影の呟き

影さんの小説を主に飾るブログです。

『零影小説合作』第四話〝進撃と鍛錬〟

 ※改訂版です。

 誤字や私(影星)とゼロ君による呼称の違い、あとは不自然と思われる表現を一部直しました。



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  眩しい太陽の光が目を刺激する。

  小鳥たちが交互に飛びあい、家畜の鶏が合図のように鳴り響く。


  朝だ。


 人生に何回も経験しているというのになんだが、今回だけ特別に清々しい。


 だが、体が妙に身軽くおぼつかない。


 そうだった。


 自分は小さな平民の少年になっていたんだ。


 すっかりと頭から抜けていたので、身体を操作することが困難になり、足が他律したかのようにフラフラとその場を歩き回る。


 無意識のうちに小屋から出ると外では鳥の卵を焼くクレムに出会う。


「おーう! おはよう! いい朝だな」


「誰だ、お前」


 まだ寝ぼけているのか、記憶が戻らないのか、まるで理解に乏しい状態のアーサーであった。


 この世の終わりのような顔を浮かべながら驚愕したクレム先生は、またもやムカデのように爬行するとアーサーの目の前まで行く。


「起きろォォォォ!!!」


 やがてクレム先生は勢いよく頬をビンタすると、アーサーの潤みの無くなっていた瞳に煌めきが戻る。


 どうやら意識が完全に覚醒したらしい。

 覚醒のついでか、痛覚も蘇る。


「いっでええええ!! 何をする!!」


 いかにも少年が上げそうな、というか少年が上げる荒々しい声に、クレム先生は安堵の表情を浮かべる。


「お前が寝ぼけてたから起こしてやったのだよ。感謝するべし」


 まだ完全に開ききっていない目でなんとか視界を広げようとするアーサー。


 石造りの民家が点在する村のため、太陽の光が石から反射して、自然の何もかもが自分に対して目覚めろと言っているようで、半心アーサーはイライラしていた。


 ハッハッハ〜とクレム先生が軽く笑う。


 憎たらしいが、ここでモヤモヤしている訳にはいかない。


 精神を一旦落ち着かせると、これまであったことをまるで電脳のように解析、整理しだした。


  二つの王国、四天王、暗殺、前世の記憶。


 そしてアスタロト

 昨夜に見たものは紛れもない事実であり、現実であることは身体が覚えていた。


 実際に戦い、その強さを身に染みて感じた彼にとっては恐怖感、そして困惑。

 この二つの原点は有り余るほどに感情や心を蝕み続けていた。

 ことの顛末はこの身体になってからだ。


 この体になる前の、この体の持ち主であった普通の少年は一体何者であり、何をした?


 疑問が疑問を呼ぶうちに。


「おーい!  考えごとよりまずは飯食ってすっきりするぞー」


 そんな励ましのような催促のような声が、今までの考えていたことがまるで一本の道に並べられた灯篭が、一瞬にして消えるかの如く薄い火のようにスッと消滅してしまった。


「あ、あぁ……」


 ——全く、この男のせいで台無しだ。


 そんなことを思うと、少年はまた一つ、大切なものを手に入れた実感が湧いた。




「ぐっ、はッ……」


「おいおーい、本当に根本的なことからやっていかないとダメなのー?  アーサー君全然体力ないじゃーん」


 草木が生い茂る中に、汗塗れの顔をぐっしゃりと無様に置いた。


 ——前言撤回……なんで私にだけこんな厳しいんだ。と思わざる得ない。


 基礎体力をつける為、走るにしても筋肉トレーニングにしても、全く良い成績を残すことができない。

 というより、無茶過ぎるのだ。やらされていることが。


「今は動乱の時代だよー。体力がなければ重い鎧担いで走ることもできないし、剣も振り回すことすらできないよー? だから体力がものをいうから、それが登龍門といっても過言ではないかもしれない」


「こ、ここからですよ……」


 息を荒げながら、アーサーはまた赤い眼光を光らせてまた山道を走り出した。


「あいつ、なんか先生と会ってから変わりましたねー」


「そうか?  全然何も変わってない感じに見えるけどねー」


 アーサーをクレム先生の所にまで連れてきた三人の子供たちは、その後を追うようにして走って行く。




「おわ、終わった……なんで私だけ山道二十周なんだ」


 こんなにまで苦しいと思った鍛錬は初めてだ。


 何かに桎梏されているようで、情けないことに正直言ってもう心が折れそうだった。


 だが、ここで衷心を露わにすれば全ての真実が知る前に老いて死ぬか、徴兵されて戦場で一人の敵倒すこともなくあの世に行くだろう。


 それは、『王』としてのプライドが許さなかった。


 自らの体と相談し、許容できる範囲で鍛えた。

 駑馬に乗るような、皆より劣っているため、気分が非常にどんよりとしている。


「おい、聞いたかザムンクレムが俺らの領土内に侵入したらしいな」

「やべぇな……こりゃ大戦争の前兆か? 絶対戦場行きたくねぇよ」


 そんな声が、家畜の整備をしていた男たちから漏れていた。


「もう、奴らが進撃を始めたのか」


 そんなことを呟くとまた鍛錬に戻ってゆくが、ここで信じられない言葉を聞いてしまう。


「しかも、奴らは悪魔と契約して強大な力を得ているらしいぜ」

「悪魔?  例えばどんな悪魔?」


「聞いた所によると、大悪魔アスタロトとかいうやつでな」



 その言葉に思わずハッとした。


 昨夜、自分を襲撃した赤髪の少女ではないか。


 ——まさか、本物の悪魔であり我が王国を裏で操る影にもなっているのか……?


 妙にそのことに怒りが込み上げた。

 歯をギシギシと鳴らし、不満をわざと表情にだした。


「絶対にゆるさねぇからな、アスタロト!」


 アーサーはそう自らを鼓舞し、気合を入れ直した。


 ——誰にもいない所で叫ぶように見えた。

 が、そこに一人の物陰があり。


  俊敏なアーサーでも気付けないその正体は自ずとまた暗闇に影を消した。





 小屋の前の平場に戻るとそこでは少年達のリーダー格……クレム先生からはジークと呼ばれていた白髪の少年が丁度クレムと模擬戦をしているところだった。


「タァ! セアァ!」

「斬る相手を見て、正確に剣を振るんだ。そして無駄な力を入れるな」


「ふむ」


 ジークが我武者羅に木剣をクレムの振り、クレム先生はそれを躱したり受けたりしているところだった。

 ジークはまだまだ未熟だが、中々見所がある。きっと良い剣士になるだろう。

 クレム先生はやはり手加減しているようだが、動きに無駄がない。動きが軽やかなのだ。


 生前では一国の王でありながら最前線で剣を振り、数十もの命を奪ったりしてきたアーサーだが、その経験で得た知識からもクレムという男の動きは、出来上がってると言っても良い程のものだった。


 ——最初の目標はクレムに勝つことからにしよう。


 アーサーはそう決める。昨日と今日、この身体を使って分かったことだが、この身体は感覚が鋭い。

 視力や聴力が特に高いと言える。

 身体はまだまだ貧弱だが、しかし鍛えれば結構良い線まで行くはずだ。

 アーサーは早くも身体に馴染み始めていた。


 ——アスタロト


 生前統べていた国を裏で操っていると思われる、何故かこのアーサーという存在を気に掛ける謎の悪魔。

 先ほど耳に入った噂が事実ならば何れ彼女と闘わなければならない。


 自問自答。

 ——私に、かの悪魔を倒せるのだろうか。

 難しい。少なくともあと十年は鍛え続けなければ足元にも及ばないだろう。

 ——彼女は何故私を監視しているのだろう。

 私がこの身体になる以前にアーサーという少年が何かした。或いは生前の私を……。


 アーサーは頭(かぶり)を振る。

 どうせ今考えてもしょうがない問題だ。

 切り替えて目の前の状況に集中しなければならない。

 なに、記憶を持ったまま子どもに戻れたと考えればかなりの幸運と思えるではないか。


「おーい、アーサー! なにそこで突っ立ってんだよー!」


 そこで昨日ジークの後ろに居た少年二人がアーサーの名を呼びながら手を挙げる。

 彼らは二人で模擬戦をしていたようだ。片方が地面で大の字になって転がっていた。


 アーサーは手で、汗で額に張り付いた金色の前髪を払いながら、彼らの元へと近づく。


「よう。クレム先生は今ジークの相手してるから、一緒にジークの闘ってるところ見てよーぜ」


「う、うむ。えーっと……」


「ん? ああ、オイラの名はバルハっつぅんだ。んでそこで寝てる奴はアール。そういえば話すの初めてだよなー!」


 彼らとは話してなかったらしい。楽で結構だ。

 バルハは黒髪をハンカチで覆い、後ろで縛った三白眼の少年だ。イタズラが好きそうな印象を受ける。


 それに対してアールは身体が大きい。褐色肌とまでは行かないが、肌の色が少し濃いか。暗い茶髪の大きな少年は、体格に似合う穏やかそうな顔付きをしていた。


「にしてもよー。昨日のアーサー変だったよなー」


「ああ……昨日は少し、取り乱したな」


 バルハと二人、隣り合って座りながらジークとクレム先生の模擬戦を眺める。

 いや、後ろにアールが立っている。三人で模擬戦を眺める。


「お」


 木剣をクレムに弾かれジークが尻餅をつく。決着がついたようだ。

 ジークは悔しそうに息を整えながら、クレム先生をその蒼い瞳で睨む。

 そんなジークにクレム先生は優しく微笑みを向け、


「うん。ジーク、君はやっぱり良い剣士になるよ」


 と褒め称えた。


 当分はクレム先生よりジークがライバルになりそうである。

 生前にもそんな存在がいた。奴は今どうしているのだろうか。


「お、アーサーか。君も体力を付ければいずれジークと良いライバルになるだろうな。頑張れよ」


 クレムはアーサーのところまで行きアーサーの肩を励ますように軽く叩く。


「りょうか……いえ、分かりました! クレム先生!」


「うむ。結構。では皆、一度小屋に入って休憩とするか」


『おう!』


 少年達は先生の指示に対して声を揃えて良い返事をする。





「はあ……」


「アーサー。集中するんだ。歴史を学ぶことも、騎士には重要なことだ」


 あの後、昼飯を取ってからジーク達は帰って行った。

 勿論、アーサーの家はこの小屋であり、まだ午後の授業が残っているので居残りすることになっている。

 授業はレトアニア王国がまだ都市国家セントヴィールタニアがどのようにして、王国へと成長したかの内容だった。


 アーサーは己の金髪を乱暴に掻く。


 生前で知っているレトアニアの知識と言ったら、統べていたザムンクレム王国の同盟を結んでいた国、アルカニス王国と長年競り合ってきた成長途上の国だ。


 もともとレトアニアは複数都市国家による戦争で勝ち抜き、それらを統べたことで知られる。

 都市国家群一帯は自然に溢れており、資源が豊富だった。それらを手にしたのだから彼らは警戒すべき強国として各国に認識されている。

 実際私も彼らをアルカニスに吸収させその上でアルカニスを吸収し、ザムンクレムを一つの大国へと成長させる計画があった。

 そう。あの時殺されて居なければ——


「これこれ。アーサー。ちゃんと授業に集中しないかね。夕飯抜きにするぞ」


 ただ張り切っているだけと思ってた時期もアーサーにはあった。やはりクレムという男はスパルタだった。


 冗談はさておき、アーサーは授業を聞く振りをする。

 しかし、レトアニア王国の平民に転生した今、アーサーはどちらの味方をすべきかで悩んでいた。

 生前愛したザムンクレムか。今住むレトアニアか、である。


 レトアニアとザムンクレムは近い内に周辺国をも巻き込む戦争を起こすだろう。

 そうなった場合、今のアーサーは何が出来るのだろうか。

 ザムンクレムを操っているという悪魔達を排除し、救いたい。しかしレトアニアはアーサーの住む国だ。


 ——私はどちらの味方をすることになるのだろうか。


 今のアーサーにはその答えを導き出すことはできなかった。


「授業を終了する。休憩してよし。僕はこれから夕飯を調達してくる。呉々もこの村から出ることは無いように。いいね」


「はい」


 考え続けるだけで授業を終えてしまった。

 クレム先生はそそくさと出て行ってしまった。

 さて、休憩するのもいいが、暇である。どうしたものか。


「少し、そこら辺を探検するか」



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 次回、第五話〝真意と少女〟