影の呟き

影さんの小説を主に飾るブログです。

『零影小説合作』第十二話〝理想の道程〟

 お久しぶりです。影さんです。
 三日間フィリピンの首都、マニラにて通訳案内士として派遣されてました。

 KADOKAWAとはてなの新しい小説投稿サイトに向けて、ちょっとした物語を書こうと思ってます。
 新しい小説投稿サイトで「白紙マニュアル」という名前を見かけたら、それは恐らく私なのでどうか温かい目で見守ってください。

 そして、更新再開です。

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「……」

「……」

 アーサーとエノはお互いそっぽを向いて頬を赤に染めらせ、一向に会話をしようとはしない。

 今は宿屋から一旦離れ、街に出た。

 明日の出発の為に様々な物を調達しなければならない。

 さほど大きな街ではないが、首都を練り歩く商人や旅人はかならずと言ってよいほどに立ち寄る場所であり、賑わいを見せている。

 その人々が折り重なる群衆の中で、一際大きな熱が二人の間を支配していた。

 理由は、朝の目覚めの頃にあった。

 朝、いつもの様に起床した。

 やはり、二年間過ごしてきたあのクレム先生の家のベッドが恋しいのか、アーサーはあまり良い睡眠はできなかった。

 瞼にかなりの重量がある鉛を乗せているかのように、ゆっくりと混濁する視界を広げる。

 そして目の前に現れたのは、ピンク色の水々しい唇、そして可愛いらしい寝息を立て、こちらを拐かすように伸びた睫毛。

 二人向き合う状態で、エノがアーサーの隣に横たわっていた。

 ベッドから落ちたのか、それとも夜中に他律するようにアーサーの所まで来たのか。

 寝起きの為に回らない思考だったが、エノも丁度同時に目を覚まし、お互いに見つめ合い彼我を確認した。

 現状を把握すると、火花を立てるかのように思考が猛スピードで回転し、混乱する。

「エ、エノ! お前! おお、お前こんな所で何を!」

「きゃあああああああああああ!!!」

 それと同時に、前後を忘れたエノのビンタがアーサーの顔面を強襲した。

 冷静さを失うほどに柔らかく、自らを癒してくれた手が、凶器に変わる瞬間であった。

 その後も一切と会話することなく、転々と時間が経ち今の状況に至る。

 流石にそろそろ喋らないとまずいと察したアーサーは、意を決してエノに話しかける。

「エ、エノよ」

「ど、どうしたの?」

 二人とも動揺しており、若干震え声だ。

 先ほどのことがまだ思春期の子供に起こりうる訳だ。

 必然的にこうなるのが当たり前であろう。

「そ、そろそろ顔を合わせないか、他人の振りをしていては少し……あれだ」

「そ、そうだね。そろそろちゃんと前向いて歩かなきゃ」

 寡黙が入り浸っていた二人の空間に、ようやく落ち着きと平常心が戻った。

 だが、まだ若干激しい鼓動は続いているので完全に、とはいかないようだ。

 歩みを進めているうちに、アーサーはだんだんと周囲から色めがねで見られるような感覚になる。

 金髪の少年など余程に希少なものなのか、人身売買をする商人などが、獲物を狙う狼のような炯眼でこちらを見てくる。

 ——愚かな者たちだ。

 心で静かに呟いてひたすら前進していると、街の中央で一際大きな集団が取り囲むようにして、群がっていた。
 事柄は何となくだが察することができる。

 どうせ、くだらない男たちのもめ事だろう。

 だが、今この街で一番に目立っていると思える自分達が、そんなことに突っ掛かろうとすれば余計に目立つのは明確だ。

「エノ、離れるなよ。こういうのは大体何かの厄介ごとだ」

「う、うん。分かった」

 ——ここは直ぐ様に無視して立ち去るのが端的だ。

 そう思ってその場を通り過ぎようと、集団の外側をトボトボと早歩きで進む。

 すると、丁度小さな人々の裂け目から火付け役の姿が確認できた。

 人がひしめきあっていってよく分からないが、ゴツい顔をした二人の大男に、まだアーサーよりか2歳ほど年下の黒髪の女の子が絡まれている。

「おい、嬢ちゃん? お前この俺に歯向かってそのピンピンした体でお家まで帰れると思ってるのか?」

「そうだぜぇ? 俺らがちょーっと騎士をバカにしたぐらいでぇ、そこまで憤激しなくたっていいだろぉ?」

「うるさい! お前らは騎士をバカにした! それは私の父を屈辱したと言っても変わらない! 今直ぐさっきの言葉を訂正して!」

 凄絶な威圧を放つ二人の男を目の前にしても、一歩も退かず、凛乎として立ち続け、訂正を求め続ける幼い彼女は、まるで本物の騎士のようだ。

「そんな怒んなよ〜、今のうちなら許してやるぜぇ?」

「うるさい! お前らみたいな不細工なお人形みたいな顔してるやつなんか大嫌いだ!」

 等々、少女は激越した感情に身を任せて罵倒してしまい、大男の怒りをかってしまう。

「言ってくれるじゃねぇか! このクソガキィィ!!」

 頭にきたその一人が、等々拳を振り上げた。

 振り上げる瞬間に見えた、強圧的な印象を与える筋肉。

 そして、太陽さえも遮るほどの巨体。

 あれをまだ、あんな小さな子に振り下ろせば大怪我は免れないだろう。

 骨折、いやそれどころでは到底すまされない。

 だが、小さき騎士は岩のように固まり動かなかった。

 不屈であり孤高だが、やはり子供であった彼女には辛すぎるものがある。

 やはり耐えきることができなかったのか、彼女に恐怖と後悔が一気に襲いかかった。

 表情を歪めて、目を瞑った瞬間、風を纏うようとにして大男の拳が振り下ろされた。

「俺らに逆らわなければ! 痛い目みずに済んだのになぁ!!」

 バァン! と激しく強い衝撃波と音が鳴り響いた。

 あまりの強さからか、煙が巻き上げられ周囲の人々の視界を容赦なく遮断した。

 これはただでは済まないだろう。

 そう思い、集まっていた人々が帰り支度を始めたりその場を後にしようとする。

 二人の男も爽快感溢れる笑顔を、くっきりと露わにした。

 だが、一筋の声が、周りの人々をまた振り返りさせ、笑顔を浮かべていた男も目を皿にした。

「騎士の十戒……社会的、経済的弱者への敬意と慈愛を持ち、彼らと共に生き、彼らを手助けし、擁護する……」

 そこには拳を受け止め、座り込んでしまった小さな少女を助けるアーサーの姿があった。

「なんだァ!? テメェは!」

 そう言って、すぐ様に拳をアーサーから離す。

 帰ろうとした人々が、また広場に集約し始めた。

「そうだな、私はまだ騎士にはなっていない騎士だ」

「はぁ? お前何言ってんだ?」

 流石の大男達も首を傾げた。

 外見はただの子供だが、貴族のような金髪そして見るからに鍛え上げられた筋肉。

 どう見てもただものとは言えない。

「ほぉ? 金髪の坊主か。何処の貴族だぁ? それにしてはボロっちい服なんか着こなしてるようだが」

 一人の大男がアーサーの外見を罵り始めた。

 しかし、一切それには屈せずただ睨みつけた。

 見る限り双璧で対等な実力を持つ二人。

 周りも異様な雰囲気を漂わせている。

「というか、まだテメェみたいな子どもが騎士を名乗るとはなぁ」

 それを言った大男は苦笑する。

「人を殺して正義ぶって、神様とかいう空想の存在を崇めて、王様に扇仰いでる連中の何処がいいんだ……」

 そう言いかけた大男の胸に、強力なアッパーパンチが唐突に捻じ込まれた。

 まるで難攻不落の防壁が、大砲によって破壊されたかの様な凄まじい音が反響した。

 風圧を今にも引き起こしそうな強さに、周りの人間も、もう一人の大男も驚愕を隠しきれなかった。

 白目を向き、凄絶な威力のせいで涎や舌を出し、腐乱するように大男はガクッと崩れ落ちてゆく。

「て、テメェぇぇ!!」

 そう言ってもう一人も不乱に拳を固め、アーサーに向かって行く。

 そして、ただ夢中に殴り続けた。

 何度も、何度も振っているのに一度も当たる感触がない。

 アーサーは拳がどのタイミングで動くか、どんな動きをしてくるのかを見切っていた。

 いや、大体武術の何も知らないでただ力任せに殴打を繰り返す輩の攻撃など、見切るなど造作もない、そして動きは全て一定だ。

 所詮、素人はこんなものかとアーサーは興ざめした顔で、目を細めひたすらに拳を突き出す大男に視線を向ける。

「どうも、騎士道精神が人一倍強い私は放漫なのだ。許せ」

 そう言うと、アーサーは右頬に擦れる距離で拳を受け流すと、男の手首を片手で握り、態勢を崩し地面に叩きつけるように投げた。

「ぐあっ!!」

 あまりにも強い衝撃だったのか、男は背中に手をつけながら悶絶し、しばらく行動ができないように身体に鎖をかけた。

「あ、ありがとう。お兄さん」

 その言葉に、アーサーは心は解かれるようにして、その少女の頬に手を当てた。

「小さき勇者よ。私は君のような誠実があり、どんなに強大な相手でも屈しない勇気に感服した。騎士になるのならば、その心構えを捨てなければ立派な騎士になれるであろう」

 そして、頬から手を離すと少女の頭を二、三回撫でてこの場から直ぐさま立ち去るようにと命じた。

 少女は無言で頷くと、いかにも子どもらしい早い足取りでその場を後にした。

「さて、厄介なことになったものだ」

 ここで、一つのミスをアーサーはおかした。

 非常に目立つ行為をしてしまったことだ。

 そう、明日まで無事に入られる保証はなくなってしまった。




「はあ……アーサーって、時々何しだすのか分からないから困るよね」

「ああ、すまなかったよ」

 先ほどの騒ぎから逃げるように去った二人は、現在走って十分程のところにある食堂で昼飯を食べ終え、食後の余韻に浸っているところであった。
 因みにたこ殴りにされ、股間を香ばしい臭いで汚した悪漢共は放置されていた。その内騒ぎを見ていた誰かが衛兵に突き出してくれるとアーサーは考える。

 それにしても、とアーサーは顎に指を当てる。
 先ほどの悪党二人の反応からして、やはり金髪は貴族と思われるようである。
 アーサーという少年の身体になって二年は経つが、アーサーの中である〝元若き王〟は未だに身体の元の持ち主の正体を知らずに居る。
 金髪の少年が騒ぎを起こしたら更に目立つと思われる。先の騒ぎでも側から見れば幼い正義感を振り翳す、愚かな貴族の子供だっただろう。
 そんな子どもにやられた悪人二人は可哀想だとも言えた。同情はできないし、自業自得とも言えたが。
 やられた二人の悪者は兎も角、これから目立つ行動は謹んだ方が良いとも言える。

「アーサーの金髪は綺麗だから目立つもんね」

 アーサーは自分の髪に触れるエノの言葉を頷いて同意する。
 余り目立つことはできない。特に隠れて行動する理由があるわけでもないが、逆に目立っても行動が取りづらいのである。

「さて、他に買い残したものはあったか?」

「うーん。あ、そういえば髪留めが欲しいんだった」

「帰り道で買おう」

 今日は明日の出発に向けて買物をするという目的があった。決して目立つ為でも、エノと二人の時間を過ごす為でもない。少なくとも後者は嫌でも過ごすことになる。
 旅路で必要となる費用はクレム先生から貰っていた。
 なんとあのなんちゃって貴族は金貨数十枚を隠し持っていた。膨大な臍繰り金である。
 貰った路用は金貨五枚。中級平民の一般家庭の約半年分だと習った量だ。
 御蔭様で一番最初に行った店からは露骨に嫌な顔をされた。

「これお代です」

「毎度」

 アーサーは女将に銅貨二枚を出してから、エノを連れ食堂を出る。
 因みに、銅貨二十枚で銀貨一枚分であり、銀貨二十枚で金貨一枚分だ。

 日は天辺に来ており、暑い光が建物を照らす。影はしかし陽が最も高い部分にあるが故に、染める範囲が少ない。
 通りを歩く人の数は少ないのは昼飯時だからであることが窺える。

「そういえばさっきの黒髪の女の子、なんだったんだろうね」

 日光に目を細めていたアーサーにエノは疑問を飛ばす。
 黒髪の少女……先ほどの勇ましい少女のことだ。
 彼女の言動から、彼女はどういった立場の者かを予想するのはそう難しくはない。

「騎士の父親を持っている少女……下級貴族の娘か、辺境領の貴族の娘か」

 口にしてアーサーは一つ気付く。
 黒髪なのだ。貴族において黒髪とは強い意味を持つ。
 強い意味、と言っても悪い方の意味である。
 本来、貴族にはアーサーの様な金髪やクレム先生の様な茶髪が多く、黒髪は平民に多い。黒髪とは貴族においてタブー視されている。
 恐らく妾の子であるのだろう。
 ならば辺境領の男爵以上の爵位を持つ家であるということも考えられる。

「まあ、我が強そうな女子だったが、明日にはここを出る。もう会うことは無いだろう」

「元気だったらいいね」

「そうだな」

 そんな会話で黒髪の少女を意識の外へ追い出し、街の外側まで向かう。
 進むアーサーの背中には大きな鞄が入っており、一歩進む度にガチャガチャと音を鳴らしていた。
 口からは剣の柄と思われるものが顔を出している。

「一度帰って、訓練するか。試し斬りなどもしたいしな」

「そうだね……って、髪留めは?」

「ああ、忘れていた」

 そんな呑気な会話をして歩く二人は、彼らを密かに見守る視線には気付いていなかった。


 一度宿屋に戻った後、街の郊外にあるかなりの範囲が黄色く乾いた砂で覆われている広場に二人は来ていた。

 ここに来た目的は主に訓練と買った武器の試し斬りだ。

 鍛錬ではなく、訓練である。
 身体はもう出来上がっていると、一年前クレム先生に太鼓判を捺したのだ。後はこの肉体を保持しながら、技術を磨いていくのみである。故に訓練である。

 そして、買った武器とは主に鋼の剣と小弓である。二つともそこそこ値の張るものを複数買っておいたものだ。全部で金貨一枚と、結構したものである。

 現在、訓練を一通り終えたアーサーは使う武器の試し斬りの準備に入っていた。
 あの二年間でアーサーは元々覚えていた剣術の他に、弓術と槍術を使えるようになっていた。槍術は騎乗しながらでもできるよう、仕込まれている。
 生憎槍は首都ではないと購入できないので、槍はない。

 アーサーは己の胴体と同じ大きさの弓を構え矢を番えながら、木に巻かれた簡素なマトの中央を睨む。武器屋からただで譲り受けたものだ。

 因みにエノは宿屋までの道のりで買った髪留めで、髪を右と左で縛り出来た二つの尾を揺らしながら、アーサーの背中を満足気な顔で木にもたれて眺めていた。

 一滴の汗がアーサーの顔の輪郭をなぞり、顎に達したところで落ちる。

 その瞬間、アーサーは弦を解放し、矢を射る。
 トンという音の後に細長い物体が振動する音がし、木に命中したということを知らせる。

 矢はマトに刺さってはいたが赤色に染まった中心部ではなく、少し右側の白い部分だ。
 十中八九、マトの最も中心である黒点の部分を射ることができるアーサーは、しかしその結果に不満そうではなかった。

「ふむ、悪くないな。少し調整すれば大丈夫だろう」

 再び矢を番え、集中。そして射る。

 その一連の動作を一分間で行った結果は、

「おお、流石アーサー!」

「ふっ」

 見事に最も中心の部分である黒点に、矢は刺さっていた。
 エノはその結果を称賛し、アーサーは鼻を鳴らすことで格好つける。

 その後八回矢を放ち、その弓の精度と射程を測った。
 結果、分かったのは精度は上々、射程は七m先まで安定して射ることができるということである。つまり上質だ。値が張っただけはある。

 次に試すのは片手用の両刃剣だ。
 元々、クレム先生からは両手用の両刃剣を与えられていたが、同じ剣ばかり使えば刃毀れしたり錆びたりしてすぐに使えなくなるだけである。
 なので二本、片手剣を買ったのだ。
 斬るものは小弓の試し撃ちの過程で狩った兎だ。村で食べていた兎より数段小さく、食用ではない兎の頭には矢が刺さっており血を流していた。

 アーサーは兎を左手で持ち、右手で剣の柄を握り、姿勢を低くすることで即座に構えが取れるようにしていた。
 数秒後、左手の兎を上へ投げ素早く右手へと添え、一瞬で必殺の構えを取る。
 果たして兎は重力に従い、アーサーの目の前まで落ちる。
 それを見た瞬間、アーサーは瞬発的に腕の筋肉を動かし、研ぎ澄まれた剣筋は音さえも置き去りにしながら銀色の糸を伸ばして行く。

 やがて兎は地面に落ち、その音が止まっていたとも錯覚できる世界に色を与える。
 兎は腹の部分を真一文字に斬られ、赤い内容物を撒き散らしながら本来落ちるべき場所のまま、地に転がっていた。
 生前の技術とこの二年間を合わせて、初めて出来る芸当である。
 アーサーは振り終えた姿勢のまま、目線を二つに分かれた兎を睨んでいた。

 数秒遅れ、何が起こったのか理解が追い付いたエノは、頬を紅くし興奮した様子で手を叩き、アーサーに黄色い声を飛ばした。

「アーサー凄い、凄ーい!」

 アーサーは使わなくなった布を取り出し、刃に付着した血を拭う。
 アーサーの見解ではこの片手剣は結構上質な剣と言える。流石武器屋で一番値段が高かった代物だ。然るべき価値があった。

 その後は空が橙色で染まるまで、エノの護身用に買った短剣の斬れ味を試したりし、広場を去り夕食をとりに昼とは違う場所の食堂へと向かった。

 夕食時ということもあり、客で賑わっていた。
 客の半分以上は男であり、戦時なのに酒を片手に馬鹿騒ぎをしていた。酒屋と見間違えてしまいそうだ。

 酔った男達の賑わいに背中を向け、アーサーとエノはカウンターに座る。

 適当に肉を中心とした料理を注文し、エノも真似して同じものを注文しようとしたところをアーサーは野菜中心の料理を注文する。
 不満そうに長いストレートのツインテールを揺らすエノに、

「半分ずつで分けた方がいいだろう。だから機嫌を直してくれ」

 と、アーサーはエノの美しい青髪を撫でながら宥める。
 エノはブツブツ何かを言いながら出された水を飲み、料理を待つ。

 そんなエノの様子に苦笑しながら、水に入ったコップを右手に持ち、木製の背凭れに体重を預ける。

「おい、このあとどうするよ!」
「ハッ! 『夜を泳ぐ赤い海亀』に行こうぜ!」
「あそこか! あそこのねーちゃん、中々の上玉だったよな!」
「ブヒヒッ! ちげえねえ! ヘヘッ!」

 夕飯時だと言うのに下品な話題だ。これからここで夕食は取らないことを決める。まあ、明日にはこの街を出るのだが、と己の思考にツッコミを入れる。

 そんな騒がしい雰囲気の中、食堂の扉がバンと強い音を立てて乱暴に開かれ、食堂の中は一気に沈黙に包まれた。

「おい、金髪ゥ! どこに居やがる!! 嬲り殺しに来たぞ、オラァ!」

 何処かで見たような小悪党のような姿をした男は、仲間と思われる柄の悪い野郎共を後ろに引き連れながら低い声でそう、宣言した。

 鍋の蓋の隙間から白い湯気と共にプス、と間抜けな音がヤケに大きく感じた。


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