くっそ! お前らも行け! こうなれば数でなんとかするぞ!」

『おう!!』

 リーダー格と思われる大男が完全に勝敗の効率を遺漏させた指示を出すと、纏まっていた男たちは乖離した。

 アーサーの予想通り、敵はリーダーを放棄し数で押してくる。

 動きから察するに作戦は、暫定には練っていないようだ。

 だがその中にも敵に利点はある。

 隙のない、素早い動きだ。

「これは、マズイな」

 予想外に団結力が高い悪党たちは、なんとも巧妙な速さと、息のピッタリさに危機感を覚え、冷や汗をかいた。

 二人ずつ、走りながらアーサーの左右に迂回し始める。

 だが今は好機ではない。

 扉へと一直線に伸びる道のりは障害物もなければ、防壁になる男もいない。

 まだだと、焦燥する精神を慰める。

 そして仏像のように動かなかった足に、本能が今だ! と命令を出した。

 その瞬間にアーサーはまなじりを決し、足を軋ませるように伸ばし走り出した。

「あがっ!」

「ぎえっ!!」

 左右から来た二人の男は互いに捕まえようと、板挟みのような形で迫って走っていたが、アーサーがその場から移動した。

 そのため、速度を落とすことができず衝突してしまい、額を凄絶に強打した。

 だが、アーサーの左右から来たのは一人ずつであり、リーダー格の大男から左右に同時に迂回したのは二人ずつの筈である。

「しまった! もう二人いない!!」

 咄嗟に気づき走りを止めるが、もう手遅れであった。

 机を踏み台にして一気に跳躍した悪党の一人が、左手でアーサーの首筋を掴み、床に叩きつける。

「これで終わりだクソガキ!!」

 そう言うと男はおもむろに、拳を振り上げる。

 このままだとタコ殴りだ。

 そう思い、照明を遮るほどの大男から視界を逸らすと、腰にセットしていた小刀を手際よく抜き出し、男が丁度踏み台にした机の軸に投げつけた。

 ここの店の机は一つの大黒柱のようなものが、バランスを保っている。

 だがなんの僥倖か、たまたまその机の中心の柱は見事に腐りかけており、少し衝撃を与えれば倒れそうな勢いだ。
 それに跳躍した男の重圧が加わり壊れやすくなっていた。
 流れるようにして小刀が、その中枢に刺さる。

 バキッ! という木が切れるような音がなると、男の頭に机の角が見事にヒットした。

「ぐっはぁ!!」

 当たりどころが良かったのか、右拳に入っていた力は水風船が割れるかのように一気に抜け落ち、男は目を回しながら気絶してしまう。

「よっし!」

 そう言って、死体のように動かなくなった男を退け、また走り出す。

 だが、そう易々と順調にものを運べることはまだできなかった。

「俺を忘れんなよ!」

 すると、昼間黒髪の女の子を脅し、襲っていたあの時のもう一人の大男がまた立ち塞がった。

 非常にめざましいが実質的にはかなりの強者に見える。

 昼間は油断していた所を狙えた為に倒せることが簡単だったが、戦闘状態が整っている戦士ほど恐ろしいものはない。

 だが、アーサーは一切慢心などせず、その巨体を上手く利用した。

「残念ながら俺の方が有利だ」

 アーサーの背丈では到底、大男の服の袖と襟をもつことはできない。

 しかし、何を思ったが、その男の服の裾を掴むと、猿ように跳躍して空中でバク転し、空気を切り裂く勢いで、頬に右足で強力な蹴りを一発いれた。

「うぐっっ!!」

 よほど威力が強かったのか、男の歯が折れて口から血が飛び散った。

 膝を曲げながら、伝承の巨人をも連想させる巨体が瓦解するかのように、崩れ落ちてゆく。

 ズシンと倒れる音ともに、ピンピンしているもうリーダーの大男に恐怖が伝播した。
 まさか本当に敗北するとは思いもよらなかったその男は、尻もちをつくように後ずさりをした。

「なん、だと!!」

「終わりだな。今すぐに降伏するなら見逃してもいい」

 もう手段がなく、後ろ盾を失った悪党は手を握りしめて、悔しさをアピールした。

 唇を噛み締めて、何かを考えている様子だったが、次第に風船が割れ空気が抜け落ちるかのようにゴツい顔が弛緩してゆく。

「くそっ、全てあの黒髪のガキのせいだ! あいつがいなければこんなことに!」

 何故か、あの勇ましい少女に責任を負わせようとする大男。

 やはり、体だけであり顔をみれば化け物を見たかのように蒼白色に染まり、精神的にはもう悲鳴を上げているのが容易に伺える。

 それを見ていたアーサーは、思考に一本の火を付けるかのように何かを閃いた。

 見守っていたエノも何かよからぬことを考えているのではないかと、心配する目で見つめる。

「あーそうだ、言っておくが。お前が襲ったあの黒髪の女の子は貴族だ」

 そして、あからさまに嘘偽りをつくアーサー。

「な、なに!?」

「ちょ! アーサー!」

 凄まじい規模の大嘘をつくアーサーに、さすがのエノもストップをかける。

 だが、世間を知らない悪党にとっては良い弱点だ。

 実質、黒髪の貴族など少ない。

 ——世間知らずの阿呆には丁度いい土産だ。

「だが! あんなボロボロの服を着衣しながら貴族を名乗るなど!」

「お前は、服だけで地位を決めつけるのか? 昔からよくある話しだ。東方の国でも強大な皇帝が、平民の格好をして街に繰り出すなど、ザラにある話しよ。ましてや、派手な服を着て街にでるなど、都に住む輩がやることだ」

 周りの人間にはわざと聞こえないように、男の耳元でアーサーは呟いた。

 確かに有り得る事だが、まだ下級貴族のものをいきなり上級貴族扱いに昇華させるなど、アーサーにとって本当は気が乗らなかった。

 それこそ、言葉の蛮勇だからだ。

「そ、それじゃあ……」

「あぁ、もうあの子と話しはつけてある。また一度襲ったりすればどうなるか分かるな?」

 それに流石に感づき、ゾワッと凍土にいるかのように震え上がったリーダーの大男は、叱咤するような焦った声で他の仲間を呼応した。

「に! 逃げるぞ! お前ら! ここにはもう用はねぇ!!」

 ある者は跛行し、ある者は仲間を抱えて、店から痛々しい姿で出て行くと、疾駆の速さで街の向こうに消えていった。
 傍観していた客たちはそれを見ると、拍手喝采ではなく、また黙々と料理を食べ始めたり、会話を再開し始めた。

 それを目を細めながら見つめていると後ろから袖を引っ張られる。

 するとそこにはエノが、頬を膨らませて怒っていた。

「もう! アーサーったら! もしもそんなことを広められたりしたらどうするの!!」

 だが、ここは冷静に対処する。

「大丈夫だ。これで、我らが街で目立つ心配は減ったし、当分あの少女にも悪党たちは近寄らないだろう一石二鳥だ。それに、やつらが噂にする道理も一切ないからな」

「……だと、いいんだけど」

 そういうと、アーサーはポケットから銀貨を三枚取り出し机の上に置いた。

「ごちそーさん。行くぞ、エノ。こんな下品な店はいられんよ」

 どう考えても皮肉に聞こえるその声は、夜の暗闇に消えていった。




「ハッ……ハッ……!」

 身体中の血液が音をたてながら脈を打ち、筋肉は興奮で痙攣している。
 呼吸は荒いながらも規則正しく一定のリズムで、少しずつ空気を殺意で染める。

「——剣鬼」

 頬の筋肉も例の如く痙攣しており、瞳孔は怒りで縮み、熟練の戦士でさえ鳥肌を立てるような殺気を視界の存在全てに放っていた。

 ギリッ。

 その音は骨をも砕く歯が、鉄ですら砕く力で削れる音だ。

 その音を発したのは一人の剣鬼。
 人の形をした鬼。
 剣を振るう髪を血と土で汚した悪魔——否、少年だった。

 血濡れの少年は右手に持った剣の先を前方へ向け、左手の剣を肩に預ける。
 獲物を狙う猟豹(りょうひょう)のように身を低くし、完成した構えは視界にある全ての獲物を殲滅せんとする。

「————」

 呼吸は止まり、血の昂りに歓喜していた筋肉も緊張に震えを止め、只々脳からの信号を待望した。

「——!」
「——ッ」
「——!?」

 剣鬼の必殺の領域に入ってしまった獲物達は、戦慄と怒気を込めた言葉で悪魔の縄張りから抜けんと騒ぎ出す。

 血濡れの少年はその不協和音を解さない。否、耳に通さないのだ。
 ひたすら少年は集中した。
 目を閉じ、脳裏にこの獲物達をどう狩るか。どう斬って行けば最速か。
 坦々と、我武者羅に、ただひたすらに。脳が焼き尽くす程に。鬼は思考した。

 ——剣鬼はここに覚醒する。

 血を吸い赤みを帯びた土は馬にも匹敵する力によって抉られ、しかし音をたてずに宙を舞う。

「ヒッ」「アァァアア!」「グッ、あ!」「ラアァ!」「——ッ!」

 轟くは負け犬の遠吠えと血肉が地に舞い落ちる音。
 それを成すは研ぎ澄まされ、境地に達した静かなる剣撃。
 大気はその冷酷かつ残酷な、一方的過ぎる最凶の剣戟に緊張する。

 赤黒い血が落ち切る頃にはただ一つの赤い影のみしか立っていなかった。

 剣鬼は血で汚れた空気を吸い、その生臭く嫌悪感さえ感じる臭いに口を歪め、見た者全てを凍てつかせる笑みを浮かべる。

「アァ……」

 少年は赤い吐息を漏らし、殺戮の余韻に浸る。

 ザッザッと人が土を踏むざらついた音が沈黙を破る。

 人の形をした悪魔は、歪な笑みを音の鳴る方へ向ける。

 それを見た異物は何を思ったのか立ち止まり、手を一定のリズムで叩くことで何かを称えるように乾いた音を鳴らす。

 剣鬼はそれだけで誇らしくなり、ゆっくりと脚を伸ばして胸を弓のように反らせる。

「——君は最高だ。剣鬼ジーク」

 血と泥で汚れた白髪を額に張り付かせながら、剣鬼は声を上げて壊れたように肩を揺らした。
 拍手と共に。ただ、笑った。
 その狂気に満ちた笑い声に込められた幾多もの感情は——誰も知らない。


「あっ」
「ぬ」

「……?」

 騒ぎを起こさないと誓いながらも、その日の内に騒ぎを起こしてしまったアーサーと、それに溜息を零すことで心労を紛らわすエノ。
 あの騒ぎの後適当に帰り道で買った鶏の串焼きを口に咥え、全速力で走って二人は帰還した。勿論、村では無く宿屋にである。

 部屋に入り次第、エノは一時間にも及ぶ説教をアーサーにぶつけ、アーサーはそれを素直に受け止めた。
 説教と言っても愚痴が混ざっているものでもあった。

 二人はその日の深夜に街を出ようとしたが、アーサーはやはり駄目だと宿屋を出たくらいで止まり、日が昇るのを待った。

 太陽が地平線から頭を見せると共に改めて宿屋を出、寝静まった街を出ようとしていたところで先ほどの台詞に至る。

 街の城門を前にして二人の前に現れたのは昨日の黒髪の少女だった。
 朝の鍛錬がてら走り込んでいたのだろう。雨に濡れたように汗に塗れている。

 少女は足を止め、アーサーの顔のみを静かに翠玉の視線で射る。

「……」
「……」

「……むぅ」

 アーサーはそんな少女を見つめ返す……睨み返すと言った方が正しいのかもしれない。
 昨日はよく見ていなかったから気付かなかったが、彼女は三白眼だ。
 恐らくただ見つめているつもりなのだろうが、アーサーからしたらただ睨まれているとしか思えなかった。
 ただ目は離さない。離すと負けた気分になるからだ。

 因みにエノはそんな見つめ合う二人にご機嫌斜めの様子で、成り行きを見届けていた。

 睨めっこを始めて数分後。やっとの事に少女は、何かしらの挙動を見せる。
 ずっと彼女を見ていたアーサーは唐突な動きに、つい身構えてしまった。

 三人の間に緊張が走る。

 黒髪の少女はゆっくりと右腕を持ち上げ、人差し指を突き出し、その先をアーサーへ向け、口を開く。

「お兄さん——」

 汗伝うアーサーの喉仏はごくりと音を立てる。

「——誰でしたっけ」

 その問いに理解が一瞬できなかったアーサーの集中が、呆気なく瓦解しバランスを崩す。
 エノは只々呆れていた。

「ただの馬鹿か」
「ただの馬鹿ね」

 アーサーとエノは口を揃えて語尾のみが違う言葉を同時に発することで、少女に残念な評価を与える。

 二人のそんな反応に目も耳もくれず、黒髪の少女は苦い表情をしながら頭を乱暴に掻き、「うーん」と女子特有の高い声音で唸りながら記憶を掘り返している最中のようだった。

 そして思い出したのか右手を握り槌のようにして、少女は左手を打つ。

「昨日のお兄さん!」

 少女は口をニヤリと歪め、ズバリと言った様子で自分の作った疑問に約三分程の時間を経て、回答して見せた。

 そんなマイペースと言える様子に、同じくマイペースな二人は呆れるばかりである。

「昨日はありがとう! お蔭で助かったよ!」

 黒髪の少女はアーサーに向けて太陽のように明るい笑みを浮かべながら、アーサーに感謝を述べる。

 ——こちらもお蔭様で、昨晩はかなり賑わいのある晩食が戴けた。

 アーサーはそんな本音を呑み込み、

「ああ。恐らくもう同じようなことは起こらないはずだぞ」

 と、安心させる為に細やかな笑みを浮かべながら、そう報告をする。

「これからは一人で出歩いちゃ危ないよ? 今は人攫いも流行ってるんだから」

 エノは年齢にしては少し小柄な少女の目線に合わせてしゃがみ、黒髪の頭を撫でながら優しくそう忠告する。

「お姉さん達は、どこに行くの?」

 二人の言葉を無視して少女は二人に問う。その反応に流石のエノも苦笑いを浮かべるのみだ。

「私達は首都に向かう。これからこの街を出るところだ」

 アーサーは爪先で整備された石材の地面を突きながら、質問に答える。
 正直、もう早く出たいというのがアーサーの心情であった。

 アーサーの言葉に少女は首を傾け、目を閉じ再び思案した。
 再び、である。そんな時間を喰い続けるやり取りにうんざりしたアーサーは、

「悪いが私達は急いでる。行かせてもらうぞ」

 内心を露わにせず、少女の頭に手を軽く置いてそう嘯き、前進を数分ぶりに再開する。

「待って!」

 アーサー達が門を出たくらいで、少女は二人を呼び止める。
 アーサーはいい加減ムカつき始めている。

「なんだ」

「私も連れてって!」

「はあァ?」

 唐突過ぎる提案に、アーサーは間抜けな声を出す。
 それに対して少女は真剣だ。睨み付けるような眼差しがそう物語っている。

「どうして、着いて来たいの?」

 一方平常運転のエノは、真っ先に少女へ問いを飛ばす。

 少女は頬を指で掻きながら、

「首都にお父さんが居て。会いたいの」

「……」

 アーサーは照れ臭そうに理由を言う少女を、今一度じっくりと観察する。
 手足は痩せ細っており、肩まで伸びた黒髪は毛先がバラバラだ。

「駄目だ」

 それを見たアーサーは静かに口を開き、提案を否定する。

 少女は目を見開き、一瞬だけ悲惨な表情を浮かべる。
 すぐに先ほどの表情に戻し問う。

「なんで……?」

「お前を連れて行く程の余裕はない し、痩せた女子を連れて行くと進行速度が落ちる。別に急いだ旅ではないが、私は物事に無駄な時間を掛けたくない性だ。利益もない」

 アーサーは固い声音で否定した理由を宣べる。それは正論であり、拒絶を示していた。
 しかしアーサーは少女の反論を待った。無駄な時間を浪費したくないと宣言したのに、だ。

「お、お父さんところに連れて行ってくれたら、お、お礼もするよ……?」

 少女は昨日悪漢に立ち向かった勇ましさとは対照的な、弱々しい声音で己を首都へ連れて行くことによって生じる、利益を述べてみせる。

「ふむ。だが私が聞きたいのは、本当の理由だ」

 アーサーは少女を試すように要求する。
 今まで真面目な表情で事の成り行きを見守っていたエノは、アーサーの顔を見て得心が行ったように頷き、再び少女へ視線を戻す。

「それは……」

 少女の声は震えている。言うか否か迷っている様子だ。
 だがアーサーは待つ。

 やがて少女は涙を目に溜めながらも、流しまいと我慢しながら幼い唇を震わせる。

「騎士に、なりたいから」

 その返答は言葉だけを見れば愚かなものだったと言えた。
 だが少女の眼は本物であった。
 それは一人前の騎士がするような、静かな威圧感さえ込められており、その返答が本気であることを訴えていた。

 その気圧を正面から直に受けたアーサーは、しかしゆっくりと笑みを浮かべ、

「なら、早く荷物をまとめてここに来い。出来るだけ静かにな」

 そう少女に命令するのであった。

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 次回から更新速度が少し落ちるかもしれないらしいです。
 次回前半はhttp://kuhaku062.hatenablog.com/にて!