『零影小説合作』第三話〝不明と優しさ〟
※改訂版です。
誤字や私(影星)とゼロ君による呼称の違い、あとは不自然と思われる表現を一部直しました。
□◽︎□◽︎
☆
——お前は生まれるべきではなかった。
頭の中で一筋の声が反響する。
それは無慈悲であり、人ならざる者の声でもある。
〝それ〟は血泥にまみれ、もがき苦しむ兵士の姿をしている。
王の姿をしている。
姫の姿をしている。
大臣の姿をしている。
平民の姿をしている。
誰もがその顔に憎しみと怨念を貼り付けていた。
『くるな! 来るなああッ!!』
そしてそれは、見捨てたもの『全て』の形をしている——
「うああああ!!」
狼の唸り声のような叫び声を高々と上げると、自分はベッドで横になっていた。
呼吸を乱しながらも、状況を整理する為、思考をフル回転させる。
純真で潔白な手などもう自分にはないのだ。そのことは理解していたはずだ。
「悪夢に魘されていては、元王の私が泣くぞ……」
そんな冗談を口にし気持ちを紛らわす。意識してはいけない。これはただの、そう、ただの夢だ。
「どうしたんだい!? アーサー君!」
そこに血相を変えて飛び込んできたのはクレム先生だった。
「クレム先生ではないか……ではないですか。どうしたのです?」
構柄な態度をなんとか自分を慰めながら慎むと、クレム先生へと目線を向ける。
心底心配したことが窺え、申し訳なくなる。彼を安心させなければ。
だがこの体の元持ち主は笑ったことがないのか。それか悪夢の後のせいか、歪な薄笑いを浮かべるもクレム先生は引いてしまう。
「すまない。……少し外の風を涼んできます」
小さなベッドから降りて、小屋から出て行った。
口が裂けても言えない事情があるのか、ないのか。
まだよく分からないアーサーを前に、クレム先生は動揺していた様子だった。
「弱いな、この身体は。あれほど精力的で精悍な身体と精神の持ち主だった筈なのに、今ではヒョロヒョロで無様な平民になってしまった」
そう言いながら、春の夜の満月を何もないところを見つめる猫のように、無表情で岩のようにジッとして見つめる。
涼しい風が肌を刺す。肌寒いと思ったが、どうやら汗をかいていたようだ。
この世界は騎士と王が支配する世界。
そして、生前の自分を殺めた人物、謎の人外の声。
それを思い出すだけで、頭蓋を釘で打たれるような気分だ。
まだおぼつかないこの身体も、背中に鉛を背負っているようで、重かった。
だが、今はまだ子どもだ。
心は前世と同じで決して弱くないが、体は弱々しく、まともに戦えやしないだろう。
なんとか、あの師を利用して強くならねばならない。
しかし、そんなことを易々と言っている暇はなさそうだ。
——唯ならぬ、強い気配を感じる。
「そこにいるのは誰だ」
アーサーは子どもとは思えないような低い声を出す。
「あら〜? バレちゃいましたぁ〜?」
そういって、向かいの建物の石材の階段から降りてきたのは、まだ自分と同じぐらいの歳であろう、赤髪の女だった。
彼女から壮麗なオーラと壮烈な双眸がこちらに凄絶な圧力をかけるかのようにして襲ったが、それに決して屈しなかった。
「ふん、威厳だけはいいようだな」
瞬時に察したこの強圧的な圧力に、流石のアーサーも冷や汗が、一筋顎を伝って流れ落ちた。
——動いたら負ける。
戦う容易が端然な彼女に、剣もなく、体術ができる程の筋力や逃げる為の体力でさえ半端だ。
そんな実力で挑むなど自殺行為に等しい。
だが、逃げても仕掛けても殺される。
睨み合いが続くだけだ。
だが、結局どちらに置いても殺されるのなら、こちらから一か八かの博打を仕掛けるのもよいだろう。
「貴方、中々抽象的な考えをするわねぇ」
口を開いて何を言い放つと思えば、まるで心を見透かしているような発言をしだした。
「何を言っている。私は何も言ってはいないぞ」
「何をやっても結局は私に殺されてるのは見え見えなんでしょ〜? 貴方は賢そうだからそんな思考をすると思ったのよ〜」
面白くないやつだ。
そんなことを思いながらひたすらに睨みつけ、構えを崩すことはなかった。
心地良かった夜風でさえアーサーの神経を逆撫でし、余計に緊張を煽る。
草木をユラユラと揺れサワサワという音が、五月蠅く聴覚を刺激していた。
——今だ!
息を吸い、酸素を足腰の筋肉へ送ることで、脚は一つのバネと化す。
天を衝くような速さの中、赤髪の少女に向けてまだ何も知らない無垢な拳を突き出す。
だが彼女は動かない。
否、そこにはもういなかった。
篆刻を刻むような渾身のストレートが回避されたのを、遅れて理解する。
「はぁ〜い」
「っ!?」
この岩と岩に挟まれた狭い空間でどうやって裏まであの距離で移動したのか。
まるで人ではない。人より上位の存在——まさに天使か悪魔かを思わせる動きだった。
そして赤い影はとても跳躍で生じたとは思えない音さえ置き去りにし——
「……っ!」
気付けば、アーサーの首元には、鋭い爪が添えられていた。
今にもアーサーの首と胴体が離れそうな状態にいることを、今度は遅れて世界が、空間が理解し、ヒュウと音を立て風が舞う。
「私の目的は飽くまで貴方の偵察。貴方が元気でやっているのか見に来ただけよ」
「は? 私たちは、何処かで会ったことがあると言うのか?」
その言葉を聞いた彼女は、頭上に点線を浮かべた後、鬼神を思わせるような殺気立つ顔をしてこちらを睨んだ。
「忘れたの!? 私よ! わ! た! し! 本当に憶えてないの!?」
「知らない」
本当に知らない素振りを見せるアーサーを見て顔を俯かせ、呆れる彼女は言った。
「ふん。いいわ、もう一度名乗ってあげる。そうじゃないと私の気が済まないわ」
そんな自意識が強い赤髪の少女は、満月の光を掲げながら壮麗な表情で名乗った。
「私の名前はアスタロト。よく覚えておきなさい」
そう言い残し、瞬きをした次の瞬間には彼女の姿は消えていた。
アスタロト、大昔の伝承から伝わる魔術や悪魔学の文献では一番優れていると言われる悪魔の名前だ。
大書物ゴエティアにおいては四十の軍団を率いる大公爵とされ、冥界皇帝ルシファー、君主ベルゼビュートに並ぶ冥界の支配者の一人として語られることで有名な悪魔だ。
だがそれは空想のものであり、実際にはこの世界に存在しない。
しかし、今の光景を見る限り信じるしかなかった。
「一体……この世界で何が起きているというのだ……」
そんなアーサーを薄ら笑うかのように、また一筋の風が流れる。
★
「アーサー!」
クレム先生がアーサーの名を呼ぶ。大凡、赤髪の少女……アスタロトとの交戦で生じた音で慌てて出てきたのだろう。
だがその顔にはすっかり疲労が窺えた。
アーサーは迷惑を掛けると心の内で謝罪してクレム先生の方へ向かう。
「もう君という奴は。少し目を離しただけで何をしでかすのだか。これ以上僕を困らせないでくれ」
「すまなかった……いや、すみませんでした」
「うむ。君まだ飯を食っていないだろう。取り敢えず中に入ってくれ」
そういえばこの身体になってからまだ何も食べていないというのを思い出し、一気に空腹感が溢れ出る。
アーサーとクレム先生はランプに照らされた小屋の中に入る。入ってすぐに焼けた肉の香ばしい匂いが彼らの鼻をくすぐった。
「さあ、君が外に居る間に料理を作っておいたんだ。その椅子にかけなさい」
なんだろう。このクレムの対応に母性的な何かを感じるのは何なんだろうか。アーサーはそんなどうでもいいような疑問を抱きながら木材の椅子に腰をかけ、テーブルの上の料理を見る。
「兎の肉を焼いたものだ。肉を食って体力を付けないとな。さっきみたいにぶっ倒れてしまう」
兎肉。生前の食生活を考えるとまさに雲泥の差だ。
王様時代に食べた牛肉のステーキを思い出し、倍にまで空腹感を膨らませながら木材で出来たフォークでこんがり焼けた兎肉にありつこうとしたところ、
「これ。食事の前後にする祈りを忘れるな」
とクレム先生に手を叩かれる。
叩かれた手を擦りながら考える。
そういえばレトアニア王国は宗教色が濃い国なのだった。
宗教なんかもっぱら興味はないが、うちの先生は色々厳しい。というか小煩い。
ここは黙って祈るふりでもすれば良いか。
「——我らが唯一神、レトアニア神の名にかけて。アーメン……」
「あ、アーメン」
さて。食事前の祈りを終えたところで、と今度こそ兎肉にありつく。
フォークで刺し、口へ運ぶ。生前に食べた絶品と比べるのも酷かもしれないが、そこまで美味しくなかった。
食事後の祈りを済ませ、食後の余韻に浸っていたアーサーにクレム先生が話し掛ける。
「そういえば昼、お前は騎士になりたいと言っていたが。平民が騎士になるのは難しいと知ってのことかい?」
これに関しては生前統べていたザムンクレムでも同様のことだったことだ。騎士とは本来貴族達がなるものである。青い血を持たない一平民が騎士になろうとするのは茨の道を裸足で歩くようなものだ。
「ああ。分かってる。いや、分かってます。その為に騎士の中の騎士という雰囲気を纏う、クレム先生に師事を申し出たんじゃないんですか」
これは半分嘘だ。そこそこ出来る騎士だとは思ったが。
「おお? そうかーハッハ〜。よく分かったね? 君、なかなか見る目あるよハッハッハ」
クレム先生はアーサーに褒められ鼻を高々と言った感じだった。
アーサーはこのクレム先生との関係は大事にしていきたいと考える。
今はよく分からないが、このクレムという男はどこかただならない雰囲気を持っている。
何故こんな小さい村に、と疑問を抱かないでもないが、アーサーの生前頼りになったの勘がそう言っているのだ。
「では、もう今日は寝なさい。これから早寝早起きがここのルールだ」
クレム先生にそう言われ、アーサーは先程まで寝ていたというベッドで横になる。
気分の悪い寝起きで気付かなかったが、このベッドは微妙に硬い。背中が痛くなる、という程ではないがやはり生前と比べると硬いと思わざる得ない。
いかんな。
今は若き国王では無く平民の子どもだ。倒れる寸前に聞いた内容で推測するに、自分は孤児だ。
国王と平民。身分的に天と地の差だ。なんでも生前と比べるのは止そう。
なに、平民という生活に慣れれば良いのだ。
アーサーはそう自分に言い聞かせ、目を閉じる。
心身共に疲れが溜まっていたのか、少年の幼い身体はベッドに沈んでいった。
「色々おかしい少年だった」
この日出会った金髪の少年を思い浮かべる。
クレムはアーサーが眠ったところを確認し、爛々と光りを放つ満月の下で夜の涼しい風を身体で感じていた。
突然国の状勢やら己はなんなのかを聞き出したアーサーの表情を思い出す。
アレは本当の混乱している者がする表情だ。
国の状勢はともかく、己のことについて聞き出してきたのは不自然だ。
あんな顔をしていたのだ。本当に自分が何なのか分からなかったのだろう。
記憶喪失という言葉が脳裏に浮かぶ。
「可哀想に」
取り敢えず、明日にでも村の少年達にアーサーのことについて聞き出そう。彼が一人前になるまでは、僕が親代わりになるのだ。
クリムは一人、そう決心する。
■◾︎■◾︎
次回、第四話〝進撃と鍛錬〟
『零影小説合作』第二話〝真実と金髪の少年〟
※改訂版です。
誤字や私(影星)とゼロ君による呼称の違い、あとは不自然と思われる表現を一部直しました。
□◽︎□◽︎
☆
少年達に連れられるがまま連れてこられたのは、一つの村だった。
さほど大きな村ではない。
だが、何かの侵入を阻むかのように周りには山々が連なっており、草木が障壁のような形で囲んでいる。
小道は一本だけであり、非常に見つけにくい場所に存在した。
「おーい! アーサーなにやってるんだよー! こっちだぜー!」
まるで自然の砦のような村に見惚れているうちに、子ども達は先に進んでしまったようだ。
白髪の少年がこちらを一顧しながら村へ入っていった。
少し躊躇いはあったが、無駄な思考は避け、岩石のように顔を固め、唇を噛み締め、如何にも意識を前向きにした。
中に入ってゆくと、そこまで奇怪な場所ではなかった。
農民は畑を耕し、女子どもは家畜の世話をしている。
だんだんとその光景をみるうちに剣を鞘に戻すかのように表情が緩んでゆく。
「おーい! ここだ、ここ!」
先程の白髪の少年がこちらに手を振っている。
そこは周りの石造りの建物と変わらない、ただの小屋だった。
石と石の割れ目からは草が芽をだしている。
だがまるで、こちらを睨みつけるようにして監視しているようにも見える。
この身体について、何か手がかりが見つかるかもしれないと期待してきたが、そんな都合が良いものなどなかった。
「あの子ども達と変わらない平民如きが、一体なにを知っているというのだ……」
そんな今更のような愚痴を小雨のようにポツポツと呟くと、木材で出来たドアを開けた。
ギギギと不愉快な音が耳の中で反響する。
そして目の前に現れたのは…
「やぁ、アーサー。待ってたよ」
いかにも貴族然の口調でこちらを出迎えたのは、豪勢さをアピールしたいのか、足を組んで如何にも高そうなワインを喉に注ぐ明るい茶髪の男性だ。
どうせ安価な酒だろうが。
「これが、先生?」
「あぁ。ほら前に言っただろ? 剣技や作法を教えてくれる騎士様がこの村に来てるって! お前も前から来たいって言ってじゃん!」
こんな昼間から酒にありつく騎士様が、か。
いよいよアーサーの中の期待は完全に決壊した。
だが、奴は大人だ。
この国のこと、そして今の私の姿や現状について何か知っているかも知れない。
「すまぬ、先生とやら。おかしなことを聞くがここは何処の国の何処の村だ? そして私のことをどこまで知ってる?」
そう、思いつくだけの疑問の一部を吐露した結果、小屋の中の空気は凍土と化した。
子ども達は無言でお互いの顔を見合わせ、目の前の先生とやらは開いた口が塞がらず、ワインをボトボトと床に垂らしていた。汚い。
「君! 君本当に大丈夫かい!? 変な所に頭ぶつけたとかおかしな物食ったとか!」
急に先生が机にガラスのコップをおくと、ムカデのように爬行してアーサーの肩をがっしりと掴んで、血相変えて逆に質問飛ばしてきた。
「お、落ち着け! 私は大丈夫だ! それよりも! 本当に今の現状を知りたいんだ!」
「ああー! アーサーがっ! アーサーがおかしくなったよおおああ!!」
先生が焦燥を露骨にした瞬間、子ども達も便乗して焦りだした。もう凍土も糞もない。
それに乗じてか否か、アーサーまで混乱し始める。
「お前ら静かに質問に答えろおお!!」
アーサーの一喝により、小屋の混沌とした空気が去って行った。或いは一周回ったのかもしれない。滅茶苦茶である。
「こほん、で、君は今のこの国の状況を知りたいということで、良いんだね? 教えてあげるよ」
平静を取り戻した先生は、そう言った。取り敢えず国の情勢だけでも知ることが出来ることに満足するとしよう。
真っ先に混乱した心配性の先生は語り始めた。
「この国は首都セントヴィールタニアを中心に急激に成長を遂げた国、レトアニア王国だよ」
レトアニア王国。
このアーサーという少年の身体になる前——生前の時の、自国の東の二つ隣にある小国だった。
「隣国アルカニス王国と長年戦争をしてきたんだ。
兵力や資源はレトアニアが優勢だった。けど、アルカニスはそのまた隣にある彼らの同盟国、ザムンクレム王国からの支援のお蔭かせいか、戦争は泥沼と化したんだ。
だが、とある事件が起こり、アルカニスは我が王国との戦争に負け、滅びた」
「とある事件? それは一体なんだ?」
前世の自分が生きてきた中で、部下の争いや民の反乱など、とても事件が起こるようなことは一切なくしっかりと安定した国であり、唯一安寧という言葉が相応しいと言っても過言ではなかった。
そこで起きた事件など聞き逃せれる筈がない。
「……事件とはザムンクレム国王の暗殺、だよ。
つまりアルカニスへの支援を積極的に行うことを堂々と宣言してた王様が暗殺されたのさ。針鼠みたいにズブズブー! とね。」
その瞬間、頭の中は空白になった。
絶望、その感情が一気に身体を蝕んだ。
そう、それは恐らく生前の自分のことだ。
このアーサーという少年の体になる前の自らのことだった。
雷に打たれたかのように目を大きくあけると、ペタンとその場に座り込んでしまった。
「お、おい……アーサー大丈夫か?」
三人の子供が心配して、肩を叩く。
真鍮が喉を突き刺すように、今にも全てが壊れそうな感覚を覚えた。
だが、悪い予感はどんどんアーサーを追い詰め、自我を崩壊させるかのような悲痛とも言える想像ばかりが浮上する。
「な、なら! その! ザムンクレムのアルカニスの王や民はどうなった!」
「王は滅多刺しで公開処刑。
民たちは連行して奴隷にするやら兵士にしたりやら。もうやりたい放題さ。
その支配した国の広大な大地を手に入れてからは、この国は急激に貿易が盛んになって他の大国と仲良くなった。
天下を今にでも我がものにできるくらい成長してるよ」
なんということだ。
自分の中に後悔と申し訳なさしか浮かばない。
もしも、自分が死んでいなかったら、どれだけの命が助かっていたのだろうか。
だが何故死んだのかも、誰に殺されたのかも分からない。
だがやはり一番気になるのは。
「そうだ! その王が暗殺されてからどれだけ経ったんだ! 今のザムンクレムはどうなんだ!?」
「あ、アーサー、落ち着いて……。
暗殺の情報がこちらに届いたのはまだ二週間くらい前だけど、実際はもっと経ってるんじゃないかな。
それとザムンクレムの情勢だけど、まだ安定している。西の強力な国々と同盟やら貿易やら続けててね。
その二つの国が中心としてできた東軍や西軍がぶつかり合う、なんてことは今はまだ起きない筈だけど、そんな不穏な雰囲気が真ん中でじりじりと流れてるのは明確だねぇ。
それにザムンクレム王国には『四天王』がいるからね」
「し……四天王?」
先程から沢山の情報が耳に入ってくるが、最後『四天王』というのは初耳であった。
「なんかね四神器っていうのに認められた四人の騎士たちが中心にしてできたものらしいよ。どこにそんな余力を隠し持ってくる居たんだろうね。
『四天王』は王にかなり忠実だとか。これ以上は子どもに話せる内容じゃない、かな?」
先生という人物はそこまでしか話さなかった。何か思惑があって話さなかったのか、得意げに微笑している。この男は只者ではない。何かを知っている気がする。
アーサーの勘である。
ならば、その他の情報は自分が集める方が手っ取り早い。
だが、まだこの少年の体では兵士になるのは難しい。ならば、
「ならば、先生とやら。私に、騎士の全てを教えてはくれまいか」
「あ、ああ。元々そのつもりで呼んだからね。でも大丈夫かい? いきなり難しい話をしたかと思えば、今度は騎士になりたいだなんて自分で言い出して」
思惑が交錯したかのようにその先生は驚愕していたが。
「おぅけえーい! 全然いいよ! だけど、ちょっとアーサーだけにはキツイ訓練つけるよ。君は才能がありそうだからね。そしてこれから僕のことはクレム先生、と呼んでくれ」
前世の王国での記憶の剣の扱いやその場の状況での思考、行動、曖昧だが、感覚はなんとか残っているようだ。
それを見抜き、才能と思い込んだんだろう。
それを理解すると、クレムという新たな師、そして三人の少年と共に外に出た。
★
それから行われたのは怒涛の鍛錬だった。
新たな師——クレム先生は、「まず君がどれだけ身体を動かせるかを知りたい」と言い出し、色々なことをさせられた。
生前の身体ならば朝飯前の内容ではあったが、だがこの身体には少し、いやかなり辛いものだった。
クレム先生は弟子への教授には容赦がなかった……というより、張り切っていたというのが正確なのだろう。
外に出てから行ったのは主に基礎鍛錬だ。
剣を握る前にこの身体は体力が無さすぎる。というか、剣を持ち上げるだけでも一苦労でとても振ることはできない。
なのでまずは身体を鍛えることから始めるのが今後の方針だそうだ。今回は腕立て伏せ五十と村の外を五周程走らされた。
だが、騎士とはただ剣を上手く振り、敵を殺すだけではない。騎士として必要とされるのは武力だけではないのだ。
そもを言うと、騎士とは敵を討つのが仕事の戦士ではない。国に忠実を誓い、民を護るのが騎士としての義務であり、使命である。
民を護るのが義務な故にある程度博識で無ければならないのだ。
つまりどういうことかというと、鍛錬と並行して教養を身に付ければならない。という話になり午前は鍛錬を、午後は勉学に励むことになった。
「そういえばアーサー君」
そして真っ黄色の太陽が、山と山の間に沈み、そこから発される強い光からアーサーは目を手で塞ぐことで守る。
今日の鍛錬を終えたアーサーは小屋の前にある石の上で息を整えていたところ、ふとクレム先生は金髪の少年の名を呼んだ。
この場に残っているのはアーサーとクレムだけだ。
他の少年達は今日の鍛錬の分は終えているということで、クレム先生の語る今後の方針を語った後に去って行った。
「なんだろうか。クレム先生」
「まずはその横柄な態度から改めよう」
師クレムはそう、アーサーの金色の頭に手を起きながら優しく、咎めるように言った。
騎士を目指す、というからには騎士叙勲も受けるのだろう。この国の王ともいつか顔を会わせることになるだろうし、アーサーの口調は直すべきなのだ。
師クレムはそれを見越して指摘しているのだろう。或いはただの餓鬼に偉そうな態度を取られるのが気に入らないのかもしれない。
アーサーが胸の内でこの村を出たら改めるかと密かに決めた。
「いや、そんなことより。君はこのまま僕とこの小屋で過ごすのかい? 君にはご家族は居ないのか?」
ここにきてまたもや問題が発生した。いや、浮上したと言うべきか。
問題とはアーサーという少年の家庭事情だ。
アーサー、というよりその中身である若き王は混乱した。このアーサーという少年の家族は居るのだろうか。
居る場合は一度帰って、クレム先生という師の元で指導を受けるという旨の話をしなければ、今後また何か問題が起きかねない。
それに家族という存在は今後この新しい人生を謳歌するに当たって、かなり重要な存在だ。対応次第では足場になるし、逆に障害になることもあるだろう。
アーサーの首筋に一筋の汗が走る。
「あ、いや、なんか悪いことを思い出させたみたいだ。謝ろう。すまない」
クレム先生はアーサーの顔を見て勘違いしたのか、そう早々とまくしたてた。返答は誤魔化せたらしい。
が、問題は解決していない。家族という存在の有無が重要だ。
この後ででも確認しなければいけない——
(確かに、この村には金髪の髪をした者はいない……。貴族の隠し子とかだろうか……。これは調べなければならない)
クレム先生はそう小声で呟いた。
本人は聞こえていないと思ったのだろう。実際常人には聞こえない声量であった。
だが、アーサーは聞いてしまった。途端、アーサーの目の奥で火花が散った。酷い頭痛が彼を襲う。
「ぐっ、うっ……うぁぁ……!」
「アーサー君!」
アーサーは米噛みを矢が通る錯覚を覚えた。
——お前は生まれるべきではなかった。
脳の奥で理解不能な言葉が反響する。苦しい。悲しい。そして残酷なナニカが。
「あ゛っ……!あ゛ぁっ」
そうして、アーサーは気を失ったのだった。
■◾︎■◾︎
次回、第三話〝不明と優しさ〟
『零影小説合作』第一話〝転生と始動〟
ゼロ君こと空白のゼロ氏と私、影星(カゲホシ)による、行き当たりばったりな共同小説物語です。
空白のゼロ氏が前半を書き、後半を私が書くことで一話出来上がります。
前記通り、完全行き当たりばったりです。お互い設定の擦り合わせすらしてません。
設定を描写にぶっこんでは相方に書かせる。謂わば、合戦のようなものです。
馬鹿なことしてるなー、と暖かい目で見守っててください。
☆の印から空白のゼロ氏、★の印から私の分です。
流れとしては、
ゼロ氏が前半書く⇨私が後半書く⇨取り敢えず一話完成⇨私が改訂を行う
という感じです。
因みにタイトルは毎回『○○と□□』という感じになってますが、『○○』の部分はゼロ氏が、『□□』の部分は私が毎回決めております。
ではどうぞ。
※改訂版です。
誤字や私(影星)とゼロ君による呼称の違い、あとは不自然と思われる表現を一部直しました。
あらすじはある程度内容が進んでからゼロ君と相談で作ります。[2015/10/☆]
□◽︎□◽︎
——殺された。
視界が混濁としている。
体には無数の槍と矢が無慈悲に自らの体を貫いている。
壁と床に広がるのは満遍のない血。
紅い絨毯が、より濃い色になり生々しさを具現している。
車軸を流すかのように止まらない血潮。
内臓を心臓を、全ての器官を貫かれ、無様にも身からはみだしている。
苦痛を与えながら死なせる為にわざと脳天には攻撃しなかったらしい。
だが、このような体にされてはもう助かる余地はない。
漆黒の闇に閉ざされながら、一人朽ち果てて行く。
この少年は悲しい人間だ。
十八年も生きられず殺された。
「あ……も、もう……じにだぐ、ねぇ」
吐血しながらか喋ったせいか否か、明確に言葉が発せられない。
死にたくないという積もった万感に桎梏されながら、まだ潤みを無くさぬ目を閉じようとした、その時であった。
「おにい……さま……?」
目の前に眩しい一筋の光が自らを照らしたかと思うと、三人の幼女らしき人物が立っていた。
だが、もうできない。
誰何することも、他力本願することも。
何もかも諦めるしかない。
来世では良い人生を歩めると、そう信じるしかない。
そして、『王』は目を閉じた。
「っ……!?」
長い苦痛から解放されたかと思うと、気付けば木に寄りかかっていた。
「ここ、は?」
辺りを見渡すと広大な野が広がっている。
草木が敷き詰められるかのように生えており、見たこともない自然が広がっていた。
清々しい風が金色の髪を揺らし、外の尊さを間接的に感じられる。
「それよりも、ここは何処だ? 都市ヘズムブルクでもなければザムンクレム王国でもない」
しかし、ここで脳裏に稲妻が走った。
何故、前世の記憶がある? そもそも自分は死んだのか? だとしてこの体は一体誰のものなのか、自分は元々何者だったのか。
押し寄せる疑問の波に押し潰されそうになる。
殺される寸前を思い出そうとすると、何故か激しい頭痛に襲われた。
助けを求めようと立ち上がるが、立ち眩みもしていないのに、妙なことに体のバランスがとれない。
直感的に、前世より背が低い男の体を持ったことを悟る。
「くそっ、色々と錯乱している……なんとか態勢を立て直さなければ」
混乱する頭を抱えながら、素早く状況を整理して思考をできるだけ回転しやすくしようとした。
「おーい! アーサー! 何してんだよーそんなところでー!」
すると、幼い子どもの声が聞こえ、思考を妨げる。
視界に入ってきたのは三人の子どもだ。細い木の棒を肩に掛け、ボロボロの汚れた服を着ている。どうやら平民のようだ。
「……平民!?」
すると彼は自らの姿をチェックし始めた。
あの子ども達と同じような格好をしている。
信じられない。信じられるはずもない。
別にそれでも良いのだが、一体何が起こっている?
自分は『王』という高い地位にいたはずなのに、気付けば平民の子どもに成り下がっていた。
★
——転生。
目の前の三人の子ども達と自分の現在の姿。死んだ時の喪失感。
子ども達にアーサーと呼ばれた彼は、唐突過ぎる展開に混乱は本格化していた。
アーサーは自分の幼くなった身体を再び確かめる様に見る。
意識を失う寸前は数十にも上る槍や矢が自分の身体に刺さり、宛ら針鼠の様な状態になっていた。端的に言うと、死んでいた。
だが、今は怪我は愚か、傷の一つもない。強いて言うなら少し小汚いか。
「おい、アーサー。返事くらいしろよなー」
少し責めるような口調でこちらにそう言い放ったのは、これまた少し汚れた白髪の少年だ。ニヒルと口の端を持ち上げてこちらを見つめるその少年からは、まだ遊び盛りのやんちゃな子どもの印象を受ける。
二人の前に立っていることから、彼らのリーダー的な立ち位置なのだろう。
アーサーは再び考える。
目の前の子ども達からは敵意を感じない。寧ろ友好的だ。
先ほど周りを見渡した時に、ここら一帯はひとまず安全ということが分かった。でなければ、目の前の少年がこちらに駆けてくる時点で、何かが起こっていたはずだ。
今の自分は『アーサーという少年』らしい。ここは『アーサーという少年』になりきって適当に相手をし、一人になったところでまた状況を再確認するのが最善。その後は状況次第で決めるとするか。
アーサーはそんな思考を約一秒で済ませ、
「あ、ああ。すまぬ。少し昼寝をしておった。今日は天気がすこぶる良いからな」
と、早口に返した。
先程一人声を発した時もそうだがやはり声が高い。この身体はまだ声変わりをしていないようだ。
そんなことを考えながら声を掛けてきた少年達に視線をやる。その幼い顔はどれもきょとんとしていた。
アーサーはその様子を見て顔をしかめる。返答を誤ったか、と。
「お前、そんな喋り方だっけ……?」
確かに、アーサーの喋り方は子どものそれではなかった。実際はアーサーの中身が〝元若き王〟であるが故の口調なのだが、それを目の前の子ども達に言っても意味がなさそうである。
だが、今更口調を変えても怪しまれるだけなので、このまま押し通すしかない。取り敢えず適当に相手しなければ。
「あ、ああ。最近読んだ本でこういう喋り方をする奴が居てな。かっこいいと思った故に真似ているのだ」
「はあ? そんなことよりよー、先生がお前を探してたぞ」
突然話題が替わったと思ったら、新たな登場人物の入場であった。
先生。学校の教員だろうか。このアーサーという少年は学校とやらに通っているのだろうか。
それは恐らく違うだろう。そもそも平民にとっての学校とは、そこそこ裕福な家庭に生まれた子どもが行くものだ。
しかしこのアーサーという少年の身形(みなり)を見る限り、それは無いだろう。
つまり彼らが指す〝先生〟とは学校の教員ではない、別の存在と考えられる。
他に考えられるのは師か。
しかし、このアーサーという少年の身体からして武闘の師というのは考えにくい。痩せ気味なのだ、この身体は。肉を付ければマシになるのだろうが、今の時点では数分走っただけで倒れるだろう。
やはり彼らの言う先生という存在はどういう立場の者か、分からない。
一つ分かることと言えば、少年達の言う先生という存在はアーサーにとって敵ではないということだろうか。
もし、その先生とやらが害を与える存在だとしたら、少年達の表情はもっと違っていただろう。
——この少年達、筋肉が少し付いているな。どうも引っ掛かる。
「そうか。少し身体が疲れていてな。連れて行ってもらえぬか?」
「ん? あー、いいぜ! なあ?」
リーダー的少年は取り巻きの少年達に同意を求め、アーサーに肩を貸す。
先程は立つことも儘ならない状態だったが、数分彼らと話したのが休息になったのか、なんとか立つことができた。
「行くぜ」
リーダー的少年のその一言で、その野原から出て行き、道を進んでいく。
■◾︎■◾︎
次回、第二話〝真実と金髪の少年〟