影の呟き

影さんの小説を主に飾るブログです。

『はっぴーばーすでー、とぅー隊長さん』

「二月十二日は隊長——フィリアスさんの誕生日ですし、やっぱりみんなで祝った方がイイですよね」

 

 二月五日。年が明けてもVICEによる侵略により日々戦場では多くの存在が血汗流し闘いに明け暮れていた。

 だがそれでもその戦火が降り注ぐことなく比較的平和なところも存在はするもので、そういったところでは年が明けて一ヶ月も経てば、日々生計を立てるためにせっせと働き始めるものだ。

 

 そんな中、その例に漏れず一月の中旬から続いていた約二週間に渡るゲオメトリア界陸での敵対勢力のアジト攻略における支援任務を無事終えてきたG-Clef特殊分隊、通称:ト音部隊一行は二週間ほどの待機命令、実質の休暇をもらっていた。

 

 休暇と言っても、分隊長たる〝フィリアス・ミューレイド〟はその優秀さを買われ、『旗課(フラッグクラン)』や『剣隊(セイバークラン)』、はては支援部の『書隊(ブックスクラン)』にまで行ったり来たりを繰り返している。

 その様子は隊員の目には「忙しすぎる」、「メンドくさそう」。そんな感想ばかり抱かせる有様であった。


(マジ過労死するんじゃねえのかな……フィリアスさん)


 昼過ぎ。陽の光を反射して輝く大洋に目を細めながら、茶髪の狐系獣人——ダンツはそう心の中でつぶやく。


 場所はナイツロード本部・海上要塞レヴィアタン内の商業区にある一つのカフェテリアである。件のフィリアスが部隊招集の際に好んで使う、海が見渡せる席だ。


 彼女を慕う隊員の若い三人——若干一名はそれについて強く否定するが——はそんな〝めちゃんこ忙しそうな〟隊長のことについて話していた。


「というか、ダンツ君よく知ってますね」


 黒髪の人間の少女。うなじをまとめた髪で隠したシオンは、そんな返答にやや困る疑問ともつかないことを言った。

 ダンツはそれに軽く「ハ」と息を吐きつつ応えた。


「まあな。少年養成所の頃から一応見知ってたし」

「そういえばそうでしたね」

「ま、言うて二、三年ぐらい前だから然程昔とは言えないけどな」


 ダンツはとある事件で住んでいた国が滅び、避難先で世話をしてくれていた人が病で倒れていた時に傭兵団『ナイツロード』に引き渡され、そのまま訓練を受け傭兵になったという経緯を持つ。


「貴様の経緯なんてどうでもいい、犬。何故吾輩まで呼ばれないといけなんだ。答えろ」


 そうダンツを息をするように罵るもう一人の女性はテルモという、はなだ色のツノをこめかみから後ろ向きに伸ばした黒髪の竜人だ。普段から尊大そうな雰囲気で喋る彼女だが、今日は特に不機嫌そうなオーラを出している。


 普段こういった部隊メンバーでの集まりにほとんど参加しない彼女だが、ダンツは「フィリアス隊長から次の任務に向けて隊員を鍛える」という嘘の情報を伝え呼び出したのだ。

 不満の一つ覚えるのも仕方のないことだった。


 どうにもダンツがとても気に食わないらしいテルモは、そんな彼の所業にとても腹を立たしげに呼び出しの理由を問い、ダンツは頭を掻きながら答える。


「いやあ。休暇でも頑張ってる分隊長さんに、俺らからなんか誕生日プレゼントでも贈呈できたらなって。シオンとそういう話になってさ。あと俺は犬じゃなくて狐系な」


 そう理由を主張するダンツにテルモは「ハッ!」と嘲笑い、


「知ったことじゃない。貴様らで勝手にやっていろ。吾輩にそんなことをしている暇はない」


 と、キッパリ話を投げ出すのであった。

 腕を組みながらその凄まじい眼力でダンツに対して突っかかるその姿は板についていた。


 しかしダンツとシオンは知っている。彼女は任務などの仕事がない日は鍛錬に明け暮れていることを。

 人が努力しているとこに水を差すのは気の引ける行為ではあったが、時間は作ろうと思えば作れるのだ。

 それに彼女のみ省いて除け者にするのはよくないことである。そういう考え方をするのが彼らの隊長、フィリアスという人間なのだ。


「まあまあ、テルモさん。目上の人ですし、いつもお世話になってるんですからこれを機に恩返ししましょうよ」


「……フン」


 ダンツの提案にテルモが反発し、それをシオンが宥める。この部隊の半年と少しですっかり見慣れてしまった光景である。

 テルモはシオンが宥めるとダンツに対する反発が弱まるところがあるのだ。


 それはト音部隊の最初の演習で、シオンがフィリアスに一番食いつけたことに起因することなのだがここでは割愛しよう。


「それで、プレゼントはどう用意するんです?」

「そうだなあ。みんなで用意……」

「吾輩は貴様らとつるむのは嫌だ。吾輩は吾輩であの女への進物を用意する」


「あのさあ、あの女って言い方どうかと思うぞ。それとホント協調性ないよなあ、テルモ

「……」


 集団行動を嫌い自ら一人で行動しようとするテルモの発言に反抗しようとしたダンツだが、再び向けられたその強すぎる眼力に負け、各々自分でプレゼントを用意することになった。


□◾︎□◾︎


 ——二月十一日。フィリアス・ミューレイドの誕生日前日。

 


「やあ。お疲れ」

「お疲れ様です。ダンツ君、テルモさん」

「チッ。何故人が増えているのだ」


 ト音部隊のフィリアスを除いた顔触れの他、ダンツが親しくしている若い傭兵も来ていた。


「久しぶりです、アルデスさん」

「ああうん。久しぶり」


 薄い金髪に翠色の瞳をした若い人間、アルデスと呼ばれた男性は頬を指で「ポリポリ」とかきつつ、居心地悪そうにそう挨拶を返した。


「相変わらず恐いね、テルモさん」

「分かる。俺もいつもコイツのプレッシャーで胃がストレスで潰れそうになってるわ」


「……」


 そんなちょっとしたやりとりをダンツとの間でヒソヒソと行うも、テルモにひと睨みされて止められてしまう。

 アルデスとしてはとてもやりづらい雰囲気だ。


「で、何故そこの臆病者がここに居るんだ? 不快なんだが」


 そんなまさに歯に衣着せぬどころか牙すら剥いてそうな攻撃的な発言には、流石のダンツも反発する。


「あのさあ〜。そうやって攻撃してくるスタンスどうにかならない? 一応アルデスには俺のプレゼントを用意する際に手伝ってもらったんだけど」

「へえー! 何を用意したんです?」

 

 このままテルモとダンツがやり取りしても話が進まないと気を利かせたシオンが、話をダンツのプレゼントに誘導する。

 そのややわざとらしさのある口調に苦笑を浮かべつつダンツは応えた。


「……サボテン」


 ダンツはそう言いながら足元から小鉢を取り出し卓の上に出す。

 その鉢植にはずんぐりむっくりという言葉が似合う、背が低く太めのボールのようなサボテンが白い花を咲かせていた。


 それを見てシオンと、そしてテルモすらコメントしづらそうにしている微妙な反応にダンツは慌てて弁明しようとする。


「いやさ。俺も目上の女性の人にプレゼント渡したことがないからさ、相談したんだよ色んな人に」


 ダンツの主張はこうだ。

 ダンツは何を渡したものかと悩んだ。

 なので相談することにした。手始めに最近入ってきた新入りの癖にその圧倒的なコミュ力で一気に団内に溶け込んだ、ライリーという猫獣人でダンツをなにかとからかいに来るがなんだかんだで仲良く(?)つるんでいる奴に聞いた。

 そのライリーは、

「分かんネーよ。フィリアスさんとは話したことあるけどあの人忙しそうだから、そこまでだし」

 と、答えたのでプレゼントの内容はアテにならないと見切りをつけ、ダンツは彼の交友関係を利用することにした。

 頭空っぽそうなライリー(流石に辛辣である)だが、その無駄にある人との繋がり(相手に失礼である)はとても利用価値があった。ダンツはそれを頼りに色んな人に意見を求めた。


「ンー? フィリアスー? そういえば最近忙しそうで遊んでないナー。そうだ君フィリアスのお弟子さんでしょ。遊ボー」


 時には何を考えているか分からない、フィリアスと関わりがあるという意思を持った人形(?)に聞いたり、


「ハア? アイツ誕生日なのかよ。銃撃でもプレゼントするかあ?」


 時には過去にフィリアスと共にVICEアジトを二人で潰して回ったという過激すぎる思想を持った女性に聞いたり、


「んっンー? 誕生日? へー! それより、少年たち! 今日のティナちゃんのパンツの色聞きたくないー? このプニちゃんが君たちの頑・張・り・次・第でー、教えてあげてもイイヨー」


 時には唐突に指で硬貨の形を表現することで暗に「出す金額次第でイイコト教えてあげる」と絡んできた実はこの組織の幹部らしい(後で知った)、フィリアスと関わりがあるかさえも分からない人物に聞いたりもしたが、どうにもパッとしなかった。

 

(まさか目上の女性の人にパ、パンツなんて贈るわけにはいかねえし……)


 この傭兵団やっぱり変人が多すぎなのではと心配になったダンツだが、


「そこにたまたま通りがかったフタモエ先生がさ」


『ああ! サボテンがいいぞ。サボテン』


「って、教えてくれて」

「ライリー君に頼ったのあんまり意味なかったように聞こえますねそれ……」


 フタモエ先生とは、ナイツロードの養成所で教師をしている、とある事が原因で戦線から離れた元傭兵で兎系獣人のベテラン女拳闘士だ。

 ダンツは養成所の頃から見知っており、彼女がフィリアスと親友であることも知っていたため、まさにその偶然は渡りに船であった。


「んでまあ、そのフタモエ先生にお願いして、パンタシアの南ら辺の密林地帯で一緒に採ってきたんだ」

「それでなんか僕も一緒に来いって言われてね。フタモエさんとダンツと僕とライリーで行ってきたのさ」


「それは、お疲れ様です」


 シオンはダンツに利用されたアルデスに同情し労いの言葉をかけた。


「一応僕の方が歳上なんだけどなあ……」

「いいじゃん。助かったよ。もう帰っていいよお前」

「相変わらず扱いがひどい!」

「五月蝿い。帰れ弱者が」

「そして恐い!」


 ダンツに便乗したわけではないだろうが、テルモに睨まれながら退室を言い渡されたアルデスは逃げるように去っていくのだった。


「アイツ、ブツブツ言いながらもちゃんと手伝ってくれる辺り良い奴なんだけどな」

「ならちゃんと報いてあげてくださいよ」

「そりゃまあ、うん。アイツの代金ぐらいは払っとくよ」


 ダンツはシオンの注意に対して曖昧に応え、


(後日なんか飯でも奢ってチャラにしとこう)


 と今後のスケジュールを軽く考えながらも、シオンのプレゼントに意識を向けた。


「で、シオンは何を用意したんだ?」

「私はですね……」

 

 そうもったいぶりながらシオンは持ってきていた鞄を弄り三叉の形をした蝋燭立て、所謂枝付き燭台を卓に乗せた。


「この燭台を」

「どっから仕入れたんだよそれ」


 ダンツが心配するのも仕方がない。現代では蝋燭を用いて灯りを確保するのは非常に少なく電気を用いたり魔法を用いた光源が多く使われている。

 こういった燭台はどちらかというとインテリアに使われることが多く、その中でもアンティークとして扱われるイメージのある燭台は値が飛び抜けて高いという印象を持たれがちだ。


「あーと。別にそこまで出費したわけじゃないですよ?」


 シオンの弁明によれば素材の採集をゲオメトリアまで行っておこない、後は『鎚隊(ハンマークラン)』の知り合いにお願いして作ってもらったという。


「よく作ってもらったな……」

「勿論代金は出しましたからね?」

「つぅかなんで燭台なんだよ……」

「フィリアスさんオシャレだし、インテリアの方も凝ってそうだなあって」


 そのなんとも言えない理由に(分からなくもないが、同意するべきなのか)と思考するダンツはふとテルモが静かなことに気付き、目線を向けてみる。


「……」


 燭台に対し興味ありげな視線を向けていた。日常から任務においてまで暴れることにしか能がないと思っていたダンツだが、実はテルモには工芸品に対する興味があることを知らない。こう見えてテルモはアンティークと言った趣のある工芸品を密かにコレクションしているのだ。


 そんな事情を知らないダンツは(コイツ何睨んでんだ? 壊し方とか考えてるのか?)ぐらいにしか思わず、暴れ出したら面倒だと早々にテルモの〝進物〟をチェックして切り上げようと考え彼女に水をむける。


「で、テルモは何を用意したんだ?」

「フン。吾輩はコレを用意した」


 そこに出されたのはくすんだ赤紫色、ワインレッドと呼ばれる色の宝石が施された全体的に落ち着いた雰囲気のした髪留めだった。


「おお」

「なんか良いですね」


 そのあまりにも〝良い感じ〟のチョイスにサボテンを用意したダンツと燭台を用意したシオンは、意外そうにテルモが出した髪留めをみる。


「あの女は髪が長いからな。後ろでまとめてはいるが結局髪が煩そうだ。だから丁度いいと思い持っていた髪留めを選んだのだ」


「お、おう」


 結構理由が単純だったが、赤色を好むフィリアス(偏見)に合わせてそれに沿ったデザインの髪留めを用意するところはとてもいいセンスをしている、とダンツは思う。


(普段から素っ気ないテルモの癖に、なんでこんないい感じのヤツ用意できんだよ……)


 なんだか負けた気分になったダンツとシオンである。

 

 気を取り直して、でもないがダンツとシオンは明日のことについて話し合うことにした。


「そ、それで、明日どうやって渡しましょうか?」

「そう、だなあ。別にサプライズする必要ないし、当日プレゼント渡したいんでってことで呼び出せばいいんじゃないか?」

「でも忙しそうですし、来てくれますかね?」

「必要なら俺たちから行けばいいんだよ。フィリアスさんなら時間作ってくれるはず」

「私はそれでいいですけど……テルモさんはそれで問題ないです?」

「フッ。明日ぐらいは構わん。好きにしろ」

「お前なあ……」


 そうやって明日の予定について話し合い、それぞれプレゼントを渡した際にフィリアスがどう反応するのか楽しみだったり心配だったりしながらも、なんだかんだで賑やかな一日になりそうだとややニヤけそうになるダンツであった。

 

 

 

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 因みにフィリアスさんはメッチャ喜んだ。

 

 

 

 

 

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——おしまい——